江口寿史の影響を受けたという(『ジャンクボーイ』1巻より)©国友やすゆき/双葉社

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 忘れられないあの漫画。そこに描かれたサラリーマン像は、我々に何を残してくれたのか。「働き方改革」が問われる今だからこそ、過去のコンテンツに描かれたサラリーマン像をもう一度見つめなおして、何かを学び取りたい。現役サラリーマンにして、週刊SPA!でサラリーマン漫画時評を連載中のライター・真実一郎氏が、「サラリーマン漫画」作者に当時の連載秘話を聞く連載企画。

 第4回目に取り上げるのは、サラリーマンを主人公にした漫画と言えばこの人、国友やすゆき先生。自由奔放な出版社社員を描いたバブルの金字塔『ジャンクボーイ』、バブル崩壊後のサラリーマンのサバイバル状況を予見した『100億の男』、そして中年男の煩悩が哀しく炸裂する『幸せの時間』。時代ごとに異なるサラリーマンの欲望を描いてきた大ベテランは、実は働き方改革の実践者でもあった。全4回ロングインタビューの第1弾です。

◆『少年ジャンプ』で学んだ<商品になる漫画>

――『ジャンクボーイ』でブレイクする前のキャリアは、ウィキペディア等でもほとんど書かれていないんですが、デビューのきっかけって何だったんですか?

国友:はっきり覚えてないんですけど、大学5年生の時に『週刊少年ジャンプ』の手塚賞で佳作をもらったような気がするんですよね。僕は早稲田の漫研(漫画研究会)で、一つ上の先輩が集英社に就職してジャンプに配属になったので、「修行に来る?」という感じで誘われたんです。卒業してからかな、ジャンプで読み切りを1本描いたんですよ。それがデビュー作で、結局そのあとは鳴かず飛ばずで。

――早稲田を卒業したら就職しようという考えはなかったんですか?

国友:全くなかったですね。僕らの頃はオイルショックで氷河期だったので、友達たちが就職活動で苦労しているという話は聞いていたんですけど。だからといって、漫画家になれるとも思ってなかった。でも結局、他にすることなかったし、カットを描いたりする仕事はあったので、細々と食えてはいたんですよ。その流れで漫画家になっちゃったんです。

――初期の頃は『サーキットの狼』の池沢さとし先生のアシスタントをされていたんですよね。

国友:あれはね、ジャンプの編集の人に「池沢さんのアシスタントがいないので、お前が行け」って言われて。正直、アシスタントはあんまりやりたくなかったんですけど(笑)、半年くらいやったかな。

――あ、かなり短期間だったんですね。

国友:そう。まだ池沢さんが『サーキットの狼』で大ブレイクする前でね。アシスタントは僕一人で、『風!花!龍!』っていう忍者漫画の背景を僕が一人で描いてたの。帰れる限りは帰るみたいな感じで、あんまり出来のいい、使い勝手のいいアシではなかったと思います。
 シャカシャカって描いて「さよなら!」って帰る、アシスタントというよりただの助っ人。徹夜で泊まり込んだりしなかったし、なにかを覚えたとか教えられたとか、そういうのは全くない。

――『サーキットの狼』って、ちょっとエロかったりもするので、国友先生の漫画のエロさは池沢先生の影響なのかなと思ってました。

国友:池沢先生には申し訳ないけど、影響を受けたとか何かを覚えたとかということはないですね。編集から「手伝いに行ってくれないか」と言われたから行ったみたいな感じで。そもそも向いてないんですよ、人に使われるっていうのが。考えてみたら、人に使われたのって、たぶんあれだけなんだよね。

――では、その後に誰かのアシスタントになったわけでもないんですね。

国友:ないですね、友人のを手伝ったりしたことはあるけど。しかも厳密にいえば、僕は漫画の持ち込みをしたわけじゃないんですよ。よくあるじゃないですか、漫画描いて出版社の人に緊張しながら見てもらうっていう。そういう経験、ないんですよ。だって漫研の先輩に来いって言われてやってただけだから。緊張感が全くなくて。