P&Gの洗濯洗剤「アリエール」のキャンペーン「Share The Load(シェア・ザ・ロード)」

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「家事は女がやるもの」という考えが根強いインド。しかし、ある洗剤のキャンペーンをきっかけに、150万人の男性が「洗濯します」とSNSで“宣言”する事態になったという。“社会を動かす”仕掛けを、戦略PRのスペシャリストが解説する。

人を動かすのが難しい時代になったと言われて久しい。もとより、世の中は複雑なもので、さまざまな力学や利害関係、「大人の事情」が影響し合う。爆発的に増えた情報量と消費行動の多様化が、複雑さに拍車をかける。良かれと思って発信されたであろうメッセージがすさまじいバッシングに遭うかと思えば、想像もつかないものが大流行する。今一つ理解できないと怪訝に思ったことが、誰しも一度や二度はあるのではないだろうか。

企業がその目的を遂げるために、人や社会を動かそうとする試み――マーケティングや企業コミュニケーションは確かに、難しくなっている。だが、悪いことばかりではない。ソーシャルメディアとスマホの普及により、われわれの情報消費リテラシーは飛躍的に向上した。これまで以上に世の中のしくみや社会の関心を戦略的に活用できる土壌が生まれた。では、どのように話題をつくり、世の中を動かすのか。そこにはある一定の法則がある。

■戦略PR、6つの視点

私は過去20年以上、世界3位の米国系PR会社に身を置いてきた。2006年、戦略PRの専門会社をグループ内に新設し、以来10年以上代表をつとめている。仕事柄、必要に迫られ、国内外のPR成功事例を分析し続けてきた。その結果、情報発信がうまくいくケースは次の6つの要素に帰着することがわかったのだ。

  • (1)おおやけ……「社会性」の担保
  • (2)ばったり……「偶然性」の演出
  • (3)おすみつき……「信頼性」の確保
  • (4)そもそも……「普遍性」の視座
  • (5)しみじみ……「当事者性」の情勢
  • (6)かけてとく……「機知とリアルタイム性」の発揮

まず、「おおやけ」とは、世の中のニーズや社会課題と自社や商品を結びつける視点だ。つまり「社会性」であり、「公共性」である。「ばったり」は、大量の情報があふれかえるなかで、偶然出会う(出会ったと思える)情報の価値を指す。「おすみつき」はインフルエンサーなどの第三者による発信によってもたらされる信頼性。「そもそも」は普遍的なテーマが持つパワーの効用である。「しみじみ」はその響きの通り、情緒的要素であり、結果的にもたらされる当事者性だ。最後に「かけてとく」はウィットや頓智(とんち)にみられる、機知とリアルタイム性に富んだコミュニケーションである。

今回はこれら6つの要素の中から「おおやけ」について、グローバル事例を紹介しながら、掘り下げていきたい。

■家事をしないインドのお父さんたち

社会性をともなう情報発信とは何か? 非常にわかりやすいのが「家事をしないインドのお父さん」に着目した、P&Gの洗濯洗剤「アリエール」のキャンペーンである。「Share The Load(シェア・ザ・ロード)」と名付けられた、この取り組みはいわば、洗濯(家事負担)を夫婦でシェアしましょう、という意味だ。

まず前提として知っておきたいのは、インドにおける父親像とは、日本でいう亭主関白。まったく家事を手伝わないのが当たり前であり、「仕事から帰ってきたらまず、チャイでしょ。それが何か?」という状態だということである。ニールセン・インドが5都市で行った調査によれば、インド人男性の76%は「洗濯は女性の仕事」と考えており、3分の2以上の男性が、「女性が洗濯をしている間、自分はテレビを見ている」と答えている。インドも女性の社会進出が進み、高学歴・高収入の女性が増えた。にもかかわらず、依然、家事はすべて女性の仕事とされている社会背景がある。

ユーチューブなどにアップされた動画ではまず、インドの母親たちが娘の話をしている。

「うちの嫁も仕事が忙しくてね、息子よりも高給取りみたいなのよ」「私たちの頃とは大違いよね」

すると、奥からお婿さんの叫ぶ声が聞こえてくる。「ねぇ、ぼくの緑のシャツ、なんで洗濯していないの〜?」一斉に振り返る母親たち。そこでこんなメッセージが流れる。「なんで洗濯は女だけの仕事なの」。

話題性のある動画で火をつけ、マスコミにキャンペーンを張った。その結果、「いかにお父さんたちが家事をしないか」をテーマにした討論番組が放送され、大いに盛り上がった。インドのファッションウィーク中にアパレルメーカーと組み、「なんで洗濯は女性だけの仕事なの」というメッセージを掲出。さらに、あるアパレルメーカーの服の洗濯マークのタグに「Can be washed Boss & Women (男女関係なく洗濯できます)」と皮肉を込めたメッセージを入れるといった試みもなされた。その結果、SNS上でインドのお父さん約150万人が「洗濯します」と宣言するムーブメントにまで発展した。

この施策は、まず「インドのお父さんは家事をしない」という“おおやけ”の問題を提起しつつ、服つながりでアパレルメーカーを巻き込み、お父さんたちの意識改革を推進。女性側も「いいこと言ってくれるわね、アリエール」とブランドの好感度が上がるという、王道のPRなのである。しかも、仮に一連のキャンペーンにお父さんが洗濯に目覚めたとすれば、洗濯洗剤を選ぶ際、アリエールを選びやすくなるという効果も期待できる。

■もし日本で洗剤のキャンペーンをするとしたら?

この問題、日本の「おおやけ」的にはどうだろう。私の感覚からすると、日本のお父さんはインドよりはマシかもしれない。少なくとも、インドにはない「イクメン」という言葉は数年前から浸透してきた。

しかし一方で日本には、働きたくても働けない女性が300万人もいると言われる。女性の管理職はいまだ1割程度しかおらず、これは世界で96位と相当低水準だ(ILO"Women in Business and Management: Gaining momentum")。2016年には「女性活躍推進法」が施行され、女性活躍の将来像が見えてきた一方で、日本男性の意識改革は依然として大きな課題でもある。

もし、アリエールが日本でも同様のPRを展開するならば、どんな「おおやけキャンペーン」が効果的だろうか? インドよりは「男性の家庭進出」が進んできた日本では、少し異なるアプローチが必要になる。インド人のお父さんたちがどことなく「仕方なしに」(そしてユーモラスに)家事参画を表明したこのキャンペーンとは違って、日本の場合は、家事進出をすることが「イケてる男性」「最先端の男性」というメッセージが必要だろうし、そのほうが人は動くだろう。このように、似たような社会課題でも、その国の社会ステージによって見立ては変化する。

■「社会性」は身近なほうが、人の心に届きやすい

社会が抱える問題について、あるソリューションを提示する。それは、人を動かす大きな原動力になりうる。だが、あまりにも大きく、自身(企業や商品、ブランド)から遠すぎる社会問題の解決を掲げても効果は薄い。例えば、前述のアリエールが「CO2削減」を訴えても、そのメッセージは届きづらい。

また、ソーシャルメディア時代特有の「フェイクおおやけ」にも注意したい。ネット上にはさまざまなオピニオンがひしめくが、果たしてそれらは本当に社会的な問題なのか。ネット世論だけが熱く盛り上がっているのではないか。PR担当者は、ネットリサーチやソーシャルリスリングにとどまらず、新聞記者や雑誌・ネットニュース編集者などへのヒアリング(メディアヒアリング)を実施し、検証することが不可欠である。

次回は戦略PRの6つの視点のうち、「ばったり」の例を紹介する。

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本田 哲也(ほんだ・てつや)
ブルーカレント・ジャパン株式会社 代表取締役社長/CEO
1970年生まれ。戦略PRプランナー。「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWeek誌によって選出された日本を代表するPR専門家。99年、世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年、ブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。2009年に『戦略PR』(アスキー新書)を上梓し、広告業界にPRブームを巻き起こす。『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(田端信太郎氏との共著、ディスカヴァー刊)などの著作、国内外での講演実績多数。2015年よりJリーグマーケティング委員。2015年の『PRWeek Awards』にて「PR Professional of the Year」を受賞。「カンヌライオンズ2017」PR部門審査員。

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(ブルーカレント・ジャパン代表 本田 哲也)