第14戦・シンガポールGPの予選最終アタックが終わった瞬間、マクラーレン・ホンダのクルーたちからは溜め息が漏れ、ピットガレージのなかは落胆に包まれた。

 2台がともにQ3に進み、予選8位・9位。周囲の人々は第11戦・ハンガリーGPに並ぶ好結果と受け取ったが、チーム内ではもっと上にいけると思っていただけに、これは期待を大きく下回る結果だったからだ。


スタート直後の混乱に巻き込まれてフェルナンド・アロンソはリタイア

「本来ならばもっと上位に近づけたはずだった。しかし、うまくクリアラップが取れなかったことで、ドライバーが本来の力を出し切れなかった。ラップがまとめられなかったんだ。ルノーのニコ・ヒュルケンベルグにはドライバーの腕でひっくり返された」

 マクラーレンのチーフエンジニアリングオフィサー、マット・モリスは悔しそうにそう語った。

 ハンガリーGP予選と同じようにルノーのヒュルケンベルグに7位、つまり3強チームに次ぐポジションを奪われ、トップのセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)からは1.688秒もの差をつけられた。

「ここはモナコ、ハンガリーと並んでパワーセンシティビティ(感度)が低いサーキットだから、予選では2台揃ってQ3に進めるはずだし、決勝でもダブル入賞ができるはずだ。現実的なチャンスがある」

 フェルナンド・アロンソがそう明言していたように、マシン特性に合う重点レースと位置づけていたにしては、上位勢に大きな差をつけられてしまった。シンガポールのマリーナベイ市街地サーキットでは、パワーの影響が0.1秒/10kW(約13.6馬力)にも満たない。

「正直言うと、もう少し上にいけるかなという気持ちはありました。もしかするとトップ3の一角は崩せるのではないか、という期待も少しありました。ここ数戦で想定以上にルノーが上がってきたなというのは感じています。レッドブルもかなり速くなっていますから、特にパワーユニットがよくなってきているんだろうと思います」

 ホンダの長谷川祐介F1総責任者はそう語るが、予選モードで出力を上げるホンダとルノーの差は大きく見積もっても20kW程度だろう。フェラーリとの差は20kW、予選モードを使うメルセデスAMGとでも40kW程度の差だ。それがラップタイムに及ぼす影響を考えれば、フェラーリとの1.688秒という差はチームを大きく落胆させるほど想定を大幅に上回るものだったというのもうなずける(レッドブルとは1.365秒、メルセデスAMGとは1.053秒差)。

「きちんとラップをまとめていれば、トップから1秒差くらいにまではいけたはずだ。少なくとも、ルノーに負けることはなかった」

 モリスはそう主張するが、予選Q1・Q2からのタイムの伸びしろはルノーもマクラーレンもほぼ同じで、予選を通してルノーと接戦であったことは疑いようがない。トップから1秒差というのは、約0.4秒というパワーユニットのハンディキャップから逆算した願望値でしかない。

 シンガポールでのマクラーレン・ホンダは、明らかに期待以下だった。

「ホンダとしては、これまでずっとマクラーレンと継続することが我々の目指すところだと言ってきましたが、それは嘘でも何でもなくてずっとその方針でやってきましたし、マクラーレンとともに勝利を収めたいという気持ちでずっとやってきました。ですから、こういう結論に至ったことは本当に涙が出るほど残念です。しかもその理由の大半が、ホンダのパフォーマンスと信頼性の不足からきていることは明らかですから、その責任を痛感しています」

 金曜のFP-1(フリー走行1回目)終了後にマクラーレンとホンダの提携が今季限りで解消されることが正式に発表され、長谷川総責任者はそう語った。その目にはうっすらと涙がにじみ、技術者として言葉にできないほどの悔しさがありありとうかがえた。

 ただし、パワーユニットの出力は6月末のスペック3、そして8月末のスペック3.5でライバルたちとの差を縮め、マシンパッケージとして入賞圏を争う力は十分につけてきた。それよりもマクラーレンが失望したのは、信頼性の問題だと長谷川総責任者は語る。

「もちろん、それが我々の目指すところではありませんが、オーストリアGPにスペック3を投入して以降は、まともに走れば少なくともポイントは獲れるところまできていましたし、スペック3の投入が6月にずれ込んだこともそれほど大きく失望されたとは思っていません。それよりもむしろ(マクラーレンが失望したのは)信頼性だと思います。グリッド降格ペナルティなど、信頼性の問題ですべてを無にしてしまうというところが大きかったんだと思います」

 こうしてマクラーレンとホンダの提携解消が決まり、正式発表されたこのシンガポールGPからは、お互いの来季に関する情報には相手がアクセスできないようガードが始まり、各セッション前後に行なわれる技術ブリーフィングも車体側とパワーユニット側に分けられた。まず全員でパワーユニットブリーフィングを行ない、ホンダ側スタッフが退出してからマクラーレン側スタッフだけで車体ブリーフィングに入るという流れになった。

 予選や決勝が終わると、しばらくしてホンダのスタッフの姿ばかりが目立つようになったのは、そのせいだった。ホンダのあるエンジニアは語る。

「そりゃ、疎外感を感じますよ。今だってマクラーレンのエンジニアたちはまだブリーフィングをやっているわけですから。セッション中だって、こちらは次がどんなプログラムなのか把握していないから、一瞬何が起きているのかわからないときもありますし」

 それがF1界のしきたりとは言え、シーズンを最後まで戦おうとしているなかでは、やや寂しくもある。それでも、現場のエンジニアたちは最善を尽くそうとしている。決裂が決まったからと言っても、わざと遅く走ったり開発を遅らせたりはしない。

 長谷川総責任者は言う。

「提携解消が決まったことで、まったく影響がないと言えば嘘になります。でも、エリック(・ブリエ/レーシングディレクター)やアンドレア(・ステラ/アロンソ担当レースエンジニア)たちと話をして意思を共有しているのは、現場ではパフォーマンスのベストを引き出すために全力を尽くそうということです。あくまで成績がベストになるように戦わなければなりませんし、来年のために何かを温存するといったようなことはあり得ません。ランキング5位から8位までは接戦ですから、そこもまだあきらめたわけではありません。今年の成績なしに来年はないですから」

 だからこそ、シンガポールGPではしっかりとポイントを獲っておきたかった。

 しかし、決勝の15分前になって降り出した雨が強くなり、路面は完全なウエットに。波乱のレースは必至だった。

「ここはオーバーテイクが難しいから、1周目が終わった時点から順位はそれほど変わりはしないだろう。だからスタートに集中して、あとはミスを犯さず、そのポジションを守ることに集中するだけだよ」

 皮肉なことに、そう語っていたアロンソがスタート直後の混乱に乗じてポジションを上げた矢先にクラッシュに巻き込まれ、マシンに大きなダメージを受けてリタイアを余儀なくされた。

 ターン1進入時点で3番手まで浮上していたのは、アロンソの好反応とスロットル&クラッチ操作、そしてスペック3.5から大きく向上した低速トルクによる0-100km/h加速が生きたのは事実だ。だが、一方でそのゴボウ抜きは上位勢がフェラーリ2台とマックス・フェルスタッペン(レッドブル)のクラッシュを避けようと減速したからこそであり、ルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)もダニエル・リカルド(レッドブル)もこれをしっかりと視認して回避行動を取っている。アロンソの位置からでは水しぶきにさえぎられて視認は難しかったかもしれないが、周りの他車の動きを考えればコース外にはみ出しながら前へ出てターン1に飛び込んでいったのは、やや無謀だったようにも見えた。

「イン側で何が起きているのかは、ほとんど把握できていなかったよ。でも、間違ったときに間違った場所にいてしまった僕は、接触の後はただの乗客でしかなかったし、どうすることもできなかった。オーバーステアがひどくて気持ちよく走れる状態ではなかったし、最終的には(ERS/エネルギー回生システムの)電気系のトラブルが出てリタイアしなければならなかった」


ストフェル・バンドーンは自己最高の7位入賞を果たした

 実際には、フロアが激しく損傷してリアのダウンフォースを失っていたうえに、エンジンの排気管も壊れて排気ガスが漏れ出していた。そのためターボが十分に回らなくなり、MGU-H(※)から発電もできずに大幅にパワーを失った。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 生き残ったストフェル・バンドーンは、スタートでコンサバティブにウエットタイヤを履いており、インターミディエイト(雨用とドライ用の中間のタイヤ)へ余分なタイヤ交換をしなければならなかったことや、タイヤ交換に9.3秒も要したこと、さらにピットインが周囲よりも1テンポ遅れたことで、カルロス・サインツ(トロロッソ)、セルジオ・ペレス(フォースインディア)、ジョリオン・パーマー(ルノー)に先行を許してしまった。上位勢の自滅があったにもかかわらず、バンドーンはパーマーについていくこともできず、7位フィニッシュが精一杯だった。

「ウチのクルマはウエットコンディションではかなり力強い走りができたはずだし、かなり期待値は高かった。間違いなく表彰台も現実的な可能性としてあったはずだし、優勝争いもできたかもしれないね。今年の不運がこれで終わりになることを願っているよ」

 8周目のリタイア直後、レースがまだ続いているときにそう語りパドックを後にしたアロンソだったが、果たしてレースを最後まで見た後でもそう言えただろうか。

 2台揃っての上位入賞が至上命題だったはずのシンガポールGPで、マクラーレン・ホンダは上位に大きな差をつけられ、7位完走・6ポイント獲得のみにとどまった。それは、不運だけによるものではなかったはずだ。

 マクラーレン・ホンダとして戦うのは、あと6戦を残すのみとなった。最後になんとか、この3年間の集大成と言えるようなレースを見せてもらいたい。この時期だからこそ、未来の可能性に浮かれる前に今一度、自分たちの足跡と立ち位置をきちんと振り返ってみるべきではないだろうか。

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