GLIM SPANKYが語る、3rdアルバムで迎えた状況の変化「より存在しやすい環境になってきている」

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 60年代・70年代の王道ロックそのままのでっかくて豊かなグルーヴを鳴らす、まるで生まれ落ちる時代を間違えたようなロックバンド(メンバーは松尾レミと亀本寛貴のふたりだけだが、ロックバンドと呼ぶのがふさわしいと思う)、GLIM SPANKYが、3rdフルアルバム『BIZARRE CARNIVAL』を9月13日にリリースした。

 マニアックな洋楽ファンやロックファンから絶大なる支持を得ている、評価も高い、その代わり現行の邦楽ロックシーンからは力いっぱい浮いているーーというのがこれまでのGLIM SPANKYだったが、本作を境に、その状況も変わっていくだろう。

 というか、もう変わり始めている。現行のシーンの流れに合わせに行ったから変わり始めたのではなくて、逆にわが道を貫くことがそのような結果を生んでいる、その事実がまずすばらしいと思う。頑固一徹であるにもかかわらず大きく開かれている曲が並んだ『BIZARRE CARNIVAL』がどのようにできあがったか、ふたりに訊いた。(兵庫慎司)

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■自分自身が芯を持っていなきゃいけないことをつきつけられた(松尾)

ーー今作で、作り方が大きく変わったところってありました?

松尾レミ(以下、松尾):1枚目と2枚目は、まず自分たちの自己紹介だということで、いちばんシンプルなGLIM SPANKYの力強さ、「このバンドはロックバンドなんだ」ってことを、とにかく知らしめるためのアルバムだったんですね。そういう名刺代わりの2枚を作って、その基礎を見せることはできた、それより一歩踏み込んだ自分の部分を、もっとフィーチャーしてもいいのが3枚目かな、って。

亀本寛貴(以下、亀本):普段から音楽を聴いていて、「この感じはいいネタになるかもしれない」と思ったものは、あとで曲作りに活かせるようにリストアップしていくみたいな、曲作りのための準備は常にしているので。「次にこういう曲やったらいいだろうな」というアイデアは、アルバムを作っている期間も作っていない期間も関係なく、いくつもあるんです。だから今回も、特にここから心機一転、みたいな感じではなかったんですけど。ただ、今まで、たとえば映画の主題歌で、書き下ろしで、っていうふうに作っていく中で……レミさんはこのアルバムに入っている「BIZARRE CARNIVAL」や「The Trip」のような曲もやりたいんだろうけど、それよりも、速くて、ギターめっちゃ歪んでて、みたいな曲を作る必要があったので。だから、次のアルバムではそこに寄り添ってもいいだろうっていう感覚はあったかな。今までだと「いや、今そういう曲を出しても」とか、けっこう言ってたもんね?

松尾:うん。「今出しても誰もわかってくんないよ? GLIM SPANKY自体がどんなものか知られていないのに」みたいな。まずはGLIM SPANKYがどんなバンドかを世間に突きつけた上で、その次にやる表現にしていこう、ということはすごく話し合ってきましたし、私もそれに納得して。で、今回は、より自分の深い部分も見せることができた作品になりました。

ーー歌詞ですが、今の世の中とか、今の時代とか、今の自分とかに直対応して書いたものが増えていません?

松尾:そうですね。たとえば4曲目の「吹き抜く風のように」、リード曲なんですけど、「宗教」とか「戦争」っていう今まで使わなかった言葉を使ったっていうのは、理由があって。これは私の人生を変える経験だったんですけど、今年の春に祖父が他界したんです。家族が他界するという経験を今までしたことがなかったので……祖父が亡くなった、お葬式をやると。じゃあ黒い服を用意しなきゃとか、お坊さんがお経をあげるんだろうなとか想像してたんですけど、「うちは無宗教だから、お葬式やらないよ」って言われて。

うちの祖父は、本家から独立して新たに自分で家を作っているんですね。絵を描いていたりとか、自由な人だったんですけど。で、祖父が無宗教だったので、そのままうちは完全に無宗教だということを、その時初めて知って、びっくりして。そういえば仏教とかに即した行事、これまでやったことなかったな、って気がついて。

でも日本で暮らしていると、どうしても、仏教的な言葉や行動が身についているんですよね。手を合わせたりとか。それがないってなると、「じゃあお祖父ちゃんは亡くなったら何になるんだろう?」みたいな。「仏になった」とか「イエス様のもとに行った」とか、そういうことがないので、すごくさみしく思ったんです。

常に宗教を意識している人じゃなくても、そういう時になると心の拠り所が自然にそこにあるんだなって。だから、本当に無宗教であるということの、何もない、宙ぶらりんな感じというか。不安だし、気持ちの整理もなかなかつかないし。でも、このまま悩んで悲しんでいてもどうしようもないし。すがるものが私にはないから、自分自身が芯をちゃんと持っていなきゃいけない、っていうことをつきつけられた経験だったんですね。

それがそのまま、サビの歌詞になってるんですけど。<どこにもない 縛られるものなどない 宗教や戦争も 僕にはないのさ 転がる石の様に 吹き抜く風の様に>っていう。そういう個人的なことがきっかけで書いたんだけども、より多くの人に届くような、大きな言葉を使って……ある人にとっては「この歌は大きな自由を歌ってるんだな」でも、「この歌は戦争に反対なんだな」でも、なんでもいいんですけど。そういうふうにいろんな意味で捉えられる曲にしたいな、と思って書きましたね。

ーーそうか。逆のパターンはありますけどね。普段宗教を意識せずに暮らしているけど、家族が亡くなって葬式に出たりすると「そうか、うちは仏教徒なのか」って改めて実感するとか。

松尾:ああ、なるほど。

ーーそれはうれしいことでも悲しいことでもなくて、ただその事実を実感するだけなんですけど、そうですね、「うちは無宗教なのか」っていうのは、混乱するのはわかります。

松尾:そうなんですよ。びっくりしました。それで、宗教があるとかないっていうこと以上に……自由っていうものに対して考えましたね。自由って、どこにでも行けるけど、その分孤独だし、自分っていうものをちゃんと持っていないと、ただの何もない人になってしまうから。だから、ちゃんと自分の生きざまっていうものを理解するべきだなと思って。そういう経験をもとに書いた曲ですね。

■海外進出のビジョンに少しずつ近づいている(亀本)

ーー確かに歌詞だけじゃなくて、曲調とかアレンジも含めて「何をやってもいいんだな」っていう感じになってきたなあとアルバムを聴いて思ったんですね。それは徐々に結果がついて来たから?

亀本:いや……なんでだろう? まあもともと、何をやってもいいと思ってたんですけど。でも、現実的に考えて、国内でのセールスだったりとか、フェスとかイベントでちゃんと居場所を作っていく、っていうことは確実にやっていきたいという思いで活動しているし、その上で、海外にもどんどん出て行きたいっていう思いもあって。それには、少しずつ変化していくことが必要だと思っているので。自分が思い描いている将来的なビジョンに向けて……こういう曲で、こういう音で、GLIM SPANKYが欧米でもやっているーーっていうビジョンに少しずつ近づいている感覚ではあるんです。

最初は、将来的には海外にも行きたいけど、まず国内で形にならないとどうしようもないな、バイトしながらじゃ海外でライブできないな、みたいなところから始まって。その最低ラインは突破できたかな、っていう感じは、今はあるので。

その次のステップに行く時に……たとえばみんなと横並びになって「どっちがいい?」っていうポジションじゃなくて、「自分たちはこうです!」っていうポジションというか。「あのバンドがああだから、僕らはこうなんなきゃ」みたいなこととは関係ないところに、自分たちのポジションを作らなきゃいけないな、という考えになってきて。国内でそういうポジションを作って、なおかつ将来的に海外へも出て行ける音に、どんどん仕上げて行かなきゃいけない、っていうところで、自然とこのアルバムのような音になってきた、っていうのもあると思うんですけどね。

松尾:サウンド面はそうですし、歌詞の部分でもーーメジャー1枚目のミニアルバムを作った時に、いしわたり淳治さんがプロデューサーで。それまで私は、業界の人はみんな敵だと思っていたので、殻が何百枚とあった状態で、誰に何を言われようとはねつける、みたいな感じだったんですけどーー。

亀本:そうなの?

松尾:(笑)うん。自分が歌詞で使いたいかっこいい言葉っていうのも、自分の中に答えがあって、それ以外は使わないと思いながら歌詞を書いていたら、ある時、淳治さんが雑談の中で「俺さあ、この歳になってやっと最近わかったことがあってさ」って話し始めて。「今までは『愛してる』とか『ありがとう』みたいな歌詞ってクサいって思ってたんだけど、同じ『愛してる』でも伝わる『愛してる』と、クサいと感じる『愛してる』があるんだな、ってことに気づいて。本当に心の底から思って歌ってる人の『愛してる』はクサく聞こえないんだよなあ」って。その淳治さんの言葉でハッと思って。歌う本人の技量によるんだな、同じ「愛してる」でもかっこよく聴かせることができるボーカルにならなきゃいけない、ってすごく思った時に、言葉の壁がなくなったんですよね。

私がかっこよく歌える、自分が本気で思ってることを伝えたいって思って、ちゃんとそれを表現すれば、それはファッション的な「愛してる」じゃなくて、本気の魂の叫びになるんだな、っていうことを理解できてから、「この言葉は使いたくない」「この言葉はストレートすぎるからやりたくない」っていう壁がなくなったのが、1stを作った時だったので。そこからより、すべては自分次第って思えるようになりました。

ーーサウンド面でもそういうことはありました?

亀本:いや、めちゃくちゃありすぎて。このアルバムにしても、日々トライ&エラーをし続けていて、今回の盤を作って学んだこともあるし、まだもう一歩行きたいなっていうところも当然あるんですけど。たとえば、今までの曲だったら……ドラムとベースがいて、松尾さんエレキギターで、僕もエレキで、バンドの体をなして曲が進行して行って、間奏でソロなりリフなりがある。そういう時でも、僕のギターの伴奏は消えず、まんなかからリフが登場する、みたいな。バンドの音作りとしては、普通はだいたいそうで、そこで伴奏が消えてリフだけになるっていうことは、ほぼほぼないんですけど。

でも、このアルバムの8曲目の「ビートニクス」、今までやってきた「怒りをくれよ」とか「ワイルド・サイドを行け」みたいな曲調なんですけど、間奏になっても僕のギター1本しかない状態で、リフだけになってもそれはそれでよしとしていこう、っていうか。

やっぱり海外の、僕らが好きなアーティストは、音が全然埋まってなくてもOK、むしろ埋まってないことによってキックであったりスネアであったりの厚みが……音が重なっていたら聞こえない部分が、逆にしっかり聞こえてる。っていうような音源を聴いてると、いっぱい音を敷き詰めて、コード感を出した中で歌を入れる、みたいなことを続けていては、とてもじゃないけど勝負にはならんぞ、みたいなことをすごく思って。安易にエレキギターのコードで埋めないようにする、っていうのは考えましたね。それでもちゃんと楽曲として成立している曲をまず書かなきゃいけないし。作曲の段階からそういうことを考え始めたのは、今回からですかね。

■ちゃんと居場所があるっていう感覚を、今は持てている(亀本)

ーーあと、6月4日の日比谷野音で思ったんですけど……GLIM SPANKYってやたら大人ウケがいい、若い世代よりも上の世代のファンが多いっていうのは、バンドが大きくなって行く上での限界になるかもしれない、っていう話を、前にこのリアルサウンドのインタビューでしたじゃないですか。

松尾:(笑)ああ、はい。

ーーと、僕は思っていたんですけども、あの日比谷野音で「あ、これでいいんだ」ってことがわかったんですよね。

松尾・亀本:(笑)。

ーーアルバム2枚しか出していない若いバンドのライブ、超満員の客席の8割くらいがおっさん、みんなすごく盛り上がってる、っていうのは、これはもう現象なんだなと。

松尾:(笑)あ、そうなんですか?

ーーその光景を見て、このバンドはこのまま余裕で武道館行けそうだな、と思いました。異常な現象を異常なままで大きくしていくことができるバンドなんだなと(笑)。

亀本:でも僕らは最初から、好きな音楽を作っているだけで、それに対して反応してくれれば誰だってうれしいので。大人の人だろうが、若い女の子だろうが。ただ、たとえば、「GLIM SPANKYのファン、おじさんばっかりだから、フェスに呼ぶのやめよう」っていうふうに、もしなったとしたら……いや、それでも気にしないかもしんないな。

松尾:(笑)。

亀本:まあでも、フェスにも呼んでもらえるし、そこに出て行った時も……自分らはいわゆる、今の邦楽フェスの花形ではないかもしれないけど、ちゃんと観てくれる人がいるし、ちゃんと居場所があるっていう感覚を、今は持てているんですね。何年か前は持てていなかったかもしれないけど、今は「あ、大丈夫じゃん」って思えるので。この夏は、1曲目を「アイスタンドアローン」で始めてるんですけど、フェスワールドからすると、とんでもない遅さの曲じゃないですか(笑)。でも若い子たちも、ありがたいことに聴いてくれるんですよね。遅い音楽でもゆったり楽しめるんだよ、みたいなノリ方も、Suchmosさんとかが教えてくれてるわけじゃん?

松尾:そうだね。

亀本:GLIM SPANKYはSuchmosとは全然違うけど、いわゆるフェスワールドのロックじゃないロックに対する耐性ってものが、少しずつできてきていることを実感するんですよね。そういうふうに聴いてくれる若い人たちが増えているっていうことは、僕らの音楽の居場所があるっていうことだし。それに……今年『SWEET LOVE SHOWER』に出たんですけど、ラインナップを見たら、僕らがいて、never young beachがいて、Yogee New Wavesがいて……っていう感じで、1〜2年前とは全然変わってるんですね。でもそれでフェスが成立しているし、チケットが完売している。だから、僕らみたいなバンドがより存在しやすい環境になってきている、と僕は思っています。

松尾:そうだね。若い子も聴いてくれてる、若いファンが増えてるっていう実感はあるし。あと子供連れが増えてるっていうのもうれしいですね。ほら、フジロックとか子供連れ多いじゃないですか? 子供に英才教育をしたいロックファンたちが(笑)、そういうロックを好きな仲間として私たちのことを捉えてくれて、それで子供を連れて来てくれてるのかな、って思ったりして。その子たちが大きくなって、もしロック好きに育ったとしたら、「俺、保育園の頃にGLIM SPANKYのライブに連れて行ってもらったよ」みたいな。そういうのがあったら、すっごくうれしいじゃないですか?

亀本:その時僕ら、もういい歳だねえ。

松尾:まあね(笑)。でもそういうつながりが生まれていったら本当にうれしいことだと思いますね。