大林組技術研究所本館テクノステーションの内部。壁や天井から自然光を最大限取り入れ、蛍光灯を使わずとも仕事に支障をきたさない明るさを確保できる(写真:大林組)

近い将来、省エネルギーを超えた「無エネルギー」が当たり前になる時代が来るのだろうか。

大手ゼネコンの間で、「ゼロエネルギービル」(Zero Energy Building、以下ZEB)の開発が盛んになっている。

エネルギー収支がトータルでゼロ


技術研究所の空撮写真。屋上に見える黒い物体はすべて太陽光パネルで、一般家庭の屋根に換算しておよそ200軒分の発電量を誇る(写真:大林組)

ゼロエネとは、従来の省エネ技術を活用して、空調や照明、OA機器などの消費電力を削減。

さらに屋上に設置したソーラーパネルなどの再生エネルギーで必要な電力を賄い、使うエネルギーと生み出すエネルギーを相殺し、エネルギー収支をゼロにする取り組みを指す。

国土交通省によれば、国内での電力の3分の1は住宅やオフィス、商業施設といった建築物で消費される。そのため、地球温暖化対策の観点からも、ビルのZEB化は急務となっている。

ZEBが注目されたきっかけは、2008年7月に開催された北海道・洞爺湖サミットだった。

国際エネルギー機関(IEA)がG8各国に向けてZEBの普及に取り組むよう勧告。諸外国が新築の建築物への省エネ証明書の表示を義務付ける中、日本においても2014年4月に閣議決定されたエネルギー基本計画にて、2020年から新築の公共建築物を、さらに2030年からは民間を含めたすべての新築建築物をZEBにするという目標が掲げられた。

経済産業省の定義に倣えば、ZEBには省エネ度合いに応じて3段階存在する。一般的な構造のビルと比較して、電気やガスなどのエネルギー消費量を50%以上削減したビルは「ZEB Ready(ゼブレディ)」になる。

これに加えて太陽光発電などで生み出した電力と相殺し75%以上削減したビルは「Nearly ZEB(ニアリーゼブ)」、そして生み出す電力が使う電力を上回りエネルギー収支ゼロを達成したビルは、晴れて「ZEB」と呼ばれるのだ。

早くからビルの省エネ化に取り組むのは、大手ゼネコンの大林組だ。同社の技術研究所(東京都清瀬市)は2010年の竣工以来、最新の省エネ技術を多数投入してきた。中でも研究所の心臓部であり、数十人の職員が研究にいそしむ本館テクノステーションは、2014年以来3年連続で通年のエネルギー収支がゼロ、つまりZEBを達成している。

ZEBのメリットは、省エネに伴う光熱費削減だけではない。「自前の電力を確保することで、災害時でも業務を継続できることが重要」(同研究所技術本部の小野島一統括部長)。研究所の敷地は約7万平方メートルに達するが、研究棟の屋上には合計820キロワット、一般家庭の屋根にしておよそ200軒分もの太陽光パネルが並ぶ。

ほかにも、実験機器の排熱を再利用した発電機、さらに3000キロワットもの容量を誇る巨大な蓄電池など、「仮に停電しても1週間は業務が遂行できる」(同)体制を敷く。一般的なオフィスビルなら、非常用の発電機が稼働しても、最低限の通信や照明を1〜2日確保するのがやっとだ。

大成建設は「我慢しない省エネ」ビル


大成建設のZEB棟全景。一見スモーク張りのような窓には、シート型の薄い太陽光パネルが設置されている(写真:大成建設)

同じく大手ゼネコンの大成建設も、2014年に同社の技術センター(神奈川県横浜市)内にある地上3階、地下1階建ての実証棟にてZEBを達成した。

同社が重視したのは、オフィスとしての実用性だ。敷地ではなく建物1棟だけでエネルギーを自給するべく、外壁一面にソーラーパネルが貼られている。

コンセプトは「我慢しない省エネだ」と、設計本部の熊谷智夫設備設計第二部長は説明する。省エネにいそしむあまり、生産性を落としては本末転倒だ。そこで自然光を取り込むなど、光熱費削減と同時に、蛍光灯の光を浴びるよりも健康的に感じられるオフィス空間を目指した。

空調や照明も、感熱センサーを通じて人がいる時にその場所だけ作動する。すでにいくつか問い合わせも来ているようで、「環境への配慮だけでなく、生産性向上の効果も訴えていきたい」(都市基盤技術研究部の横井睦己部長)。

資源エネルギー庁によれば、9月5日までに採択されたZEB実証事業は合計103件。

だが、そのうちの8割以上が発電を伴わないZEB Readyで、本当の無エネであるZEBはわずか7件にとどまる。「2020年からの本格実施はZEB Readyが中心になりそうだ」(担当の資源エネルギー庁省エネルギー課)。

普及にあたってネックとなるのが建設費だ。大成建設がZEB化にあたってのコストを試算したところ、Readyで10%、Nearlyで20%、ZEBを目指すなら50%ものコスト増となり、単なる光熱費削減では割に合わない。

特に建設費が賃料に跳ね返る商業ビルの間では、ZEB化の動きはない。準大手ゼネコンの戸田建設も、研究中のZEB技術を建設中の本社ビルへの適用を予定しているが、「低層階に入居するテナントの(賃料上昇に対する)理解を得るのが難しい」(会社側)と完全なZEB化は視野に入れていない。

コストを乗り越えてZEBを普及させるためには、省エネに価値を見いだしてもらうことが重要だ。今冬に建て替える新庁舎を「Nearly ZEB」にするという神奈川県開成町は、「町長がエネルギー問題に関心があり、町としてもエネルギーの地産地消を目指したい」(同町財務課)という。

神奈川県開成町はZEB庁舎


2016年4月から始まった認証ラベル「BELS」。国の基準と比べてどの程度省エネを達成したかを5ツ星で「見える化」した(画像:住宅性能評価・表示協会)

国も省エネ基準に適合した建築物については、外郭団体である住宅性能評価・表示協会が省エネ性能を示す認定マーク(BELS)を発行する。費用や立地だけでなく、環境という観点も建物の評価軸に含めたいという意図がある。

そもそもZEBで達成する無エネといえども、24時間365日にわたってエネルギー収支がプラス、というわけではない。

大林組と大成建設の両施設は、日射の多い春や夏にエネルギー収支のプラスを積み増し、日射が弱く暖房など電気代がかさみがちな冬場に取り崩すことで、通年での収支ゼロ化を図っている。

多くエネルギーを生み出した時は周辺施設や蓄電池に移し、不足した時は電力会社からの供給を受けているのだ。

そのため、ビル1棟だけでエネルギー循環が完結することはなく、「周辺施設と電力を融通しあうことが重要」(大林組の小野島氏)。ビル単体ではなく、地域一体で省エネを考える必要がありそうだ。

日本エネルギー経済研究所省エネルギーグループの土井菜保子マネージャーは、「ZEBが本格的に普及するまでは、補助金メニューの拡充や省エネ技術導入への低利融資など、政策的な後押しが必要。イタリアで行われている、省エネ枠を市場で売買するクレジット制度も参考になる」と指摘する。

夢のような「無エネビル」が、日本の街に広がる日は来るのか。