ノーラン的世界を堪能するために、知っておきたいいくつかのこと『ダンケルク』【さぼうる☆シネマ】

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「風味、味わい」のような意味を持つ"savuer"をちょっと和風に発音しての、さぼうる。雑食系映画紹介人、松本典子がオススメ映画をお届けします。連載6回目は『ダンケルク』を。今を生きる私たちにも共感できるテーマを内包した、少し風変わりな戦争モノです。
単なる戦争映画じゃない。映画体験を楽しめるエンタテイメント
第二次世界大戦初期、ドイツ軍に追い詰められた英仏連合軍の若い兵士が、フランス北端のダンケルクの市街を必死で駆け抜ける。彼のバクバクの心臓音と不穏を誘う音楽(というか音響に近い無限音階。ハンス・ジマーによる音、最高!)と、そしてチクタクチクタクと迫るような秒針の音が容赦ない銃撃音と絡まって、客席の我々までもが思わず首をすくめてしまう......文章だと何のこっちゃ? ですが、早くも緊張を強いられる幕開けです。無闇やたらな大音量とは一線を画するそれらは、音響と音楽の間を彷徨いながら耳だけでなく全身に迫り来るのです。いきなり、もう、すごいよ!
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え、なんでそんな怖い思いをわざわざ体感しなきゃならないわけ? 戦争映画は苦手だし......と遠ざけたい気持ちもわからないではないのですが、クリストファー・ノーラン監督が作り上げた『ダンケルク』は"映画体験"を満喫できるエンタテイメント作品。たまたま戦場が舞台ではありますが、激闘や攻撃ではなく「撤退」を描いているのが珍しい戦争映画です。実際にダンケルクから生還した元兵士にも直接話を聞くなどしてエピソードを集めたというノーラン監督は、多くの逸話を再構築させながら登場人物たちを生み出した様子。タイムリミットに挑むサスペンスであると同時に、兵士、将校、民間人、救助される人、救助する人、生き残る人、生き残れなかった人......さまざまな立場や運命にあった個人を、寄り添いながらもテキパキと活写した群像劇でもあります。ドイツ軍はあえて"The Enemy"とだけ記すに留め、情報を極力削ぎ落とす。描きたいものだけにフォーカスする。その潔さは、モダンなテイストと言えるかもしれません。
そうしてフォーカスされた人々のエピソードのひとつひとつ、めくるめく状況ではありますが何とか追いかけて目撃してほしいのです。銃の扱いもままならないのに賢明なるサバイバル力を発揮する兵士トミー(フィオン・ホワイトヘッド)を始め、「私たちの世代が始めた戦争で子どもたちを犠牲にするわけにはいかない」と船を出すドーソン船長(マーク・ライランス)、クールに任務を遂行するパイロット(トム・ハーディ)、責任を果たすべくダンケルクに留まる海軍中佐(ケネス・ブラナー)、Uボートに撃沈されたショックである過ちを犯す兵士(キリアン・マーフィー)や想定外の不運に見舞われた少年や若い兵士たち......小さな登場人物のちょっとした振る舞いから読み取れるものも少なくありません。例えば、ドーソンの息子は決して大きな役柄ではありませんが、彼があるとき一瞬だけ見せた態度と表情は忘れられないはず。
陸・海・空の3つの視点が交錯する、その奥行きを味わって
本作は、イギリス市民による船団がダンケルク沖に到着するまでの"陸の1週間"、"海の1日"、そして"空の1時間"が頻繁に交錯しながら描かれていきます。場所と時間を大胆に再構成するのは、いわばノーラン流。最初は少し戸惑うかもしれませんが、並走していた3つの要素が、救出成功というクライマックスで見事に合流するカタルシス! やや複雑ながらも緻密に設計された展開なので、集中すれば何とかついていけるはず。「あ、あの船はさっき空から見えていた」などとクロスする瞬間を逃さなければ、その構造も理解しやすくなりますから。逆に、このポイントを掴めればより味わいが増すというノーラン・マジックでもあります。