トラブルの起きた路線は4月に就航したばかりだった(写真:時事通信フォト)

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 ひとたび事故を起こせば、多数の乗客の命が危険に晒される。それだけに飛行機には日々、入念な点検・整備が行なわれており、とりわけ日本のエアラインは高い安全性で世界的に評価されてきた。だが、JAL機エンジン火災事故を取材する過程で、重大な懸念が浮上した。

〈高い運賃を払って日本の航空会社を利用するのは、“安心”を買っているようなもの〉──こうした評価が成立してきたのは、日本人による丁寧なメンテナンス、いわゆる“日本品質”への信頼があったからだ。

 その信頼に疑問を生じさせているのが、9月5日のJAL機エンジン火災事故である。午前11時過ぎに羽田空港を離陸したニューヨーク行きのJAL6便は、2つある主翼エンジンの1つから突如、出火し、約1時間後に羽田に緊急着陸を余儀なくされた。

 離陸の際、乗客が感じたのは5回の「ガーン」という轟音と何かに乗り上げたような衝撃。エンジン内部では、タービンにある222枚もの羽根が破損していた。国土交通省の担当記者が振り返る。

「国土交通省は翌日、《発動機の破損に準じる事態》として重大インシデントに認定しました。つまりは乗員・乗客248人とともに『墜落の危機にあった』といっているに等しい」

 当該のボーイング777型機に取り付けられていた巨大エンジンは米GE製。国交省は現在、米国の調査機関と連携しながら原因究明を進めている。

 専門家の間でも「エンジンの製造不良」や「整備不良」など様々な可能性が指摘されている。そうしたなかで気がかりとなったのが、「日本の航空会社は中国の下請け企業に整備を任せている」──という情報があったことである。調べを進めると、確かにその通りだった。

◆社内からも不安の声が……

 日本の航空各社は1990年代半ばから、機体に必要な整備や修理を国交省が認定するアジアの工場に委託していた。

 とりわけ日本や米国の航空会社からの需要を取り込んで急速に規模を拡大してきたのが、中国福建省に本社を置く「TAECO社」とシンガポールの「SASCO社」という2社の整備専門会社(MRO企業)だ。そういった中国やシンガポールのMRO企業には、どのような整備が委託されているのか。

 一つはおよそ1年に一度のペースで行なわれる「C整備」と呼ばれる比較的軽微なメンテナンスで、10日ほどかけて配管や配線が正しく接続されているかを点検。可動部分のオイルや備品の交換を実施する。人間でいえば「定期健診」のようなものだ。

 もう一つ、約5年に一度行なう「M整備」は「飛行機の人間ドック」と呼ばれ、点検・整備は広範囲に及ぶ。

 内装だけでなく、ロゴの入った外装のペンキもすべて剥がし、ユニットトイレも分解する。約1か月をかけてシステム系統に異常がないかを確認。必要な修理を行なって、最後は表面の防錆処置や再塗装まで手がけて、機体の安全性能に深く関与する作業である。

 航空各社がMRO企業への委託を推進した2000年代前半、JALでは経営合理化に反対する労働組合が、海外委託整備への不安と懸念を表明。当時、JALでは海外で整備された機体に不具合が頻発していた。その一例が、「日本航空乗員組合」の『乗員速報』(2006年10月8日号)に掲載された「燃料タンク内部でマニュアル発見」という一件だ。

 TAECO社で重整備を受けた貨物機の燃料計が誤作動し、再点検すると燃料タンク内部に「整備マニュアルの紙片が散乱」していた。中国での重整備時に、TAECO社の整備士がマニュアルをうっかり置き忘れていたのである。組合側はその後もTAECO社が整備した機体にトラブルが続いたことを問題視。『乗員速報』では、2007年だけで実に10件ものTAECO社絡みの不具合が発生したことが大きく取り上げられた。

◆“重大事故”は起こしていない

 2007年にはエンジンに燃料を送る管の取り付けミスによる燃料漏れも続発した。フライト後の発見もあれば、出発前点検で燃料漏れが見つかって機材を交換する騒ぎになることもあった。燃料漏れは引火すれば火災に発展する重大なリスクだ。

 他にも非常口のサインの配線が切れていたり、欠陥のある燃料ポンプ部品が取り付けられるなどのトラブルが起きていた。整備ミスを問題視してきた日本航空乗員組合の飯田祐三・副委員長はこう指摘する。

「会社は乗客の安全にかかわる情報は、包み隠さず公開すべきだと考えていますが、機体やエンジンの整備について、どのグレードの整備をどこにどれだけ委ねているかという具体的な情報が、我々にも明らかにされていません」

 海外MRO企業への委託はANAでも同様に行なわれており、やはり整備ミスが発生している。

 2009年にANAで起きたトラブルは、国土交通省から異例の厳重注意が下った。同社保有の3機で、非常用酸素マスクの一部が落下しない状態のまま、2600回も飛行していたことが発覚したのである。

 整備を担当したのはシンガポールのSASCO社。頭上のスペースにマスクを収納する際、チューブが絡まってしまっていたのだ。なおSASCO社は、2005年にJALのジャンボ機を整備した際、左右のエンジンを逆に装着するという信じ難いミスも犯している。

 こうした海外MRO企業による整備が拡大したことと、今回のJAL機エンジン火災に関連はないのか。JAL広報部はこう答えた。

「事故機は全て国内で整備を行なってきた機体です。海外委託が事故につながったということではありません」

 ただし、海外MRO企業への整備委託が3割程度(2016年は約5割)あることは認めた上で、次のように説明する。

「海外への整備委託は、コスト削減に主眼を置くものではありません。保有機の増加により、国内整備工場のキャパシティを超えた部分を、海外の整備工場で実施しています」(同前)

 海外の工場で整備した機体に今もトラブルが続いているのではないか、という問いには、「整備担当者に確認しましたが、記録のボリュームが大きすぎてすぐには回答が難しい。ただこの2〜3年でそうしたトラブルが起きたとは聞いておりません」とした。

 一方、ANA広報部は次のように回答した。

「整備の品質について、海外と国内の間に全く差はないものと考えています。海外で整備された航空機を受け取る時は、当社のスペシャリストチームを派遣して受領検査を行なっている。過去のマスクの不具合についても再発防止策を講じており、現在では問題は起きていません」

 TAECO社やSASCO社に足を運んで取材した経験を持つ、航空評論家の青木謙知氏はこうみる。

「アジアのMRO企業の整備技術、能力は日本に比べても遜色ないものと思います。TAECO社については、設立当初からボーイングやJALも出資して人も派遣し、技術レベルを高め、米連邦航空局の認定も受けている」

 海外に整備を任せられる、というのである。

◆国交省は「把握していない」

 さらに本誌は、中国のTAECO社の広報担当者に直接、話を聞いた。

──これまでの整備実績は?

「ANAからは200機以上、JALは100機の請負実績がありますが、ほとんどは機体構造をチェックして給油や装備品の交換をするC整備です」

──JAL機のエンジン火災についてはご存知ですか。

「ちょっとわかりません。ただエンジンについては基本検査だけで、内部の整備はやっていません。テストフライトをしてエンジンに不具合があれば、メーカーに報告して取り替えてもらいます」

──過去にはTAECO社の整備でトラブルが多発した。

「実績を積んだから、今はアジアナンバーワン。大丈夫よ!」

 そう自信を見せた。ただ、JALの現役整備士からは、

「確かに10年前と比べ精度は上がったが、今でも部品の装着忘れなど小さなミスを見つけることはある。工具がひとつなくなったら日本では見つかるまで総動員で探すが、中国側にはそういう意識が薄い」

 という声もあった。気がかりなのは、工場の整備資格を認定している国交省が基本的に「整備は各社が責任を持って行なうもの」というスタンスでいることだ。

「個別の機材の整備履歴を当局が把握する仕組みにはなっていません。したがって、海外の整備に伴うトラブル事例がどれだけあるかといわれても、そのような記録は持ち合わせていないのです」(航空事業安全室)

 そうしたなかで、日本の航空会社の機体は、今日も空を飛んでいる。

※週刊ポスト2017年9月29日号