キリンビール「上司の説教」が大炎上した理由

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『巨人の星』的な根性主義のやり方に対し、時代の目は思う以上に厳しい(撮影:尾形文繁)

物言えば唇寒し秋の風。台風が日本列島に本格的な秋を連れてくるという時期に、このことわざの含蓄をひときわ、かみしめる毎日だ。世はまさに「炎上時代」。物言えば、誰かから、どこかしらから、異論・反論が飛び出してくる。


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筆者は誰かの気分を害することを極度に恐れるチキン(臆病もの)なので、炎上は何より怖い。それでも毎回、薄氷を踏む思いでこの連載を続けているのだが、毒気のまったくない文章も味気なく、時々、語気が強い言葉になって、おしかりを受けてしまったりもする。何を言われても、ものともしない「鉄のメンタル」はどうしたら鋳造できるのか、日々悶々とする小心者である。

そんな筆者以上に炎上を恐れているのが、日本の企業だ。「話題にならないより炎上したほうがいい」という趣旨のことをのたまわった県知事もいたが、話題づくりのために「確信犯」的に炎上させるケースは、少なくとも一流企業にはそれほど多くはないだろう。どこに地雷が埋まっているかわからない中で、加速度的に「チキン」になる日本企業だが、最近、図らずも、その犠牲になってしまったのが、キリンビールだ。

キリンビールの上司の説教はパワハラ?

テレビ東京系のドキュメンタリー番組「ガイアの夜明け」(9月5日放送)の中で、上司が営業マンを説教するシーンが「パワハラ的」とネット上で批判が出たのだ。番組の主旨はライバル、アサヒビールの後塵を拝するキリンが、起死回生を狙うというもので、アサヒの独壇場である大阪の営業マンを主人公にその奮闘ぶりを取り上げた。

問題となったのは、先輩が主人公に対し、会議の席で「2倍売るにはどうするんだ」などと迫り、その後の飲み会の席でも「お前、今のまま上に上がられたら、下の子が付いてこないでしょ。俺できない、知らない、やだ。そんなやつにリーダーやってほしくない。お前、どれだけやっとんねん。やってないねん。やれや。できるやろ」という言葉を浴びせたシーンだ。

主人公が無言で真っ赤な目をして、涙を流す姿まで放映された。

こうやって文字にしてしまうと、陰湿ないじめのように聞こえるが、実際の雰囲気はそこまで張り詰めた感じではない。その涙も、熱い励ましに、勇気づけられた、もしくは気づきを得たときの涙、にも見える。最後はみんな笑いながら、肩を組み、居酒屋を出ていくシーンが映し出されている。

実際、こういう手荒い「激励」は体育会系の上下関係ではよく見掛けるし、いまだにこんな感じで部下に話しかけている社長や幹部の話はよく聞く。きっと10年前なら、日常的な風景として問題にもならなかっただろう。しかし、ネットでは、「一番搾りだろ、部下を絞ってどうすんだよ」「パワハラ」「ビール会社がビールをまずくする」との声が集まった。

キリンビールの思惑とは?

そもそも、こうしたテレビのドキュメンタリーのストーリーは、パターン化しており、このエピソードも、シチュエーション(課題設定)⇒問題発生、挫折⇒乗り越え、問題解決というストーリーの黄金型を踏襲している。番組の制作者にとっては主人公の「涙」はまさにその挫折を象徴する格好のシーンだったに違いない。結果として、この主人公は担当するスーパーで、大きな売り場スペースを確保することに成功したという王道ストーリーで終わっている。テレビの制作現場など過重労働のメッカであり、荒々しい言葉も当たり前。番組制作者も、こうしたやり取りが問題視されるなどとは想定していなかったことだろう。

筆者は個人的に、どうやっても追い抜けない圧倒的に不利な「負け戦」をあえてメディアに取材させることにしたキリンビールの心意気を思うと、少しだけ同情する気持ちを禁じえない。というのも、そもそも、キリンビールは財閥系(三菱グループ)でお堅い、おとなしい、まじめと評されることが多く、ビール業界でも「優等生」と目される存在。今回のような「泥臭さ」「体育会気質」といえば、アサヒビールの営業マンを形容する言葉だった。

そういった体質の社内に危機感を鼓舞し、お公家体質から抜け出し、野武士のように「攻めていく」新しいキリンビールの姿を見せていきたい、というのが上層部の狙いだったように思えるのだ。番組内でも登場した布施孝之社長は、大阪支社時代に「大阪の奇跡」と呼ばれるほどの実績を上げた人物だという。「挑戦者」として捲土重来(けんどちょうらい)を図ろうとする姿勢を、社員に植え付けたかったのではないか。

確かにそうしたチャレンジスピリットは大切だが、『巨人の星』的な根性主義のやり方に対し、時代の目は思う以上に厳しい。このキリンビールの職場でのコミュニケーションにはいくつも問題がある。そもそも、酒の場での説教、というのは最も癖が悪い。職場で、きちんとコミュニケーションが取ることこそが求められるのであって、酒の力を借りなければ本音トークはできない、という考え方はこの時代、なかなか通用しにくい。

ほかにも問題がある。たとえば、主人公が前年の2倍の売り上げ目標を設定していたという点だ。そもそも、不可能なほど高いゴールを与え、精いっぱい背伸びをさせることで、成長を促すという手法はひととき、経営の神様といわれたGEのジャック・ウェルチ氏が「ストレッチゴール」というキーワードで推進していた。ウェルチの教え子といわれる日本人社長がこの手法を踏襲し、まさに同じ言葉を使って、社内にハッパをかけまくっていたが、ゴムを伸ばしすぎて、切れてしまう人も少なくなかったという。結局、彼は経営の一線を退いた。

GEの関係者曰(いわ)く、「人材育成などの観点で、ウェルチの手法は時代遅れになった。だから後を継いだジェフリー・イメルトは大幅に軌道を修正せざるをえなかった」。どんな名経営者のやり方も、時代とともに制度疲労を起こしてしまうということなのだ。高尾山も登ったことのない人に、いきなりエベレストに登れという指示は、まったく通用しない。

アメリカの人事系ソフトウエア会社がアメリカ人1000人に対して行った調査によると、ダメ上司のNG行動の上位10は以下のようなものだった。

ダメ上司の10のNG行動

□ 部下の手柄を奪う
□ 部下を信頼せず、権限も与えようとしない
□ 部下が過重労働をしていても気にしない
□ 報酬に関して、部下の立場を支援しない
□ 間違った人選をし、適切でない人物を昇進させる
□ 何か問題や争いがあったときにサポートしない
□ 業務や役割についてきっちりとした指示を出さない
□ 細かいことにまで口を出すマイクロマネジメントで、自由に働く権限を与えない
□ 部下の強みより弱みにばかり目を向ける
□ きっちりとした期待値、ゴール設定をしない

いかがだろうか。「うんうん、当てはまる」と、うなずいている部下も多いのではないだろうか。上司や部下とどうコミュニケーションを取るべきか。これは日本の企業・組織やオフィスワーカーにとって最も関心の高いテーマの一つだろう。しかし、一方で、まだまだ、「あうんの呼吸」「以心伝心」神話を信じ、「コミュニケーション」を体系化・戦略化し、経営の根幹としてとらえる考えはあまりない。「コミュニケーション」は企業の血脈。その停滞は死活問題である。

毎日新聞によれば、布施社長は、初任地の神戸支店に勤務時代、必死にセールスをしながらもなかなかうまくいかなかった。上司に自身の努力を訴えたところ、こう諭されたという。「布施よ、コミュニケーションではどう感じるか、受け手に100%権利があるんだ」。この言葉を、数十年を経て、痛感することになろうとはなんとも皮肉なことだ。しかし、改めて学び取る価値のある教訓だったともいえるだろう。徹底的に相手視点に立つこと。コミュニケーションの要諦はまさにここにある。