女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

「独身」か「妻」か、はたまた「ママ」か。

結婚・出産でライフスタイルが急変する女の人生。恋愛から結婚、そして子育て。それぞれのカテゴリーで、興味の対象も話題もがらりと変わってしまう。

大学時代からの仲良し3人組、沙耶とあゆみ、そして理香。

27歳でいち早くママとなった理香は、子育てに集中するためあっさりと仕事をやめ、家事と育児に追われながら過ごしている。

母親という立場にプライドとやりがいを感じながらも、一方ではある喪失感を感じずにいられない。




母親であることこそが、私の仕事


「...よし、完成」

カシャ。

理香はおもむろにスマホを取り出し、出来上がったばかりのお弁当を写真に収める。

今日は、息子の大好物であるミートボールを入れてあげた。

きっと、喜ぶはず。お弁当箱を開けた時の息子の笑顔を想像するだけで、自然と笑みが溢れてくる。

理香夫妻は今年の春から、息子をプレスクールに通わせている。都内の有名私立小学校への高い進学率を誇るスクールだ。

息子のためにお弁当を作ること、そしてその完成写真をInstagramにアップすることが、ここ最近の理香の日課だ。

近い年齢の子どもがいるママたちの参考になれば...そんな思いで、理香がこだわっている食材選びのポイントや時短ノウハウなどを丁寧に書いて投稿しているのである。

息子のために “良い母親”でいること、それこそが理香の仕事。

唯一無二の存在である母親という役割に、プライドも、やりがいだってある。

しかし、四六時中子どもと向き合い母親として生きる日々の中で、時々考えてしまうことがある。

「母」ではない、 「理香」としての人生は、もう終わってしまったのだろうか、と。


母として生きる理香。久しぶりに同級生で集まることになって胸を躍らせるが...


久しぶりのナイトアウト


ふいに鳴った着信音で、ハッと我に返った。

プレスクールから家に戻り家事をこなしているうちに、あっという間に夜になった。

寝かしつけをしながら気づけば自分も夢の中に落ちてしまっていたようだ。

寝ぼけ眼でLINE通知をタップすると、そこに見つけたのはとても懐かしい名前だった。

-中島秀人。

秀人は、慶應大学時代の同級生だ。よく一緒に遊んでいた仲間のひとりで、彼は昔、理香に好意を持ってくれていた。

ただ理香は昔から年上が好きで、当時も弁護士をしている社会人の彼と付き合っていたので秀人と何があったわけではないのだが...。

ただ一度だけ好奇心からふたりでデートをしたことがある。その甘酸っぱい記憶が、理香にとって彼の名前を少しだけ特別なものにしている。

秀人からの連絡は、駐在が決まった同級生の送別会への誘いだった。

-久しぶりに皆で集まるから、理香も来てよ!

週末の夜だから、夫が仕事で出かけてさえいなければ息子の面倒を頼めるはずだ。

独身の頃は、掃いて捨てるほどあった夜の誘い。それがすっかり疎遠となった今では、デートでもないのに胸が高鳴る。




送別会は、秀人が六本木『魚輝』を貸切予約していた。

約束の19時、誰よりも早く店に着いた理香は、「30歳ともなると、仲間うちの集まりにも和食を選ぶようになるのね」などと妙な感慨にふける。

掘りごたつに足を伸ばし、手持ち無沙汰にスマホをスクロールしていると、聞き覚えのある声がした。

「あれ?理香も来れたんだ...」

顔を上げると、冷ややかに理香を見下ろすあゆみと目があった。

「息子くんは、ご主人が見てくれてるの?」

抑揚のない声色から、「いないと思ったのに」という心の声が透けて聞こえるようだ。

ええ、と答えながら、一体どうして私たちはこうなってしまったのだろう、と考えずにはいられない。

あゆみと理香、そして沙耶の3人は、大学時代からずっと仲良し3人組でやってきた。

それが理香がいち早くママとなり、外資系ジュエリーブランドPRのキャリアをあっさり捨ててからというもの、広告代理店で働くバリキャリ(未だ独身)の沙耶、そしてIT企業で働くあゆみとは、少しずつ会話が噛み合わなくなっていった。

しかしあゆみが結婚したことで、ふたりの距離はまた近づいたかに思えた。

あゆみの新婚ノロケ話を聞いてあげようと思って誘ったアマン東京のブラックアフタヌーンティー。ところがあの日を境に、あゆみとの間にもまた、ぎくしゃくとした空気が漂っている。

子どもの話題が、あゆみの顔色を変えたことには理香も気づいている。しかし理香としては、だからこそあゆみにわからせてあげたかったのだ。

子どもを得てこそわかる、女の幸せを。


ママである自分に、誇りがある。しかし一方で感じる、喪失感。


「すっかりママだな」


懐かしい面々がようやく勢ぞろいしたのは、20時を過ぎていた。

最後に連れ立ってやってきたのは、沙耶と秀人。仲よさそうに話す姿を見て、そういえばふたりは同じ会社に勤める同期だったことを思い出す。

沙耶と秀人は並んで理香の目の前に座ったが、社交辞令を交わしたあとはずっと仕事の話で盛り上がっていて入る隙がない。

仕方なく、ひたすら料理を突く。

自ら話題を振りまくタイプでない理香は昔から、大勢で集まると会話に入れず手持ち無沙汰になってしまうことがよくあった。

-どうした?元気ないね?

そんな時はいつも、そう言って秀人が隣に来てくれていたっけ...。

なんとなく面白くない気持ちで恨めしい目を向けたら、そんな時に限って彼もこちらを見ていてドキリとする。

-しまった。

咄嗟に目があって言葉を発せられずにいると、秀人は沙耶との会話を中断し、理香に向き直る。

そして、あろうことか、こう言ったのだ。

「理香はもう、すっかりママだよなぁ」

-すっかり、ママだよなぁ。

秀人は理香の顔をまっすぐに見つめている。

彼に他意などない。むしろ、褒め言葉として言っているに違いない。

そんなことはわかっていても、どういうわけかそのセリフは、理香の心を灰色に染めていく。

「そ、そうよ。...だって、ママですから」

内心を悟られないようすっと視線を逸らしたら、今度は秀人の隣に座る沙耶と目があってどきりとした。

静かに理香を見つめる瞳に、かすかに哀れみが滲んでいるように見えるのは被害妄想だろうか。

-確かに私はママ。だけど、ママには見えないはずよ...




理香は出産後、人一倍意識してスタイルキープに励んでいる。家事と育児の合間を縫ってワークアウトにも余念がない。

それなのに「すっかりママ」とは、どういう意味なのだろう。何を見て、秀人はそう思ったのだろう。

睡眠不足の疲れが肌に出てしまっている?それとも出産後、髪の艶が失われてしまったから、そのせいだろうか。

悶々とする気持ちを噛み殺していると、隣のテーブルからあゆみの黄色い声が聞こえて来て、さらに理香の心に波風を立てた。

「あゆみ綺麗になったよなぁ!肌艶が違うよ。人妻って響きも、そそられるんだよなぁ」

「何それ、やだー♡」

-なんて、バカバカしい会話。

そう思う一方で、なんとも言いようのない喪失感が胸に広がる感覚に、理香は息が苦しくなってしまうのだった。

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女として輝く自分を取り戻したい。理香を蝕む、承認欲求。