[いまさら聞けない用語集]#02 X-OCN編〜小寺信良のX-OCN入門

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txt:小寺信良 構成:編集部

X-OCN登場

2016年9月、ソニーはPMW-F55/F5用の収録用レコーダーとして「AXS-R7」の発売を開始した。すでに前モデル「AXS-R5」でサポートしていた4K RAW収録に加え、新たに「X-OCN(eXtended tonal range Original Camera Negative)」という記録フォーマットに対応したのがポイントだ。

このX-OCN、現時点(2017年8月)ではまだ対応レコーダが1モデルのみなので、よく分からないという方も多いだろう。今回は、以前から大変好評をいただいている「いまさら聞けないXAVC入門」のシリーズ化第2弾として、「今さら聞けないX-OCN入門」をお送りしたい。

なぜ新フォーマットが必要か

まず、X-OCNの立ち位置を説明しておこう。ソニー社製カメラがサポートする記録フォーマットは、8bitのAVCHDとMPEG HD、10bitのXAVC、16bitのRAWまで幅広い。このうちX-OCNは、RAWと並ぶ16bitの階調を持つ。

X-OCNは16bitの階調を持つ記録フォーマット

RAWはセンサーからの生データをそのまま記録するため、「捉えた映像信号を余すところなく」という意味では、これ以上のものはない。しかしファイルサイズが大きいため、高速な記録メディアが大量に必要という難点があった。

またポストプロダクション作業としても、このファイルサイズは問題となる。記録メディアから作業用ストレージへの転送時間、そしてトータルのファイルサイズ、さらにはそのバックアップまで含めれば、長尺の作品を作る際には膨大な運用コストがかかる。従って全素材をRAW収録するような作品は、本当にハイエンドなポストプロダクションに限定され、テレビ系のポストプロダクションでは手に余るという状況があった。

しかし昨今は、テレビ放送でもHDR化へ向けての準備が進められており、テレビ系ポストプロダクションでも16bit素材を使って、HDR番組の制作を求められるようになる。加えてネット系のオンデマンド事業者が、大量のオリジナル作品を作り始めており、4K/HDR配信はすでにテレビよりも進んでいる現状がある。ポストプロダクションとしては、ぜひともそうしたコンテンツを手がけていきたいはずだ。

こうした状況に対応するのが、X-OCNのポジションである。16bitの階調を保持しつつ、新開発のアルゴリズムによってデータ量を圧縮し、ハンドリングを高めている。グレーディングに関しては、RAWでできたことはすべて可能だ。ざっくり言ってしまえば、「圧縮型RAW」という見方で差し支えないだろう。

X-OCNは、2つの記録モードを持っている。RAWと遜色なく扱えるX-OCN STと、よりコストパフォーマンスを追求したX-OCN LTだ。ファイルサイズとしては、RAWに対してSTは30%削減、LTは60%もの削減となる。

X-OCN STとLTの違い

当然同じ容量のメディアでも、記録時間が伸びる事になる。ポストプロダクション側のストレージも、それだけ少なくて済む。STでは、現状ProRes 422 HQ 10bitでの収録よりも小さい。さらにLTは、ファイルサイズ的には422/10bit、480MbpsのXAVC Intraと変わりない容量で、16bitデータが扱える事になるのだ。テレビ系ポスプロには、このパフォーマンスはありがたいだろう。

■ビットレート比較(23.98p時)
X-OCN LTは422/10bit、480MbpsのXAVC Intraとほぼ同じデータ量

現在HDRコンテンツ制作では、少なくとも素材に12bit以上の階調があることが求められる。8bitのMPEG HDではHDRコンテンツの制作は無理、かといってRAWも無理、というジレンマの中で、まさにこれから求められるフォーマットだと言える。

X-OCNのメリット

これから普及が始まろうとするX-OCNは、公式に発表された部分以外のところで、まだ知られていない部分も多い。そこで今回は、X-OCNの開発に携わったソニーの山下 仁氏、岡橋 豊氏、後田 薫氏、広瀬 正樹氏の4名に、それぞれの立場からお話しを伺うことにした。

写真左から:山下 仁氏、岡橋 豊氏、後田 薫氏、広瀬 正樹氏
  • ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社
    プロフェッショナル・プロダクツ本部 企画マーケティング部門
    商品企画1部 統括部長
    山下 仁氏
  • ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社
    プロフェッショナル・プロダクツ本部 企画マーケティング部門
    商品企画1部 1課 プロダクトプランナー
    岡橋 豊氏
  • ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社
    プロフェッショナル・ソリューション&サービス本部
    メディアセグメント事業部門メディアシステム設計部 2課 システムアーキテクト
    後田 薫氏
  • ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社
    プロフェッショナル・ソリューション&サービス本部
    メディアセグメント事業部門メディアシステム設計部 1課 統括課長
    広瀬 正樹氏
――X-OCNは、bit深度がけっこうあるよという部分が一番のポイントですね。ただ圧縮というところを、ユーザーがどう考えるかというところかと思います。この圧縮技術について、もう少し詳しく教えていただけますか?

後田氏:基本は1枚1枚のフレームをイントラで処理しています。色々データサイズを小さくするための技術はあるのですが、X-OCNではイメージャーの物理的な画素配列というものを考慮して、画像1枚の中の冗長な部分を効率よく削減できるような処理を加えています。なので、ビデオをブロックに分割し処理するMPEG系とは違った技術です。

――なるほど、イメージャーの開発と直結した技術なんですね。

後田氏:色々な信号処理技術を採用していますが、処理が重くなりすぎないように考慮しつつ、効率よくデータサイズを抑えるというのが特徴です。AXS-R7に搭載の120fps高速撮影でも、ファイルサイズ、消費電力を抑えながら高画質を実現したところでは、非常に効果的だったと思います。

――イントラということは、例えば120fpsで撮った時には、そのぶん1秒間の記録データ量は増えるということですか?

後田氏:例えば4K SQ-RAWでしたら、1枚のフレームは約5MBのデータ量になります。一方X-OCN STの場合は3.5MB、LTの場合は約2MBのデータサイズ。フレームレートが上がっても、それぞれ1枚のデータサイズは一定なので、フレームレートに応じてデータレートが上がることになります。

――1枚のファイルサイズ×秒間のコマ数という、単純な掛け算ということですね。僕が現役の編集マンだった頃は、ハイエンドでは圧縮はダメみたいな風潮がありましたが、今はどうでしょう?

山下氏:今はそんなことはないと思います。ただ映画業界では、未だに非圧縮が好まれるようですが。

――どうしても非圧縮がいい人はRAWを使ってね、ということですよね。じゃあX-OCNは、そこじゃない人向けということなんでしょうか?

岡橋氏:私たちの狙いは、一回RAWでやってみたけど、処理が重いし、ファイルサイズが大きいため、やっぱりビデオに戻ろうといってXAVCを使っているお客様、またはそもそもRAW制作に踏み込めない方々に対してのフォローといいますか。ポストプロダクションでもグレーディングをやってみようというモチベーションをあげて、XAVCのお客様にステップアップしていただきたいというところですね。

――X-OCNのアドバンデージは、RAWに一回行った人じゃないとわからない感じなんですか?

山下氏:それもありますが、逆のパターンもあります。例えば29.97fpsの場合、X-OCN LTでは約480Mbpsなんですが、これはXAVC 4Kの高画質モードと大体同じになります。かたや10bitの4:2:2、かたや16bitのシーンリニアワークフローが可能ということで、僕らは同じデータサイズでこんなに調整できるというメリットを提供したいです。

X-OCNとRAWのフレームレート別ビットレート

X-OCNのポジション

――最初にX-OCNを搭載したのがドッカブル型のレコーダーからになりましたが、新しいカメラと同時に華々しくデビューということもあり得たんじゃないですかね。そもそもなぜレコーダーからなのでしょうか?

岡橋氏:カメラ一体型というのはひとつのアイデアかと思うのですが、F55はカメラ部だけで撮影するとXAVCが記録できて、後ろにAXS-R5もしくはAXS-R7をつけていただくと、RAWレコードができます。ドッカブル型レコーダーであるがゆえ、現在F55/F5を所有するお客様に対して、継続的な機能追加を提供することができます。

――なるべくモジュラー型にしていこうということですか?

山下氏:F55の場合は、ライブカメラ用アダプターをつけると4Kのライブカメラにもなったりするように、元々モジュラー構成をコンセプトとして出しました。レコーダーが別体になっていれば、次世代のカメラにも使えますといったところで、ユーザーの投資のメリットが出るのではないかと考えています。

F55にAXS-R7を装着

岡橋氏:このレコーダーは、6K×4Kのフルフレームセンサーを持った次世代のカメラで6K記録ができます。そもそもレコーダーの技術とカメラの技術が同時に上がっていくものではありませんし、今レコーダーをご購入いただいても、カメラ部分だけ乗り換えていただければ、常に最新の技術、最新のセンサーの映像を記録できます。

――なるほど、カメラと記録系が独立して進化できるということですね。

岡橋氏:さらにAXS-R7は本体内に、最大30秒キャッシュできるだけのメモリーを備えています。いわゆるプリレコードですね、30秒さかのぼって記録開始できるのが、このレコーダーです。これもX-OCNだから30秒ですが、RAWだと30秒まで記録できません。その点でもX-OCN搭載のメリットがあります。

X-OCNはプリレコーディングにも有効

ポスプロが変わる?

――X-OCNは新しいフォーマットなので、ポスプロで使う編集系のツールが新たに対応してくれないと、使えないわけですよね。対応状況というのはいかがでしょう。

岡橋氏:対応に関しては、AXS-R7発売前からアライアンスのパートナーとは対応していただけるよう会話を始めさせていただいています。ただ、その企業のプライオリティーだったり、開発スケジュールがあるので、今市場に出ているすべてのツールで読むことはできませんが、DaVinci Resolve、SCRATCH、Baselight、Colorfront OSD、Autodeskなど、特にハイエンドで一番X-OCNに関係するであろうというところは、ほぼすべて対応いただいております。

――基本的にX-OCNで撮るということは、汎用のLUTをパッとあてて、どんどん編集しちゃうみたいなワークフローではなく、がっつり色をいじるワークフロー向けと考えればよいですか?

岡橋氏:はい。

――ではノンリニア編集ツールが、ダイレクトにこのフォーマットを対応する方向性ってあまりないんでしょうか。

広瀬氏:グレーディングソフトではなく、編集ソフトで読み込めるかということですね。今編集ソフトで読み込めるのはAvid MediaComposerで、プラグインが出ているので読めます。編集ソフトでX-OCNを読み込んで粗編して、後段のカラーグレーディングにつなげるというワークフローはあるかと思います。

――なるほど、そういう意味では編集ソフトで直接読めるというのも、メリットがありますね。このフォーマットはポストプロダクションでの作業用コーデックとしての可能性はあるんでしょうか。つまり、グレーディングした後にもX-OCNで書き出すことなるんでしょうか?

岡橋氏:いえ、これはカメラのイメージャーの特性に合わせて作りこんだフォーマットなので、完全に収録用フォーマットとなります。ですから編集後に出力をX-OCNですることは想定していません。

――では最後に、RAWをはじめ様々な収録フォーマットがある中で、独自フォーマット、メディアも独自、使える機器も限られていることに、デメリットを感じている人もいるんじゃないかと思うんです。これについて、将来的なメリットなどが出てくるのか、お伺いします。

後田氏:メディアに関しては、「S48 AXSカード」をAXS-R7に合わせてリリースしました。これによってSQ-RAWとX-OCNで4Kの120fpsまでが連続記録できるようになりました。独自メディアでは、汎用的なメディアでは保証できない高速なデータ書き込みを提供することができるというメリットがあると考えています。

――メディアの安全性、堅牢性、強化ポイントなどはいかがでしょうか。

後田氏:例えば記録中にカメラの電源が落ちたとしても、そこまで記録された映像がしっかり残るように配慮しています。ファイルシステムそのものはexFATなのですが、処理をして書き込むところが独自のアルゴリズムとなっています。

――価格的なスケールメリットは?

岡橋氏:大体ですが、現在512GBで約18万円です。何と比べるかによりますが、安全性や信頼性を踏まえると、ほかの専用メディアと比べると価格競争力はあると思います。

X-OCN普及に向けた課題

記録フォーマットというのは、普及すればするほど使い勝手が上がり、ランニングコストも下がるという市場原理がある。しかしその一方で、RAW相当のハイエンド向けともなれば、ちょこっと試しに撮ってみた、というわけにはなかなかいかない。やはりそういう仕事をしているポストプロダクションでなければ、なかなか扱うチャンスがないという問題がある。例えばフリーランスのカラリストやエディターが、試しにいじってみるというところまで至らないのだ。

映像技術者であれば、このフォーマットがどういうものなのか、テストしてみたいはずだ。圧縮だけど問題ないとか、ここまでいじっても破綻しなかったといった、自分なりの手応えを掴む。その上で、X-OCNいいですよ、これで撮ってみましょうよという話になる。

今後は普及へ向けて、事前のテストやトレーニングの機会も必要になってくるだろう。そうした部分のサポートも、期待したいところである。