雨に打たれる女性

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がんばってきたあなたへ贈るトイアンナの「生きづらさ」診療所 72
著/トイアンナ

こんにちは、トイアンナです。人助けが好きな方っていますよね。きっとこの文章を読んでいるあなたです。宮沢賢治の『雨ニモマケズ』には、「東に病気の子供がいれば行って看病してやり、南に死にそうな人がいれば、行って怖がらなくてもいいと言い(中略)そういう者に、私はなりたい」とあります。

人のために走り回るあなたは質素倹約、妹の看病をマメにした宮沢賢治すらあこがれたひと。本稿をご覧になりながら、まずはおいしい飲み物でもいれて、よくやったと自分を褒めてくださいね。


人を助けたいと動くときは、体も心も酷使している

「人を助けたい」と願うとき、人は莫大なパワーを使います。苦しんでいる人によりそうだけでも、普段より心を使うからです。ましてや看病や法的な手続き、喧嘩の仲裁まで請け負うならもはや一種の労働。一日の終わりにはクタクタでぶっ倒れたっておかしくないのです。

ところが「助けなきゃ」と思っているときほど、自分が消耗していることを忘れがちです。たとえ自覚できたとしても「あの人に比べたら私は弱音なんて吐く資格もない」「もっと頑張っている人がいるのに」と蔑ろにします。そうしていざ倒れると、自分の至らなさを責めるのです。

けれど本来、疲労は人と比べて「マシ」だったら減るものじゃありません。体力が人それぞれ違うように、心の耐久性だってバラバラです。共感能力が高い人は、鈍い人に比べて共に落ち込んでしまうリスクも高いでしょう。心が元気だって、体が辛い夜もあるでしょう。

マザー・テレサになる義務はない

自分の体調を常に後回しにして、休みなく働いた人を私はひとり知っています。マザー・テレサです。彼女は体調を気遣われると「天国に行ってからゆっくり休みます」と答えたのだとか。もしあなたがキリスト教の聖人リストに加わったり、ノーベル平和賞を受賞したりしたいなら同じ生き方を選ぶのもアリでしょう。けれどあなたはマザー・テレサと同じである必要もないし、休んだっていいんです。

もし目の前の相手を助けることへ執着しているのなら、なおさら休みを選んでください。無意識に「自分がしてほしい支援」をしているだけかもしれないからです。あなたはたとえ誰かを助けなくたって素敵な人です。あなた自身の休みがしっかり取れてから、相手へ手を差し伸べてください。

参考:
宮沢賢治 『雨ニモマケズ』 を現代語訳の上抜粋

トイアンナとは?
人気コラムニスト, ライター。ブログ『トイアンナのぐだぐだ』をはじめ、人の生きざまを分析する文章でファンを獲得し月間50万PVを記録。
http://toianna.hatenablog.com/