2015年1月、首相官邸で燃料電池車(FCV)「ミライ」の納車式に臨む安倍晋三首相とトヨタ自動車の豊田章男社長(写真=AFP=時事)

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電気自動車(EV)への期待が高まっている。未来のクルマといわれ、日本メーカーが取り組んできた燃料電池車(FCV)には「期待外れだった」との批判もある。しかしモータージャーナリストの清水和夫氏は「ドイツ勢もFCVを再評価しつつある。FCVの技術を中心に世界の自動車メーカーのグループ化が進みそうだ」という。清水氏と元朝日新聞編集委員の安井孝之氏の「EV対談」。第4回をお届けします(全5回)。

■原発を増やさなければ自給は不可能

【安井】水素を使う燃料電池車(FCV)は、電気自動車(EV)が増えても生き残ると見ていますか。

【清水】僕はそう思っています。特に日本にとってはエネルギーの上流部分を考えると、水素は貴重な資源だと思います。日本政府が2015年にまとめた長期エネルギー需給見通しによると、30年度の電源構成に占める原発の割合は20〜22%です。原発の再稼働や増設が前提になっている。

【安井】原発を増やすというのは現状を考えれば極めて難しいです。

【清水】それほど難しいことをやらない限り、日本のエネルギー自給率は30%もいかないでしょう。でも原発は僕も難しいと思います。そうなると自給率を上げるためには水素を利用するしかないと考えています。水素は、海外の褐炭(かったん)や原油随伴ガスなどの未利用資源や再生可能エネルギーを使って、水の電気分解でつくることができますから。

【安井】日本のエネルギーの中東依存度は80%を超え、かなり偏ったものです。そのひずみを是正するには水素利用が必要だというわけですね。

■豪州で進む「褐炭利用」の大計画

【清水】たとえばオーストラリアのラトローブバレーにある褐炭は、まだ生煮えなのでグツグツしています。あと2億年ぐらいたつと完全にドライな石炭になりますが、まだグツグツしているから運べない。それでも日本のエネルギー消費量の250年分ほどの量があります。これをオーストラリア政府と日本政府が利用することを考えているのです。

火力発電で褐炭を燃やして電気を作る。その電気で水を電気分解すれば水素になる。褐炭を燃やすからCO2(二酸化炭素)は出るんですが、大気拡散する前に回収・貯留すればいい。CO2を回収・貯留する技術は「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)」と呼ばれていて、すでに埋設する海底の目処も立っています。オーストラリアでつくった水素を、液体水素にして日本に持ってきて、LNG(液化天然ガス)の火力発電に混ぜれば、発電所から出るCO2は減ります。

つまり水素は、上流では火力発電の低炭素化を可能にし、下流では燃料電池車に使うことができるのです。ただし、CCSは地震などで再び地上に湧き出たら大問題となるので、CO2の再利用(リユース)を進められるのが理想です。

【安井】水素はエネルギー消費の上流でも下流でも使えるということですね。

【清水】航続距離を伸ばすクルマとして有効な燃料電池車に水素を入れればいいし、街中を走る車のEVに水素を燃やした火力発電でつくった電気を使えばいい。

■欧州のなかでもドイツは状況が違う

【安井】エネルギーの上流部分も考えて下流部分のクルマの在り方を考えなくてはならない所以ですね。下流部分でEVが勝った、FCVが負けた、なんて言っていてはダメなのですね。

【清水】ヨーロッパは今、ディーゼルがダメだと言われて、EVへと向かっているように見えますが、ドイツはやや違う状況です。将来、EV以外はダメとなったら、ドイツの速度無制限のアウトバーンは走れなくなってしまう。

【安井】EVは時速180キロで走るとすぐに電池が切れてしまって、2時間、3時間走れませんね。

【清水】ドイツ人が考える理想のモビリティは、180キロですっ飛ばしても燃費のいいクルマです。

【安井】それはFCVぐらいしかないですね。

【清水】あるいはもっと進化させたガソリンエンジンでしょうか。ディーゼルは、今は評判が悪い。批判をかわすためにEVのカードを出しているのだと思います。水面下では、バイオ燃料などを使った次世代のディーゼルエンジンの開発が進んでいます。あるいはバイオから作る合成メタンで走るCNG車(天然ガス車)も有力です。

■今年9月のショーでFCVが復活した

【安井】そうすると欧州ではダイムラーがFCVに力を入れていた時期がありますが、そういう熱はもうなくなりつつあるんですか。

【清水】なくなりつつあったんですが、ちょっと変化が見えています。今年9月のフランクフルトモーターショーでメルセデス、アウディ、BMWが電動車両の中にFCVを入れてきました。昨年は入れていなかったのですがね。

【安井】ドイツ勢はFCVを引き続きやるぞということですか。

【清水】航続距離、ハイスピードを考えたらFCVしかないと考えている。テスラショックに次ぐドイツ勢のショックは、トヨタが2014年末に発売した燃料電池車「MIRAI(ミライ)」のショックだったんです。特に驚いたのが「700万円」という価格でした。日本の現地法人が本社に「700万円」とレポートしたら、「ゼロ1個間違っている。7000万円だろ」と驚いたそうです。

【安井】ミライは市販されているのだから、購入して中身を調べたでしょうね。

【清水】調べてみると、日本的な匠(たくみ)の技術がさまざまなところに使われている。燃料電池を見ると、0.1ミリ以下という薄い膜を何十枚も重ねて1つのセルにして発電します。バラつきをなくして量産することを考えると、「こんなクルマを俺たちは作れるのか」と半ばあきらめていたのが数年前のこと。ディーゼルの排気ガス問題で「パンドラの箱」が開き、EVに注目が集まりましたが、バッテリーEVはドイツ勢にとって本質的な解決策にはなりません。というのは、「アウトバーン(ドイツの高速道路)」での時速150キロの高速走行にバッテリーは耐えられないからです。ハイ・スピードでちゃんと走れるEVが必要なので、やはりFCVしかないとあらためて気づいたのだと思います。

■「水素チェーン」は欧州にはまだない

【安井】なんとなくFCVはもう終わったみたいな感じになっていますが、そうではないと考えたほうが良さそうですね。世界でFCVの量産を始めているのは日本のトヨタとホンダだけです。

【清水】日本にはFCVをつくる部品のサプライチェーン、水素チェーンができている。ところが欧州にはまだない。BMWとトヨタはFCV開発で提携しています。僕はそこにメルセデスが入るんじゃないかなと見ている。というのは、日産がFCVの開発をやめましたから、メルセデスはパートナーがいなくなったのです。これはあくまでも私見ですが。

【安井】米国勢ではGMがホンダとFCVを共同開発している。ミシガン州デトロイトの南で燃料電池システムの量産工場をつくろうとしています。

【清水】GMとホンダのFCVはPSA(プジョー・シトロエン)グループになったドイツのオペルにも提供されます。フォードも仲間入りするかもしれません。そうするとGM、そしてオペルはフランスのPSAの傘下になった。PSAには中国・東風が出資している。従ってホンダとGM、フォード、オペル、PSA、東風というホンダを中心とする水素チェーン、水素アライアンスができる。

■日本は「ガラパゴス状態」ではない

【安井】トヨタを中心とする水素アライアンスはBMW、メルセデスですか?

【清水】FCVではBMW・トヨタがもうひとつのグループですが、ここにメルセデスとアウディも入るかも。

【安井】そこまで清水さんが読むのはどこに根拠がありますか?

【清水】2000年にFCVの本を上梓してから、ずっと「FCVオタク」をつづけていますが、ドイツには水素や燃料電池スタックを扱うサプライヤーがいないのです。ご存じのように「メガティアワン(ボッシュやコンチネンタルのような巨大は部品メーカー)」にない技術はドイツメーカーも作れないですからね。日本メーカーは「ガラパゴス状態に陥っている」という見方もありますが、そうではなく新しいグループ化が進むということではないでしょうか。

【安井】日本メーカーにもチャンスがありそうですね。

【清水】冷静に上流から下流までを見て、世界的な市場性、つまりお客は何を求めているかというニーズとウォンツで見れば、2モーターのプラグインハイブリッドやFCVをやっている日本メーカーにチャンスがあると見るべきでしょう。環境技術では日本勢は負けてないよ、というのが僕の最近の考えです。

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清水 和夫(しみず・かずお)
モータージャーナリスト
1954年生まれ。武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年に自動車ラリーにデビューして以来、プロレースドライバーとして、国内外の耐久レースに出場。同時にモータージャーナリストとして、自動車の運動理論・安全技術・環境技術などを中心に多方面のメディアで活躍している。日本自動車研究所客員研究員。

安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、フリー記者、元朝日新聞編集委員
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立、フリー記者に。日本記者クラブ企画委員。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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(モータージャーナリスト 清水 和夫、Gemba Lab代表、フリー記者、元朝日新聞編集委員 安井 孝之 写真=AFP=時事)