結論「『働き方改革』で給料は減ります」

写真拡大

働き方改革」で長時間労働の是正が進みつつある。企業は、労働者の「味方」のフリをしているが、残業時間が削減されれば、社員の給与も少なくなる。経営コンサルタントの小宮一慶氏は「日本経済の総量=パイが変わらなければ、生産性の向上は、人減らしや給与減らしになる」と指摘する。働き方改革の「負の側面」とは何か。

■現状のままでは「働き方改革で給料は減ります」

働き方改革」という言葉をよく聞くようになりました。

現在議論されていることは主に2つあり、ひとつは長時間労働の是正です。現在、残業時間の上限を「月100時間未満」とする方向で議論が進んでいますが、これでも長すぎるとの意見もあります。当然のことながら心身を害する長時間労働は是正されるべきです。

もうひとつは、「ホワイトカラーエクゼンプション」。比較的高給のホワイトカラーに関しては、残業などの規制を排して、成果で評価していこうとする考え方です。

▼「夜のタクシー利用が減ってます。働き方改革のせいですかね」

さて、このような「働き方改革」ですが、私は、いくつかの点に注意しなければならないと思っています。とくに、残業時間の削減に関しては現状の生産性を維持したままで、残業時間を削減するということは、働く人の給与が減るということです。

GDPの6割近くを支える家計の支出が伸び悩む中で、残業代削減(収入減)を行うことは、景気の低迷をもたらす可能性が小さくありません。余談ですが、先日、都内でタクシーに乗っていたら、運転手さんが「夜のタクシー利用が減っているんですよ。働き方改革のせいですかね」と言っていました。

これを解決するには、全体のパイを増やしながらひとり当たりの生産性を向上するしかありません。

■パイが増えねば「人減らし・給与減らし」される

この夏、アメリカの中西部に出張しました。ある自動車部品メーカーの現地法人を訪問したのです。その会社では完全に自動化されたラインがいくつか稼働していました。5年前にその工場を訪問した時にはなかったものですが、5年前と同じ従業員数で、生産数は2割以上も増えたということです。ロボット化で生産性を向上させたわけです。

幸い、この工場では受注額が増加しているために、働く人の数を減らすことなく、生産を続けています。この工場では、パイが増えたために従業員を減らすことなく、ひとり当たりの生産性を高めたわけです。ただ、「完全自動化ライン」などの生産性の向上は、パイが増えなければ、結局は雇用を奪いかねないとも言えます。

これは、同じことが日本でも起こると思いました。先にも述べたように「働き方改革」を成功させるためには、全体のパイを増加させる中で、生産性を高めることが必要ですが、今の日本では「もろ刃の剣」です。

経営側から見れば、ひとり当たりの付加価値生産額を増やすには、やはり、機械化やAI(人工知能)の活用が必要となってきます。とくに、日本では、有効求人倍率が1.5倍を超え、バブル期を超える人手不足の中では、機械による生産性向上が不可欠です。

▼「働き方改革」の成功は「パイ」増加が前提

しかし、これは、先の米国の工場のように、売り上げが右肩上がりならいいのですが、日本経済のように成長率が低い場合には、人員削減につながりかねません。そうなれば、職を得て働いている人の生産性は高まりますが、その一方で、職を失う人が増えるのです。もうひとつの「ホワイトカラーエクゼンプション」についても、パイが増えない中では、単に残業代が削られるだけという結末になりかねません。

ちなみに、日本では、統計の変更を除けば、1990年代初頭から、付加価値額の合計(つまり給与の原泉)である名目GDPはほとんど増加していません。このためひとり当たりの給与のピークは1997年となっています。ちなみに米国では同期間に名目国内総生産は3倍に増えており、給与もそれに応じて増えているのです。

つまり、「働き方改革」は、名目GDPが増加すること、つまり全体のパイが増加することが大前提なのです。パイが増えない中での個別企業の残業削減や生産性増加は、給与減少か雇用削減しかもたらさないのです。本物の成長戦略なしには「働き方改革」は成功しないのです。

■なぜアメリカのホワイトカラーは立って仕事する?

こうした中、ビジネスパーソンは、自身の能力、それもAIやロボットにとって代わられない技量を上げるしかありません。そのためには、ふたつのことが必要です。今の仕事も含めて、普段から「一歩踏み込む」ことを行い、なにごとにも深堀りすることです。これは、ロボット化うんぬんの前に、他の人より評価されるということです。評価される人が、より生き残れることはいうまでもありません。

もうひとつは、AIなどの動きをよく見ておくことです。本やネット、新聞にはAIやロボット化の記事が山ほど出ていますが、その動きや本質をとらえ、自分の仕事にどう影響するか、さらにはどう役立てるかを考えるのです。AIに使われる人の仕事はそのうちなくなり、AIを使う側の仕事は増えると思います。

▼「AIを使える人」「AIを活用できる企業」が生き残る

企業経営者も同様で、AIやロボットをどう活用するかを考えることが大切です。さらには、これは従来と同じですが、商品やサービスでこれまで以上に差別化し、パイを増やす努力をしなければ、生産性は上がっても雇用削減ということに陥ってしまいます。日本中がそうなれば、働き口のない人があふれることになります。働く人の雇用を維持することは、企業経営者にとって大きな役割であることは言うまでもありません。

ちなみに、私が訪れたオハイオの工場では、ホワイトカラーの人たちが机に向かって立って事務をこなしていました。いま米国では、健康のために数時間座った後は、数時間立って仕事をするのが流行しているそうです。こちらは「ホワイトカラーエクゼンプション」に関して、自身で生産性の向上を行っているということかもしれません。

(小宮コンサルタンツ代表、経営コンサルタント 小宮 一慶)