記者はこう問い直した。
――その思いは元から選手たちに備わっていたのか? それともそういうカルチャーがあるのか? 何か特別なアプローチをしているのか?
 
指揮官はこう続けた。
「僕らのクラブは今年初めてJリーグに参入していますけれど、27年の歴史があって、子どもたちの見本になるんだという思いでやっている。プレーも美しいものではなく、しっかりボールを追いかける、取られたら取り返すという本質の部分を要求しています。それができる選手しか獲得していませんし、チームに根付いたものでもあると思います。これからもそういう選手を獲っていきたいとも思いますし、沼津はそういうチームだと思ってもらいたい」
 吉田も元々は育成年代の指導者だった。2011年には吉田はジュニアユース(当時の名称はACNジュビロ沼津)を率いて夏の全国大会に出場している。上原力也(磐田)や長沢祐弥(明治大)、塩谷仁(関西大)といった好プレーヤーを擁していただけでなく、スキルを重んじるスタイルだった。
 
 ただトップチームの監督として、彼は180度違うスタイルを実践している。右サイドバックで先発した河津良一は富山戦をこう振り返る。
「奪ったらまず相手の嫌なところ、例えば背後を狙う。それが受け手にも出し手にも、共通認識としてある。何か難しい戦術があるかと言うとそうじゃない。単純に相手の嫌なことをやり続けた」
 
 シンプルだからレベルが低いということではない。沼津はボールを奪った『次』の動きが抜群で、複数の切り替え、動き出しが早い。しかも突くべきスペースのイメージを共有し、連動できている。だからロングキックが単なるクリアにならず収まるし、良い位置にフォローがいる。そこは1試合見ただけで彼らの強みだと分かった。
 
 白石に沼津の強みを聞いたらこんな答えが返ってきた。
「サボる人がひとりもいないですね。出られない選手も、ゴンさんのようなベテランの選手も絶対に手を抜かない。そういうのがチームに浸透している」
 
 中山雅史、伊東輝悦といったレジェンド級のベテラン選手はなかなか試合に絡めていないが、彼らもそういった姿勢でチームに貢献している。
 
 試合前には中山や、累積警告で出場停止だった尾崎瑛一郎が『愛鷹改修及び新スタジアムに関する署名』の陣頭に立っていた。愛鷹のスタジアムはゴール裏やバックスタンドが個席化されておらず、収容人員も1万人。J2ライセンスの確保に向けて、スタジアム問題が最大の壁になっている。
 
 吉田監督はこう説明する。
「静岡には素晴らしいサッカーの歴史があって、日本平、ヤマハ、都田、藤枝とサッカー専用スタジアムが多い。でも静岡県の東部地区だけそういうスタジアムがない」
 
 沼津や三島、函南といった東部地区も小野伸二や高原直泰、内田篤人を輩出した『新サッカーどころ』だが、施設面は中西部に後れを取っている。じっと時を待つのも手かもしれないが、彼らは自力で地域住民を巻き込み、静岡県を動かす「風」を起こそうとしている。
 
 吉田監督はこう力説する。
「地域の人が熱く盛り上がれるようなスタジアムを作るには、そういうサッカーを続けていくことが必要。いかなる理由があろうと、勝つ以外の近道はありません。悪い環境の中でも、全力で勝ち続けることが、地域の人の心に火を灯すだろうと信じて、スタジアム建設に向けて走り続けていきたい」
 
 秋田が1-2でYS横浜に敗れたことで、沼津はついに暫定首位へと浮上した。富山戦は嵐の吹き荒れる中、1574人の観衆が集まった。Jリーグの熱き新参者が静岡県の東部から風を起こし始めている。
 
取材・文:大島和人(球技ライター)