元彼の結婚。

適齢期の女性にとって、これほどまでに打ちのめされる出来事があるだろうか。

元彼がエリートだったら、なおさらだ。

どうして私じゃなかったの。私になくて、彼女にあるものって何?

東京で華やかな生活を送るエリートたちが、妻を選んだ理由、元カノと結婚しなかった理由を探ってみる。

先週は、元彼・雄一郎から「結婚するつもりだった」と衝撃告白された奈緒・29歳。今週登場する元彼、俊樹は何を語るのか?




「え!? 俊樹が結婚!?」

奈緒は、Facebookで繋がっていたことすら忘れていた元彼・俊樹の結婚を、共通の友人の投稿で知った。

「はあ、まただ…」

絶望しながら、奈緒の手は自動的に俊樹の妻・優希のページを探す。

そして辿り着いた先で、奈緒は信じられない光景を目にした。

奈緒の元彼の中でも群を抜いて羽振りの悪かった俊樹がなんと、妻の優希には、まばゆい輝きを放つハリー・ウィンストンを贈っているではないか。



俊樹は外資系コンサルで働く高給取りなのに、とにかくお金を出し惜しんだ。

食事代はきっちり徴収。

誕生日プレゼントの予算は2万円。2万円以上のものが欲しい場合は、差額を奈緒が支払うという謎システム。

「もし結婚するとしても、俊樹がくれる指輪なんてたかが知れてる。期待するだけ無駄」と思っていた。

そんな俊樹がハリー・ウィンストンだなんて、正気だろうか。

ーきっと、奥さんが勝手に買ってきたんだわ。
ー奥さん、超わがままなのかしら?そんな奥さんにつかまってご愁傷様。

妻の優希を悪者扱いする理由を探すが奈緒だが、ふとある考えが頭をよぎった。

「優希さんは、ハリーウィンストンに値する女で、私はそうでない女……?」

その時、当時考えていた疑惑が頭の中でフラッシュバックした。

俊樹にとって奈緒は、お金をかけるに値しない、つまり本命ではなかったのだろうか?


羽振りの悪さNo.1男、俊樹の生態とは…?


三度の飯より読書。何か問題ありますか?


奈緒と俊樹が出会ったのは、友人主催のホームパーティーである。当時、奈緒25歳、俊樹27歳。

俊樹は聞き上手で、奈緒の話をどんどん引き出してきた。

普段聞き役に回る奈緒にとって、俊樹との会話は新鮮で居心地が良く、珍しく奈緒は自ら積極的にアプローチし、晴れて付き合うことになった。

が、、、付き合い始めてすぐに俊樹の本性が現れる。

彼はとにかく、羽振りが悪いのだ。

奈緒はそれまで、お会計で「出します」と形式的な礼儀としてお財布を出してきたが、本当に支払ったことなんてなかった。

だが、俊樹とのデートでは違った。

だから女友達が、彼氏に素敵なレストランに連れて行ってもらったり、フェンディのピーカブーやヴァンクリのアルハンブラをプレゼントしてもらう姿は、正直死ぬほど羨ましかった。

それでも、「俊樹は居心地がいいから……」と自分を納得させていた。

そんな、ある休日の朝。その日は、ザ・ペニンシュラ東京のプールに行く約束をしていた。プールは基本的に宿泊者専用だが、俊樹が利用券をクライアントからもらったらしい。

「今週のインスタはラグジュアリーだわ」と、ワクワクしていた矢先だった。

「今日のデートだけど…俺、読書したいんだよね。奈緒ひとりでプールで泳いでくる?夜ご飯はいけると思うから」




俊樹は、悪びれることなく平然と言ったのだ。奈緒が楽しみにしていたことも十分知っていたはずなのに。

「はっ!? 私より読書を優先するってこと?」

「今週忙しくて全然読書出来なくてさ。悪りぃ」

読書に負けるなんてあり得るのだろうかと、愕然とした。それに、俊樹がいなければインスタ用の写真を撮ってくれる人がいなくて困る。

急いでピンチヒッターとなる女友達に片っ端から連絡するが、誰もつかまらない。

そうして結局その日は一人でプールに行き、貸切状態の静かな空間でぽつんとデッキチェアに座り、窓の外に広がる日比谷公園を眺めていた。

せっかく新調した水着で、無言でスマホばかりいじっている自分が、惨めでならなかった。

さらにその夜。東京ミッドタウンで俊樹と待ち合わせて『ニルヴァーナ ニューヨーク』で食事をした時だ。

テラス席に座るとふわりとした風に髪を撫でられ、昼間のプールで感じた虚しさもようやく晴れてきた頃だった。

「本の続きがあるから帰りたい」と俊樹が言い出したのだ。その時はもう、怒る気力さえなく渋々西麻布にある俊樹の部屋に帰ることにした。

だが奈緒は、俊樹の部屋に行く度に、納得いかない思いを感じてしまっていた。

俊樹の部屋の机と椅子は、カッシーナで揃えられている。椅子なんて、奈緒の給料の2倍くらいするのを知っている。

―私のために使うお金はなくても、自分の趣味には使ってるんだ……。

この部屋に来る度、奈緒は見たくない現実から逃れるため、ぎゅっと目をつぶるのだった。

翌朝は、相変わらず読書に励む俊樹に、ザ・リッツ・カールトン東京『タワーズ』のモーニングでも食べに行こうと誘うと、

「朝ご飯に4,000円?奈緒ってお金持ち〜!」と茶化され、ついに奈緒はキレた。

「じゃあ、俊樹は何にそんなにお金を使ってるの?」

俊樹を睨むように見ながら言ったが、彼は決して動じることはなかった。

「本だよ。本以外の出費は特に無い」

「ふざけないでよ!本なんて、たかが数千円の話でしょ?」

奈緒は我慢できず、声を荒げた。積もりに積もった不満が爆発したのだ。

「私が、お金を使うに値しない女なら、そう言えばいいじゃない!」

吐き捨てるように言いながら部屋を出て、彼とはそれっきりとなった。


元カノ・奈緒と、妻・優希の違いとは・・・?


“使わない”と“使えない” 似て非なる言葉の意味とは


俊樹は妻の優希と『タワーズ』でモーニングを食べながら「ここって……」と、元カノの奈緒をふと思い出した。




俊樹は毎月、10冊以上の本を読む。

コンサルタント1年目。当時の上司から「毎月本を10冊以上読んで、毎週読書レポートを提出すること」と課され、それ以来ずっと続けている。

日本の書籍だけでなく海外からも取り寄せており、多い時は1ヶ月に10万近くが本に消える。

俊樹の勤務するコンサルティングファームは世界的にも超有名で、世界中の頭脳が集まると言っても過言ではない。

さらに「Up or Out」(昇進、さもなくばクビ)の文化。並大抵の知識量では勝負出来ない。

そんな頭脳集団で勤め続ける俊樹の強さ。それは、圧倒的な読書量、すなわちインプットだ。

洋書は、邦訳を待っていては時代に遅れるため、基本的に原書で読むことにしている。

トマ・ピケティの「21世紀の資本」以来、フランスの書物にも一目置いており、今は辞書を片手に勉強しながらフランス語の本も読んでいる。



「お金を出し惜しむ=自分はお金を使うに値しない女」と思っていた奈緒。

一方の優希は、たしかに俊樹は羽振りが悪いと思っていた。だが、よくよく観察してみると本屋での爆買いは異常だし、海外の書籍はどんなに配送料が高くともすぐに買う。不思議だった。

当時の俊樹の給料は月に手取りで60万円。

家賃13万、生活費20万(食費・光熱費等含む)、貯金10万、本に8万、残り9万が遊ぶための費用だが、洋服代や、ビジネススクールの費用などもここに含まれる。

本という出費が給料の多くを占めていたため、デート代を切り詰めるしかないのだと優希は想像し、「この男見込みあり」と判断。その勘は的中した。


俊樹が語る”愚かな元カノ”


「元カノの中には、本や貯金を減らしたら?なんて言ってくる愚か者もいましたがそれは、僕の知識、ひいてはコンサルタントという職業を奪うのと同義語。貯金だって、いつクビになるか分からないから、リスクヘッジです」

ちなみに、カッシーナの机と椅子だが、快適な読書スペース確保のため、値は張るが全く気にしなかったらしい。

俊樹は、今でも本は買いまくるが、お給料がぐんと増えたので、本が占める割合は減った。今では、月に数回ザ・ペニンシュラ東京のプールで泳いでいる。

「本なんて数千円」
「愛されていればお金を使ってくれるはず」
「ハリー・ウィンストンをくれるはずがない」

すべてが、奈緒の思い込みだった。

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