「最近、良い出会いがない」

未婚・美人の女性に限って、口を揃えて言う言葉である。

しかしよくよく話を聞いてみると、その言葉の真意はこうだ。

「理想通りの、素敵な男性がいない」

フリーランスでバイヤーをしている亜希(32)も、そんな注文の多い女のひとり。

ふさわしい人」を探して迷走する亜希。そんな中、5年前に別れた元カレ・貴志から連絡が届く。

おしゃれをして出かける亜希だったが、貴志はすでに既婚。妻への愛を語る彼に、亜希は言葉を失うのだった。




男ってやつは...


「5年ぶりに連絡してきたから何の用かと思うじゃない。それなのに、ずーっと聞きたくもないノロケ話を聞かされたのよ?」

渋谷・円山町にある『カフェ ブリュ』で、亜希はビオワイン片手に遠慮なく鬱憤をぶちまける。

目の前に座り、亜希の愚痴を受け止めてくれているのはもちろん、亜希の心の友、エミである。

「そんなの決まってるじゃない。亜希に“成長した俺”を見せたかったんでしょ。だいたい男って、昔の彼女のことをいつまでも自分の女だと思ってんのよ」

エミの言葉に、亜希は深く、大きなため息で応える。

貴志の自己満俺通信に、ウキウキと出かけた自分の馬鹿さに嫌気がさす。32歳の亜希は、元カレに無駄な時間を費やしている場合ではないというのに。

「貴志と別れた後、誰も待ってない家にひとり戻った時の虚しさと言ったら...そうだ、あの夜、エミ何してたの?LINEしたのに、全然既読にならないんだもん」

わざと唇を尖らせて抗議の目を向ける。

「ああ、そ、そうね...」

すっと、視線を外すエミ。歯切れの悪いその対応は、確実に「何か」があったことを語っている。

暫しの沈黙が、ふたりを包む。

エミは、逡巡するように目を泳がせると、思い切ったように頷き、そしてゆっくりと口を開いた。


あの夜、エミの身に起きていたこととは?


「俺、離婚したんだ」


「それがさ、私もあの夜、ちょっと色々あって...」

珍しく神妙な面持ちでエミが語った内容は、なるほど、独身アラサー女にとって非常事態というべきものだった。




エミは、27歳の頃...もう7年も前の話になるが、テレビ局に勤務する既婚の男と付き合っていたことがある。

男は「妻とは別れる」などと常套句を言っていたようだが、案の定、待てど暮らせど離婚するそぶりもなく、暴挙に出たエミは修羅場ののちに彼とは縁を切った...はずだった。

「亜希には言ってなかったけど...私、元カレと今でもたまーに、会ってたの。もちろん、今はもう、本気とかそういうのじゃなくて...まぁ、なんか、寂しさを埋める相手っていうか、そんな感じで」

-うん、知ってた。

声にはせず、亜希は心の中で呟く。

一緒に日帰りで京都に行った帰り、まっすぐ家に戻らずエミが会いに行った相手は、きっとその元カレだろうと思っていた。

ずるずると関係を続ける友人を止めたい気持ちはもちろんあったが、一方で流されてしまう女の弱さも十分に理解できるから、亜希はあえて何も言わず、静観していた。

「今はもう、彼とどうこうなろうとか、思ってなかったのよ。私、本当に。それなのに...」

そこまで言うと、エミはすぅ、と息を吸い、まっすぐに亜希を見つめた。そして...声を潜め、小さくこう続けるのだった。

「離婚したんだ、って言われたの」

「...え、離婚...したの!?」

思わず大きな声が出てしまい、亜希はとっさに口に手を当て「ごめん」と謝る。

「びっくり、でしょ」

いいの、と手を振りながら応じたエミの表情は、困惑したような、ここではないどこかに思いを馳せているような...そう、恋する女のそれだった。

「離婚してフリーに戻ったから何なの?って、思ったよ、私も。亜希も知ってる通り、彼は当時、嘘をついて私と不倫していて...私も、奥さんのことも騙していたわけで。

私と別れた後も、思い出したかのように連絡してきて、ずるずると関係を続けて...そんな、どう考えても結婚に向かない男が離婚してフリーになったからって、だから何?って、そう思うんだけど...」

エミの言い方は、言い訳をしているようだった。...誰に咎められているわけでもないのに。

エミは最後まで言わなかったが、亜希には彼女の言葉の続きがわかる。しかし、亜希もあえて、口には出さなかった。

-どうしようもない男だけど、好き。


離婚した元カレに揺れるエミ。どうしようもない男だと、わかっているのに...


”普通の恋愛”では満たされなくなった女


「大丈夫よ、自分でもわかってるから。だいたい、今さら昔の男に戻ったりしたら、忘れようとして必死で頑張ってきたこの7年間の私の努力が無駄になっちゃう気がするし」

彼女を心配する心の声が、表情に出てしまっていただろうか。

エミは亜希に向かって無理やりに笑顔を作ると、取り繕うようにしてそんなことを言った。

「...無駄だとは、思わないけど」

不倫は、麻薬みたいなものだ。

不倫を経験した女というのは、背徳感という刺激と、無責任ゆえにただただ甘い囁きをくれる男を忘れられず、至極真っ当な、普通の恋愛では物足りなくなってしまう。

そこからどうにか抜け出そう、立ち直ろうとするエミをずっと見てきたからこそ、エミには幸せになってもらいたい。

「エミにはもっと、いい男がいると思う...」

しかし、そんな月並みな言葉しか出てこない自分が嫌になる。




ー数日後ー

“亜希さん、ご飯行きましょう〜♡“

ハートマークがたくさん飛んでいるゆるキャラのスタンプとともに届いたのは、広告代理店時代の後輩・マミちゃんからの誘いだった。

彼女のテンションとは裏腹に、亜希の心にはどんより重い雲が広がる。

-これは...宮田賢治の件だな。

宮田賢治とは、マミちゃんからの紹介で一度デートをした男だ。マミちゃんの結婚式二次会で、彼が亜希に一目惚れをしたのだという。

ルックスも悪くないし、むしろ爽やかで好感度も高かった。

...しかし彼が海外思考のない男だとわかった途端、自分でもコントロールできない速さで急激に熱が冷めてしまったのだ。

その後、宮田賢治から何度かLINEは届いているものの亜希は、あっさりとした返事しか返していない。

いつまでも結婚する様子のない先輩を案じて、紹介してくれたマミちゃんには感謝している。だけど-。

「ときめかないだもん。仕方ないじゃない...」

指先で候補日を返信しながら小さく呟いて、ハッとした。

-そう、私が求めているのは“ときめき”なのよ!

英語ができなかろうが、海外志向がなかろうが、“ときめき”さえあれば亜希だって許せる。

許せなかったり、あれこれ注文ばかりつけたくなるのは、結局のところ、相手のことを好きじゃないから。それに尽きるのである。

-とはいえ、好きってどういう気持ちだったっけ?

「ダメだ、わからない...」

貴志と別れてからというもの仕事にばかり熱を注いでいたため、亜希はもはや、恋の始め方を忘れてしまっているのだった。

▶NEXT:9月26日 火曜更新予定
後輩・マミちゃんから強烈ダメ出し。恋は、待っていても始まらない。