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text:Richard Bremner(リチャード・ブレムナー)

もくじ

ー このタイミングで北朝鮮の国境へ
ー 頑丈なレクストンでも不安多し
ー 「北朝鮮まで170m」 トンネルへ
ー 数百メートル先の「触れられない」世界
ー 足を運んでわかったふたつのこと

このタイミングで北朝鮮の国境へ

トランプ米大統領が「炎と怒り」を掲げ北朝鮮に警告を発した翌朝、われわれは南北朝鮮の国境にいた。

無謀な話に聞こえるかもしれないが、そもそも韓国に行くこと自体があまり賢いことではない。ソウルの1000万市民は、金正恩政権の、ミサイル実験をはじめとする暴力の発露の影に脅かされ続けている。

一般市民にどう感じているのか尋ねると、彼らの多くは楽観的だ。米朝のヒートアップする非難の応酬も「それは北の問題で、韓国は関係ないですから」とサンヨンのユン・キュンテクは言い放つ。

もし「偉大な将軍様」がソウルに核を落とそうとしたなら、それに気づいた時にはもう遅い。北で発射されたミサイルが韓国の首都に着弾するまで、猶予は45秒しかないのだから。

そんな状況下で、サンヨン・レクストンに乗り、北へ向かうとあっては、スリルと興奮に身震いせずにはいられなかった。

頑丈なレクストンでも不安多し

レクストンは、アルマゲドンを生き残ったひとびとに必要とされるような類のクルマだ。

車高は敵を素早く見つけられるであろうほど高く、物資を十分に積める広さがある。頑丈なシャシーにはがっちりしたボディを載せ、駆動系を構成するのはかなりパワフルなディーゼルエンジンと、ローレンジを備える現実的なパートタイム4WDだ。

来るべき終末世界でも、比較的贅沢なサバイバル生活を送れそうだ。

キャビンの魅力は渋滞のひどいソウルを抜け出しても通用した。草原や村々を横目に、海岸沿いの長い直線を行くと、鉄条網とカモフラージュされた監視所が見えてきた。

それを目前にすれば、その国が実際に隣国の脅威の下で日々を送っていることを知るだろう。それだけに、非武装地帯(DMZ)の来訪者向けに用意された駐車場に隣接して、小さな遊園地が置かれた光景には驚かされる。

「北朝鮮まで170m」 トンネルへ

DMZは、南北朝鮮を区切る無人地帯だ。北のプロパガンダ的なビデオは、無人ゆえにDMZが野生生物の宝庫になっているという。

こうした側面もあって、DMZ観光は人気を博している。だが、ジェットコースターに乗っているときに核攻撃を受けそうだ、などという冗談が、現実になる可能性もある場所なのだ。

第3トンネルと呼ばれる、花崗岩をダイナマイトで掘り進んだ湿っぽいトンネルを進むと、「北朝鮮まで170m」という表示を目にすることになる。

同種のものがこれを含めて4本あるが、いずれも北朝鮮が韓国侵攻のために掘ったとされ、1974年/77年/78年/90年にそれぞれ発見された。国境を越えて、1時間に3万人の兵士を送り込むことができると試算されている。

北朝鮮は炭鉱だと説明しているが、それが真っ赤な嘘であることは地質学的に証明済みだ。

だが、そうした明らかな緊迫感は、ひしめく観光バスや、鉄条網からDMZチョコレートなどというものまで並べた土産物屋によって希薄になっている。

数百メートル先の「触れられない」世界

一方で、ミュージアムには朝鮮戦争時の銃器や弾薬、国境の縮尺模型などが展示されている。

しかし、最も興味深い展示物は、北朝鮮を写した巨大な写真だ。数百メートル先には現地があるのに、そこは実際に触れられない世界である。

そこに写るのは、韓国の放送電波をジャミングし、北の国民に隣国の生活ぶりを知らせないための巨大な柱。金正恩に搾取される国民たちの惨状を外部に見せないよう、実際よりも見栄えよく取り繕われた偽りの村。

そして、自らを相手より大きく見せようという、馬鹿げた対抗心が生んだ巨大な国旗。聞くところ、その重さは275kgもあるらしい。

そこには愚行の数々がおもしろおかしく展示されていたが、都羅山駅を訪れると、またも不安な気持ちに苛まれる。

この形骸化したモダンな駅舎は2002年、いつの日にか南北統一が成し遂げられた暁には、列車や旅行者で満ちることを夢想して建設された。

そこに乗客の姿はなく、いるのは駅を見るためにやってきた観光客の群れのみ。使われず錆の浮くままになっているレールの向こうには、「禁じられた国」を眺めることができる。

足を運んでわかったふたつのこと

そこからほど近い田園地帯に用意されたレクストンのオフロード性能を試すためのコースは、どうということのないものだった。

やや険しく、轍のできた丘は、四輪駆動の必要もない程度で、わかったことはふたつだけ。

まず、乗り心地は揉みくちゃにされ続けるようなものだということ。次に、このクルマがタフだと感じられること。

以上だ。

この道程でもうひとつ知ったことを挙げるならば、北朝鮮に源流を発する漢江についてだ。写真撮影の背景に選んだそこは、穏やかな静寂に包まれていた。

しかし、手つかずの川岸も、ひと気のなさも、全てすぐそばのDMZに漂う不穏な空気が理由だったのである。

ソウルに戻ると、街の喧騒が、じめじめした陰気なトンネルや国境に向けられた銃座の印象を拭い去ってくれたが、半島の背景にいる大国のリーダーたちがもっとまともだったならば、こんな背筋の寒い思いはしなかっただろう。

ありきたりな締めくくりになってしまうが、このレクストンが、終末戦争後の世界で必要とされるようなことにならぬよう、祈るばかりである。