産まないことは「逃げ」?不妊治療をやめた体験記が切なくて泣いた

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『産まないことは「逃げ」ですか?』。女性の多くが直視せずにはいられない、勇気あるテーマに挑んだのは吉田潮さん(よしだ・うしお、45)。『週刊新潮』のテレビコラムなどで活躍する女性コラムニストです。同書では、不妊治療から妊娠、流産まで実体験をつづっています。

◆子供を欲しい理由は、本当に欲しいから?

 結婚=出産という図式が薄れつつある現在ですが、吉田さんは「子供が欲しいという病」を指摘。「子供が欲しい理由は、純粋に子供が欲しいからですか?」と問うのです。

 例えば、子供がいることで社会的に認められる、子供のためという自分自身への免罪符ができる等々。吉田さんの場合は「好きな男を繋ぎ止めておくために子供が欲しかった」と正直に明かしています。

 34歳まで気持ちよさを追求して異性関係を持ってきた吉田さんが、子供を作るための行為にシフトチェンジ。低用量ピルをやめ基礎体温をつけ、排卵日前には夫にを強要するという「射精ハラスメント」な日々。

 快楽から生殖へ、目的が変わると一滴でも精液を漏らすのが惜しくなり、吉田さんは「精液が子宮の奥に届くように願いのポーズ」まで考案したそう。ハタから見ればキテレツな逆立ちもどきのポーズですが、本人はごく真面目なので私も笑うどころか、かえって涙を誘われました。

◆不妊治療をやって、あきらめた

 そして吉田さん39歳、夫46歳のときに不妊治療を開始。卵の質を上げるために高額な激痛鍼灸マッサージにトライしたり、ヒューナーテスト(子宮の中にどれくらい精子が残っているかを調べる検査)のために、別居婚だった夫を急遽新幹線で呼び寄せてまぐわったりと、まさに血のにじむ努力と金銭を注ぎ込みました。

 ところが、苦労の末に妊娠するも流産。当時の心境を吉田さんは「不全感」と表現しています。

 吉田さんは40歳で不妊治療をやめ、「子供が欲しい病」が完治したのは42歳。月経の周期が乱れ、更年期の兆しが見えてからだといいます。身体がおしえてくれた踏ん切りとはいえ、切なさに身がつまされてしまうのは、私だけではないでしょう。

 私自身、昔から、自分が母になるヴィジョンを持っていませんでした。夫も私も晩婚だったせいもありますが、お互い子供について言及はせず、幸い周囲の干渉もなかったのです。

 そんな私でも、子連れの方に対して引け目や、うしろめたさを感じます。なんとなく、女性として欠陥があるように思い込んでしまうのです。

◆子供を産まねば…世間よりも自分が自分を追い詰める

 吉田さんの友人が言うには「子供が欲しいというのは外圧ではなく内圧。妊娠して出産するという女としての権利があるのだから、行使しなくてはという感じ」。

 いわばバックグラウンドや環境による刷り込みが、プレッシャーとなり自らを追いつめるのです。

 昔、日本では「産めない女」を「石女(うまずめ)」と呼びました。現代社会で子供がいない女性は「産めない」「産まない」「いらない」と様々ですが、石女まではいかないにしろ、どこか斜めに見る世間は残っている気がします。

 では「産んだ」女性が偉いのでしょうか。いえ、産もうが産むまいがれっきとした女性。産む産まないにかかわらず、子供を「逃げ場」にしない人生を歩めばいいのだと思います。

「しあわせって何ですか」という吉田さんの問いに、私も考えてみました。飼い猫を撫でている時、夫が買ってきてくれたパンがおいしかった時、それを一緒に食べている時、なんだ案外小さくて平凡だな、と我ながら微笑ましくなりました。吉田さんをはじめ周囲の人々も私と似たり寄ったりで、改めて幸せは足元にあるのだと気づかされます。

 産む、産まないだけではなく、生きていく中で様々な選択を迫られます。予想外の出来事も襲ってくるでしょう。大切なのは自分の幸せは何かを見極める底力と、小さな幸せを見失わない感性を養うこと。自分の人生からは「逃げ」られないのですから。

<TEXT/森美樹>