「とと、トセン!?って何ですか!?」
「牛川渡船っていう、渡り舟が近くにあるらしくて。それに乗って、豊橋駅まで自転車で戻って、東京へ帰ります」
 相手はポカーン。そりゃそうだ。ニュースで何度も「猛暑」を伝えているこの日、豊橋駅からレンタル自転車でやってきた汗ダラ中年男の不可解な言動に、出張先のスタッフは付いていけないようすで、ポカーン…。
 愛知県豊橋市。この地に、船頭の手漕ぎによる渡し舟が現存している。
 出張先の現場まで、焦げるほどの灼熱のアスファルトの上を、自転車のペダルを漕いでやってきたワケは、この渡船に乗りたかったから。

トム・ソーヤー…Mark Twain

 牛川渡船。牛川の渡しとも呼ばれるこの舟は、一級河川・豊川の両岸を結んでいる。平安時代から続く舟ともいわれ、1932(昭和7)年からは豊橋市で管理・運営されている。
 舟のりばは、鬱蒼とした森の中にシレッとある。東岸ののりばには、アニメ「トム・ソーヤーの冒険」にも出てきそうな長閑な小屋が建っていて、森と見事に共存している。
 この名作の著者、マーク・トウェインも川を行く蒸気船にゆかりのある人物。どこかこの情景と、重なる。
 この小屋の前に「船呼び板」がある。
 恐る恐る、コンコンと木槌で板を叩くと、「ハイヨー」というおじさんの声。
 出てきたのは60歳代の男性。日焼けした両腕には、20代並みの筋肉。
「ここはね、市道なんですわ。市道175号線っていうてね、この東側が牛川町、向こう側(西側)が大村町」
 そうか。市が管理・運営しているのはそういうワケでか。褐色のオヤジは次々と教えてくれる。
「船頭のチカラだけで渡す舟はもうここしか残ってないよ。東京の矢切(の渡し)も船外機が付いているっしょ。竿一本でやってるのはもうここだけ」
 ひとりでこの舟を動かし続ける男の性か、客がいない時間の孤独の反動か、突然現れた中年客ひとりに、聞いてもないのにいろいろと話してくれる。
「豊川がいま右から左へ流れてるでしょ、この流れも下手にある海の干潮と満潮で変わるんですわ」
 三河湾に注ぐ豊川。その日の流れは穏やかだったが、風や波、天気によって川面の表情は刻々と変わるらしい。

酔払いと綱渡り芸人…João Bosco

「この川の下にね、ロープが走っとってね、この舟とロープがつながってて、流されることはないんですわ」
 渡し舟の仕組みから、「給料が安くてねえ」という船頭の愚痴まで、多彩なトークの展開に、暑さも忘れた。東岸から西岸へ、およそ10分の船旅は、2時間モノのドラマを見終えた気分にさせてくれた。(こんな乗り物、いつ消滅してもおかしくない)と思って出発点の東岸を振り返ると、なんと!
 自転車の女子高生ひとり、舟待ち。
 牛川の渡しは、生活路線として息づいている。川を渡るために、10分も20分も待つユーザーが、確かにいる。
 その女子高生を迎えに、西岸を離れる渡し舟。さっきまでしゃべりまくってた船頭、こんどは無言で女子と対峙。そのコントラストに、グッときた。
 ブラジルの、サンバで描かれるような男の人生を、垣間見たような…。
 ジョアン・ボスコの唄、「酔払いと綱渡り芸人」が頭の中を流れる。
 諦めと希望、真夏の白昼夢…。
 ワケのわからない妄想はこれぐらいにしておいて、豊橋駅へと自転車を走らせる。高度経済成長期に暗渠化された農業用水(牟呂用水)の上に建つ、独特の建築物「水上ビル」を拝み、自転車を返却し、駅で助六寿司を買い込んで普通電車になだれ込む。
 酔狂な中年男、新幹線でまっすぐ東京へ帰ることができず、国鉄二俣線の面影残す、天竜浜名湖鉄道に逃げるんだけど、その醜態は、またどこかで。

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2013年8・9月号に掲載された第15回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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