優秀な人材の流出を防ぐにはどうしたらいいのでしょうか(写真 : StudioR310 / PIXTA)

求人数は過去最高を更新したが…


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中途採用の求人環境は、“異次元の状況”になってきたようです。人材紹介大手のパーソルキャリアが発表した8月の中途採用における求人倍率は、前月に比べて0.13ポイント高い2.44倍。求人数は前月より0.5%増え、33カ月連続で過去最高を更新しました。

このような状況になると求人広告を出しても応募がない。あるいは人材紹介会社に頼んでも、紹介してくれない……絶望的な求人難に、頭を抱えている採用担当者も増えていることでしょう。

筆者は似たような中途採用の求人難=売り手市場に過去何回か遭遇しました。1980年代バブル崩壊前や2000年初頭からリーマンショック前の時期も、中途採用で人材を確保することが相当に困難でした。

余談ですが、ネットのない時代の中途採用では、求人は転職情報誌に掲載するのが主流。駅の売店では電話帳かと思うくらい、ものすごく分厚い転職情報誌が積まれたものでした。この転職情報誌の分厚さが中途採用の逼迫度と相関しており、バブル崩壊とともにものすごく薄い転職情報誌になっていったことを今でも覚えています。

中途採用の求人難は3年くらい続くと解消に向かうのが常でありました。ゆえに、企業は求人難でもしばらく我慢しさえすれば、採用チャンスは訪れると考えて、策を練ってきました。

ところが、今回は状況が違うようです。33カ月続く求人倍率の上昇が下がる気配がありません。さらに求人難は、当面続きそうです。少なくとも2020年までは過酷な人手不足は続くと、人材系の調査データが予測しています。

このように人材の確保が厳しい状況下、企業は並行して「働き方改革」も進めることを求められています。将来的な生産性の向上を目指す中、具体的には労働時間の抑制を進める必要があります。人手(人の数)は足りない。さらに、残業で補うこともできない……企業はどうしたらいいのでしょうか?

こうした求人難の状況で果敢に取り組まれるようになってきたのが人材流出の阻止。いわゆるリテンションと呼ばれる活動のことです。辞めると申し出があってから引き留めるのでは遅すぎます。辞める迷いが出たときに「でも、いまの会社は魅力的だ」と感じてくれるための職場環境の改善に力を入れるようになりました。

たとえば、オフィスをきれいにする、福利厚生を充実させるといったことです。加えて、待遇面を改善する企業が増加。東京商工リサーチの調査によると、2017年4月に賃上げを実施した企業は約8割に上っています。

ただし、日本の会社での賃上げは全社員を対象に「薄く広く」行われる施策が大半。金額にすれば全社員対象に数万円程度のアップです(社歴や役職などで違いはありますが)。それでも、給料日に振り込まれた給与が従来より増えていますから、うれしいのは間違いありません。ならば「この会社でもう少し頑張ろう」と退職を考えていた社員を思いとどまらせることになるケースはあるでしょう。

実際、薄く広くの賃上げは人材流出の阻止に効果的であると断言する会社もあります。取材した人材派遣会社では、4月に薄く広くの賃上げを実施。それから数カ月間、退職者が減少したようです。

薄く広くの賃上げでは効果がない職種

ただ、こうした薄く広くの賃上げでは効果がない。もっと、大胆な昇給が可にならないと貴重な人材を引き留めるのは難しいと指摘する人もいます。詳しく聞いてみると、専門性が高く、希少性が高い職種の人材が、会社の競争力や企業価値を高めている会社でした。

たとえば、先ほどの調査で求人数が大幅に増えていると紹介された、機能性素材の開発を担うエンジニアがいる化学品メーカー。あるいは投資運用経験者が必要な金融機関など。こうした人材が流出すると、ダメージは計り知れないものがあります。そこで、引き留めのため市場価値に見合った報酬を支払いたいのですが、それを阻むネックが日本企業、特に大企業には存在します。

ネックとは新卒採用組における社内同期とのバランス調整です。新卒で入社して、たまたま配属された部署でかかわった仕事が専門性、希少性の高い仕事であった人。一方、同じ年に入社した同期社員は営業とか管理部門で仕事をしています。そうなると両者の間で、市場価値的には大きな違いが出てきます。

しかし、その市場価値に合わせて賃上げをすればいい……となるかというと、めったにそうはならないのです。なぜなら、彼らは専門職ではなく、総合職として採用され、存在しています。総合職として、さまざまな部署でさまざまな職種に配属される可能性がある人材について、賃上げで報酬に大きな差をつけることは、社内から反対が出てくる可能性が高いのです。

取材した金融機関グループでは、新卒入社組の中に投資銀行で働く人と、プライベートバンキング(富裕層を対象にするサービス)担当の人、支店営業で勤務している行員、それらに大きな報酬の差をつけてはきませんでした。将来的に人事異動があったときに調整が困難である。また、大きく差をつけると低い報酬の職種の行員から不満が出てくる。こうしたことを勘案して賃上げをするにしても薄く広く対応をしたそうです。ただ、このこともネックとなり、専門性や希少性の高い職種の人材が他社に引き抜かれてしまう状況に陥りました。そして、ついには賃上げで差をつけざるえない状況になっていったのです。

「ハイパー専門職」を設置する会社が増加

やはり、市場価値が高く、希少性のある職種の人材の流動化を阻止するには、新卒横並びの壁を越えた対応が必要です。そこで総合職の枠とは別に、「ハイパー専門職」を設置する会社が増えてきました。

これまでも専門職という呼び名を使った役割は存在していましたが、管理職になれない人材の受け皿として活用されるパターンが大半でした。なので、横並びの域を出ない報酬体系。本当に専門性の高い人材からすれば魅力的には見えない存在であったことでしょう。

でも、今回は魅力的な報酬を得られる専門職が登場しつつあります。総合職から職種転換して、限定された分野で仕事を極めるかわりに、市場価値に見合った高い報酬を得ることができる。当然ながら総合職で得られる、多様なキャリアへのチャンスはなくなるわけですが、トレードオフであると割り切ったうえで、ハイパー専門職を選ぶ人も増えています。こうした受け皿を準備しつつ、中途採用についても果敢に行い、求人難の時代でも優秀な人材を確保ていく会社は着実に増えていくことでしょう。