9月13日のユンケル欧州委員会委員長の施政方針演説は「欧州は再び風を帆にとらえるようになった」と強気なものだった(写真:ロイター/アフロ)

9月24日のドイツの連邦議会選挙(下院)まで1週間を切った。

アンゲラ・メルケル首相の4選が確実視されるためか、市場ではフランス大統領選挙前のような緊張の高まりはない。しかし、ここまでの道のりは平坦ではなかった。2015年夏には難民危機対応への批判から支持率が低下。2017年初には現在の連立政権のパートナーでもある中道左派の第2党・ドイツ社会民主党(SPD)の党首交代により支持率が接近する場面もあった。

だが、5月半ば頃からメルケル首相のキリスト教民主同盟(CDU)の支持率は、マルティン・シュルツ党首率いるSPDに対して、10ポイント以上のリードを保つ。財政の健全化、構造的失業の解消、実質所得の向上という3期12年の実績がメルケル首相の強さを支える。

反EUで右派・ポピュリスト政党のAfDも議席獲得へ

もはや逆転は期待しにくいことから、すでに関心は連立の組み合わせへと移っている。ドイツの戦後の政権はすべて連立政権であり、今回もCDUが単独で過半数を獲得することはない。世論調査に基づけば、2党での過半数超えが可能な組み合わせは、1期目、3期目に続くSPDとの「大連立」だけだ。2期目と同じ自由民主党(FDP)との組み合わせでは過半数に届かず、環境政党である「緑の党」を加えた3党での連立が必要になる。


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2党連立の余地を狭めているのは、右派のポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」だ。AfDはユーロ反対派の経済学者らにより2013年の前回総選挙前に創設された。その後、右傾化を強め、2015年夏にはメルケル首相の難民政策を批判して、支持を広げた。ドイツの下院選挙は「小選挙区比例代表併用制」で行われる。小政党の乱立を防ぐ「阻止条項」があり、連邦議会で議席を得るには比例代表票で5%以上、ないし、小選挙区で3議席以上獲得する必要がある。

AfDは、2013年の選挙では「阻止条項」に阻まれ議席を得られなかった。しかし、今回は、投票日が近づくにつれて、じわじわと支持率を上げ、2大政党に続く3位争いで僅差ながらもトップにおどり出てきた。大連立で2大政党の争点は曖昧化し、中道化が進んだ。AfDは大連立に不満を抱く有権者の受け皿として存在感を増しているようだ。

ドイツのAfDへの支持の広がりは、オランダの自由党やフランスの国民戦線とともに欧州の政治リスクとして警戒された現象だが、さほど材料視されていない。AfDが政権に入り、ドイツがEU懐疑主義に舵を切るといった展開が想定できないからだ。どの党もAfDとの連立を拒んでいるし、AfDの協力を欠けば政権が樹立できないという状況にもない。

ドイツに期待されるユーロ制度改革への貢献

むしろ、総選挙後のドイツに期待されるのは、親EUを掲げるフランスのエマニュエル・マクロン大統領との共同歩調によるEUとユーロ制度改革の担い手としての役割だ。

EUは今年「ローマ条約」の調印から60周年という節目の年を迎え、EUの未来像について協議している。

焦点の1つがユーロ制度の改革、とりわけ財政面での制度改革だ。欧州の脆弱な国の債務危機はユーロ制度の強化を促した。資金繰りの困難に見舞われた国を支援する欧州安定メカニズム(ESM)は常設化された。銀行監督と破綻処理制度は圏内で一元化され、EU共通のルールを土台とする「銀行同盟」の形をとるようになった。

しかし、財政面では、この間の成果は、財政赤字の名目GDP比3%以下などの健全化ルールに基づいて、各国の政策への監視を強化することにとどまってきた。ユーロ圏全体としての望ましい財政政策という視点を欠いているし、過剰債務国ほど成長や雇用のために活用できる財源が乏しいため、圏内の格差是正が進まない。

債務危機後の制度の強化で、ユーロ圏の危機対応力は、以前に比べれば高まっているが、財政面での改革を欠いたままでは、ユーロ圏は持続不可能な不均衡を抱え続けることになる。

ユーロ制度改革の好機は今だ。フランスに続きドイツが国政選挙を終える。マクロン大統領は就任100日で支持率の大幅な低下という試練に直面しているが、5年の任期を全うすることは確実だ。ユーロ制度の改革は、大統領選挙での公約でもあり、意欲的に取り組むだろう。メルケル首相も4選を果たせば在任期間はヘルムート・コール元首相と並ぶ16年となる。ユーロ制度の完成度を高める改革への貢献はレガシー(政治的遺産)となる。

折しもユーロ圏の経済は、世界金融危機と圏内の債務危機という2つのショックが招いた長期停滞をようやく脱しつつある。それは同時に、圏内格差の増幅を抑制する役割を果たしてきた欧州中央銀行(ECB)の異次元緩和を修正すべき時期に差し掛かっていることを意味する。

とりわけ国債等の買い入れは、1銘柄当たりの買い入れの上限を33%とする「33%ルール」や、ECBの出資比率に応じて買い入れる「資本キー・ルール」を変更せずに継続することが難しくなっており、2018年には段階的な縮小から停止へと向かわざるをえない。ドイツが嫌う金融政策頼みの状況からの円滑な脱却という面からも、ユーロ圏内の財政面での協調を検討する必要がある。

ユーロ制度の安定のために財政面での改革が不可欠とは言っても、一方的な財源の移転につながるような改革は、ドイツの有権者の理解を得ることはできない。そもそも、EUの条約では、加盟国間の救済を禁じている。法と民意、政治のサイクルの制約の中で漸進的に解決策を探らざるをえない。

改革は漸進的なものだが、将来に希望をつなぐ

9月13日には欧州委員会のジャン=クロード・ユンケル委員長が、欧州議会で施政方針演説を行い、EUの未来像に関する自身の考えを明らかにした。

ユーロ制度改革では、ドイツのヴォルフガング・ショイブレ財務相の提案でもあり、メルケル首相も賛同する「欧州版IMF(EMF)」について、今年12月に欧州委員会としての提案を示す方針を明らかにした。マクロン大統領が公約に掲げた「ユーロ圏経済・財務相ポスト」の常設化の意向も示した。他方で、「ユーロはEU全体の通貨」との立場から、欧州議会とは別に「ユーロ圏議会」を創設する構想は排除、「ユーロ圏予算」もEU予算の枠内に創設すべきとの考えを示した。

EMFは、常設化されたESMの機能を強化するもので、果たすべき機能についての調整は必要だが、比較的早いタイミングでの実現が期待できる。ユーロ圏予算も、新たな財源を設けることは難しいが、EU予算の枠内であれば、EU予算改革の議論と並行して進めることが可能だ。欧州委員会は2018年5月に改革案を提示する方針だ。

ドイツが思い描くEMFはユンケル委員長の構想よりも政策監視に重きを置くもので、ユーロ圏予算は限定的な規模となるだろう。当面実現しそうな改革では、圏内格差の是正に大きな効果は期待できない。それでも、統合を深める改革が進むのであれば、ユーロ分裂すら現実味を帯びていた2017年初までの流れは変わり、将来に希望をつなぐ。