東京には、都合の良い勘違いをしている女が多い。

麻布十番で会員制サロンを開いている麗子のもとにも、毎週のように勘違い女が現れる。

麗子は毎週日曜日になると、その週に出会った女たちを振り返るのを趣味としている。

先週は、エリート美女の愚かな一面を紹介した。

さて、今週麗子を驚かせた女とは?




<今週の勘違い女>
名前:松下ミキ
年齢:30歳
職業:家事手伝い


「一言で言うと、面倒臭い女」


ー今週の火曜日ー

「麗子ちゃん、私もうダメなのかな…。」

いかにも意気消沈、といった様子で店に来たミキは、スッピンにマスク、部屋着で現れ、髪の毛に艶はなかった。

もちろん近所なので問題はないのだが、彼女は気分によって外見のオンとオフの差がありすぎる。今日は相当嫌なことがあったのだろう。

「なんかさー。この間話してた年上の彼氏、いたでしょ。40歳の。あの人、やっぱり全然良くなくて。なんか、昨日のデートで私に食事の支払いさせようとしてきたんだよね。」

「えっ?!」

と麗子が返すと、ミキは彼氏を批判されるのを恐れたのか急に彼に対して擁護口調になった。

「いやね、いいところもあるのよ。一緒にいると楽だし、気があうし。でも、仮にも40歳のちゃんと働いてる男がさ、10も下の私に支払いさせるって…ないよね。」

「うん、ちょっと、無いよ…。」


ミキが抱えている問題。それは一体?


相談に来ているのに、人の話を聞かない


会員制リラクゼーションサロン「angelle(アンジュール)」のオーナーセラピストの麗子は、生まれも育ちも麻布十番だ。

この地で生まれ育ち、海外留学をしていた時期もあったが結局は、麻布十番に舞い戻った。

そして親の資金援助をもとにサロンをオープンさせ、現在に至る。

そうして生涯のほとんどをこの地で過ごしてきた麗子には、同じように小さな頃から麻布十番に暮らしている友人が多い。

今回サロンに来た松下ミキも、その一人だ。

ミキは麗子の実家の近所に住んでおり、同じ一人っ子家庭の二人は、幼い頃からまるで姉妹のように育った。

社交的で友達の多い麗子とは違い、年下のミキは内向的で、家にこもりがち。

それゆえ思春期の間はお互いあまり近寄らなかったが、麗子が留学から帰国して麻布十番に戻ってきた頃から、またよく会うようになった。

サロンオープンの際も一番に駆けつけてくれ、客足が落ち着くまで連日通ってくれたミキは、決して悪い子ではない。

ただ、最近の麗子は、彼女のことが心配でならないのだ。

同居している両親にたっぷりと甘やかされて育ったからか、大学を卒業した後も正社員の仕事は続かず、現在は家事手伝いという名目に落ち着いている。

さらには恋愛も上手くいかず、問題のある男とばかり付き合っている。

爽やかなイケメンスポーツマンだが3股、4股は当たり前だった男。地味で真面目だけが取り柄だと思い付き合っていたのが、実は既婚者だと判明した男など。思い返してもロクな男がいない。




そして今回の「40歳にもなって年下の女の子に支払いをさせるような男」だ。

ここまでくると、ミキの男を見る目によっぽど問題がある、ということになるのだが、当の本人にそうした指摘をするとひどく憤慨してしまうので始末が悪い。

ミキはサロンでは客ではあるが、ほとんど身内に近い人間のため、以前は麗子も遠慮なく物を言っていた。

しかし、その度にミキは泣きながら逆ギレし全くアドバイスを聞こうとしないため、麗子もほとほと面倒になってしまい、最近は耳障りの良い通り一遍のアドバイスしかできずにいた。

しかし、それではミキの人生は変わらず、男選びも一向にマシにならないままだ。

麗子はどうしたらミキにアドバイスが伝わるか、しばらく考え込んでしまった。


思い切って、もう一度本音で話してみる。


苦労知らずのお嬢様の弱点


火曜日は何となくお茶を濁したような話しかできなかったため、日曜日、店を早めに閉めた麗子はミキを『飄香 麻布十番本店』に呼び出した。




「麗子ちゃん、仕事お疲れ〜!」

そう言って微笑むミキを見る。幼い頃からまるで妹のように可愛がってきた彼女も、今年で30歳になった。

目元には、去年までは確認できなかった細かいシワも見える。

だが、当の本人は裕福な親元にいるからか、まともな職についていないことに関しても、将来に対してもまだそこまで危機感がないようだ。

ミキの親は、麗子に会うたび「あの子、いつ結婚するのかしら」とこぼしている。

曰く、神経質でプライドの高いミキが、些細なことで母親や父親と衝突することも少なくないらしい。

その度に一人暮らしを勧めるそうだが、両親も最後のところで一人娘に厳しくなりきれず、ズルズルとミキを甘やかしてしまっている、と言っていた。

「ミキさ、その、40歳の彼氏とはどうなったの。」

傷つきやすいミキの琴線に触れぬよう、遠慮がちに尋ねる。ミキは案の定、視線を泳がせて話題を変え、問題の核心には触れようとしない。

今まで親身になって相談を聞いてきたが、その度に反発され、ミキの激しい感情の起伏に付き合い、ひどく消耗してきた。

ミキは極端に自尊心が低いため、ちょっとのことですぐに傷ついてしまう。そうして傷ついた心を隠そうと、必要以上に相手に噛み付いてくるからタチが悪い。

できればもう、余計なことは言わずにこのままミキを放っておきたい気持ちもある。

だがー。

「ミキ。あなたね、仕事しなさい。あなたは世間を知らなすぎるのよ。」

いい年して自立できていないミキのような女に、いくら恋愛指南をしたって無駄だ。

一生を安全なかごの中で過ごす鳥かごの鳥と、安全を捨てるというリスクを承知で、鳥かごから羽ばたく鳥は、一体どちらが幸せだろうか?

麗子は、ミキと話していると、度々このテーマで頭を抱える。

ミキは、鳥かごの中しか知らない。

親の庇護のもと、ぬくぬくとぬるま湯の中で生きて、勝手に行き詰まっている。

そんな狭い世界で手に入ることなんて、2017年の東京では、幸せとは言えない。

仕事をしていない女が夢中になれることは、恋愛以外ないのだろう。

だが、そんな女が恋愛にのめり込むほど、幸せは遠のく。

自立こそがミキを救う、と麗子は信じている。

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史上最高の勘違い女とは