『知らなきゃよかった まさか!の雑学500』(雑学総研/KADOKAWA)

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 情報があふれ、“知らなきゃよかった”と思えるようなこともたくさんある、今のこの世の中。でも、知っていて役に立たないことなんてあるのか。知って損はないのに、あえてその“真実”から目を背けてしまっているだけではないのか――。

 男女の性の実情や人体の謎、歴史人物の意外な素顔や動植物の驚くべき生態など、さまざまなジャンルの「知らなきゃよかった」雑学を紹介しているのが、雑学総研著『知らなきゃよかった まさか!の雑学500』(KADOKAWA)。今回は、学校の教科書にも載るような「偉人」たちの、知られざる側面が見える8話を厳選して紹介しよう。

「愛しているからこそ、妻には読ませたくない」――立派な偉人も、やっぱり“オトコ”だった

●石川啄木は借金してまで遊郭に通う「ダメ男」

 明治期の歌人・石川啄木は、「清貧の中で死んだ不遇の人」というイメージがある。だが実際の啄木は、妻子を養うことなく借金をしてまで遊郭に通う“ダメ男”。女性たちとの情事を『ローマ字日記』に赤裸々に綴り、ローマ字で書いた理由を「妻を愛しているからこそ、この日記を読ませたくないのだ」と記していた。

●小林一茶が日記に書き残した若妻との情事

 江戸時代を代表する俳諧師・小林一茶は、52歳にして24歳年下のお菊と結婚。彼にとって、これが初婚だった。自分よりふた回りも若い妻を得た一茶は、妻との情事の回数を日記に記しているが、その頻度が実にすさまじい。「夜3回」「昼夜4」……と、自身の“遅すぎた春”を取り戻すかのように、一茶はセックスに励んだのである。

●禁欲主義者ガンジーは裸の女性たちと寝ていた!?

 インド独立の父マハトマ・ガンジーは禁欲主義者としても知られるが、晩年は「禁欲主義を貫けるかどうかの実験」と称し、毎晩、裸の女性たちに肌を寄せながら寝ていた。そもそも彼の禁欲主義は、父親の看病を他人に任せて妻との情事にふけっていたため父親の死に目にあえなかったという経験が出発点だったのだという。

「気絶しそうなほどの痔の痛み」――学校では教えてくれない偉人の“黒歴史”

●アインシュタインはノーベル賞の賞金を慰謝料にあてた

 相対性理論の生みの親アインシュタインは、40歳のとき、自分の浮気が原因で妻ミレーと別れることになった。彼はノーベル賞受賞を見越して、賞金を慰謝料とすることを条件に1919年に離婚。その2年後、アインシュタインは見事ノーベル物理学賞を受賞した。

●学問の神様・菅原道真は国家試験を“ギリギリ”で合格した

 平安時代の学者・政治家の菅原道真は、26歳のときに当時最難関の国家試験「方略試(ほうりゃくし)」を受けた。のちに北野天満宮や太宰府天満宮などで「学問の神様」として祀られる道真も、この試験の採点結果は「中の上で及第点」。つまり、ギリギリ合格という判定だった。

●ピカソは『モナリザ』盗難の容疑者として逮捕された!?

 1911年、パリのルーブル美術館からダ・ヴィンチの名画『モナリザ』が盗まれた。そのとき容疑者の一人に挙げられたのが、キュビズムの創始者として知られる画家パブロ・ピカソ。かつてルーブルの彫刻を盗難品と知らずに購入したことがあり、嫌疑がかけられて逮捕されたが、結局は証拠不十分で1週間後に釈放。事件発生から2年後、美術館に出入りしていた職人が真犯人として逮捕された。

●モーツァルトの作曲した衝撃曲『おれの尻を舐めろ』

 天才作曲家として名高いモーツァルトは、排泄物にまつわるダジャレに満ちた手紙を恋人に送るなど、かなり“お下品”な一面を持っていた。彼が1782年に作曲したのが、『おれの尻を舐めろ』。タイトルだけでも衝撃的だが、その歌詞も「おれの尻を舐めろ。つまらない小言なんか言わず愉快に楽しもう」という風変わりな内容だった。

●研究室を貸しただけでノーベル賞を受賞した医学者がいた

 1923年、インシュリンの発見によりノーベル生理学・医学賞を受賞したのは、カナダの医学者バンティングとイギリスの医学者マクラウドの二人。しかし実際は、マクラウドは研究には関わっておらず、バンティングに研究室を貸しただけ。マクラウドよりも助手のチャールズ・ベストが受賞すべきと考えたバンティングは受賞拒否も考えたが、カナダ初のノーベル賞とあって受賞することに。ノーベル賞の賞金をベストと分け合ったという。

文責=色川賢也