文・絵/牧野良幸

『男はつらいよ』は、1969年の作品。ご存じ“寅さんシリーズ”の第1作である。おなじみのテーマソングにのって寅さんが江戸川土手を歩いてくる。16歳の時に飛び出して以来、20年振りに寅さんが柴又に帰ってくる設定だ。

この時の寅さんの格好が、あの腹巻きスタイルではなく、ジャケットにネクタイなのが新鮮である。なにより渥美清自身が若い。まだ寅さんというより、コメディアン渥美清の感が強い。

渥美清だけでなく倍賞千恵子も若い。僕が小学生の頃に眩しかった60年代のお姉さんそのもの。キュートでかわいい。倍賞千恵子もまだ“さくら”というより、女優・倍賞千恵子である。

そのさくらのお見合いに寅さんが付き添うシーンが、おそらく“寅さんシリーズ”として最初のギャグ・シーンだろう。これがメチャクチャ面白い。この時点ではまだ、子どもからお年寄りまで楽しむ国民的シリーズになるとは夢にも思っていないから、寅さんは遠慮なしの毒舌である。キレのいい下ネタギャグを連発。喜劇映画として真っ向勝負のシーンだ。当時の映画館は笑いの渦になったことと思う。

しかし話が進むにつれ喜劇映画から、ゆっくりとグラデーションをもって“寅さん映画”へと変わってゆく。寅さんの格好はいつのまにかおなじみのテキ屋スタイルになっているし、マドンナも登場する。御前様の娘、冬子(光本幸子)だ。

冬子に愛情を寄せた寅さんが失恋するところも“寅さん映画”そのまま。それにしてもこの失恋は、のちの数多い失恋以上にキツく思えるなあ。まだ“お約束”ではなく、本気の失恋。寅さんの悲痛な悲しみが観客にも伝わる。

寅の失恋を「バカだねえ」と嘆くとらやの人たちも、のちのシリーズそのままのパターンなのだが、これも1回目なので、まるで寅さんをいたわっていないところがかえって喜劇的である。そのなかで、ひとりさくらだけが兄に同情を寄せる。

恋に破れて柴又を去る寅さん。江戸川土手で「おにいちゃ〜ん」と叫ぶ倍賞千恵子は、まぎれもなく寅さんの妹さくらである。

コメディアン渥美清が“寅さん”となり、カワイイ女優倍賞千恵子が“さくら”になるのが、この『男はつらいよ』なのだ。

ちょうど東京の神保町シアターで「女優・倍賞千恵子」特集がおこなわれている。その上映プログラムに『男はつらいよ』も入っている。ふたりの若い姿を、もういちどスクリーンで観てはいかがだろうか。

『男はつらいよ』
■製作年:1969年
■製作・配給:松竹
■カラー/91分
■キャスト/渥美清、倍賞千恵子、三崎千恵子、森川信、前田吟、佐藤蛾次郎、笠智衆、光本幸子、笠智衆、志村喬ほか
■スタッフ/監督: 山田洋次、脚本: 山田洋次、森崎東 音楽: 山本直純

【特集 女優・倍賞千恵子】
■期間:9月2日(土)〜29日(金)
■上映館:神保町シアター
■住所:東京都千代田区神田神保町1-23
■電話:03-5281-5132
http://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/program/cbaisho.html
※「男はつらいよ」の上映は9月23日(祝・土)〜9月29日(金)です。上映時間については、上記サイトをご確認ください。

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp