無料で上ることができる都庁の展望台は外国人観光客にも大人気だ(撮影:今井康一)

モノ情報誌のパイオニア『モノ・マガジン』(ワールドフォトプレス社)と東洋経済オンラインのコラボ企画。ちょいと一杯に役立つアレコレソレ。「蘊蓄の箪笥」をお届けしよう。
蘊蓄の箪笥とはひとつのモノとコトのストーリーを100個の引き出しに斬った知識の宝庫。モノ・マガジンで長年続く人気連載だ。今回のテーマは「展望台」。あっという間に身に付く、これぞ究極の知的な暇つぶし。引き出しを覗いたキミはすっかり教養人だ。

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1. 「展望台」とは、高層の建築物や塔などの最上階付近に設けられた周囲の景色を楽しむための施設

2. 展望台には屋内・屋外のものがあり、山の中腹や頂上、岬などに設置された「見晴台」を指すこともある

3. 施設によって入場料がかかる場合と無料の場合があり、望遠鏡や双眼鏡などが備えられていることもある

4. 初代五重塔の焼失後、1648年に徳川家光によって再建された「浅草寺五重塔」は江戸庶民たちの人気を集めた

5. しかし安政の大地震(1855年)などで損傷を受けた五重塔は1886年になってようやく修繕されることになる

6. その際、修繕費用を集める目的で下足代1銭を徴収し、五重塔周囲に組んだ足場を上らせたところ評判を呼ぶ

7. この人気に目をつけた香具師・寺田為吉は1887年、浅草六区に「富士山縦覧場」という木造富士山を開業した

8. 高さ32.8m、裾周り273m、上りの長さ364mという巨大施設で木戸銭は1銭5厘だったともいわれている

9. この施設に寺田は展望台を設けて望遠鏡も設置。東は隅田川、西は箱根連山から富士本山、南は都内を一望

10. 北は吉原遊郭〜千住方面を見下ろし、開業翌年の元旦には初日の出を求めて1万5000人が来訪したともいう。

「望楼建築」がブームに


11. 浅草の超人気スポットとなったが1889年8月の暴風雨で骨組みだけの無残な姿となり翌90年に撤去された

12. その浅草六区に1890年に建築されたのが高さ約52m、12階建ての西洋式高層建築物「凌雲閣」である

13. 〈浅草十二階〉とも呼ばれるこの建物は長岡の豪商・福原庄七が起業。ウィリアム・K・バルトンが設計した。

14. 1〜10階までは八角形の総レンガ造り。11・12階の展望室部分は木造だったが望遠鏡が置かれていた

15. また1〜8階までは日本初の電動エレベーターを設置。館内には世界各国の土産物売り場や休憩室があった

16. 開業時の入場料は大人8銭で子ども・軍人は半額。11〜12階という高所からの美しい眺望は人々を魅了した

17. しかし明治後期になると周辺にさまざまな娯楽施設が現われ、凌雲閣の入場者数は次第に減少していく

18. その後1923年9月1日に起きた関東大震災で8階以上が崩壊。陸軍赤羽工兵隊によって爆破解体された

19. この浅草凌雲閣をはじめ明治20年代の日本では高所からの眺めを売り物にした「望楼建築」がブームだった

20. 大阪でも北野茶屋の遊園地・有楽園内に「凌雲閣」が、浪速区の遊園地・有宝地内には「眺望閣」が建てられた

21. そして1912年、大阪・天王寺の第5回内国勧業博覧会跡地にオープンしたのが展望塔「通天閣(初代)」だ

22. 大阪商業会議所の会頭を務めていた土居通夫が構想し、遊園地「新世界ルナパーク」に隣接して建築された

23. 初代通天閣はパリのエッフェル塔を意識し、凱旋門の上にエッフェル塔上部を乗せたようなデザインだった

24. その高さは91mというふれこみだったが実際には75mしかなく、それでも当時〈東洋一〉を謳っていた

25. 設計は建築家・設楽貞雄が担当し建設費用は約9万7000円。展望塔の入場料は10銭だったといわれている

26. しかし1943年1月に直下の映画館の火災で延焼し、塔の足元部分が強度不足となり翌月解体されてしまう

27. その後、地元有志たちの熱心な活動によって1956年に新しい「通天閣(二代目)」が完成する

現在も人気のランドマーク


2016年(平成28年)10月28日に、二代目通天閣は開業60周年を迎えた(撮影:今井康一)

28. この展望塔は現在も大阪のランドマークとして人気を集めており、避雷針を含めた高さは108mある

29. 設計者は名古屋テレビ塔や東京タワーなども手掛け、〈塔博士〉と呼ばれた建築構造技術者・内藤多仲である

30. 通天閣5階にある展望台には足の裏をなでると幸運が訪れるといわれる「ビリケン像」が安置されている

31. ビリケン像は1912年頃に世界的に流行していたもので、かつては新世界ルナパーク内のビリケン堂にあった

32. しかし1923年にルナパークが閉園し初代ビリケン像は行方不明となり79年通天閣内の改装を機に復元した

33. 現在、通天閣の展望台に安置されているビリケン像は2012年5 月に新たに設置されたもので三代目にあたる

34. 二代目通天閣の設計者・内藤多仲が1950〜60年代に手掛けた6 つの塔を総称し「タワー六兄弟」と呼ぶ

35. 〈兄弟〉であることから各タワーは竣工順に1954年竣工の「名古屋テレビ塔」を長男、次男「通天閣(二代目)」

36. 三男が大分「別府タワー」、四男「さっぽろテレビ塔」、五男「東京タワー」、六男「博多ポートタワー」となる

37. 戦後〜高度経済成長期に日本各地に建てられたものでいずれも各都市の中心部にあり展望台をもっている

38. タワー六兄弟のなかでもっとも高さを誇るのが、1958年12月に竣工した約333mの「東京タワー」である

39. その正式名称は「日本電波塔」で、郵政省の電波監理局長・浜田成徳を中心に建設プロジェクトが進められた

40. 浜田はエッフェル塔を超える世界最大の塔を作り、展望台で集客すれば10年で建設費の元がとれると算段

41. 電波を安定供給できる強固な地盤と魅力ある展望台のために工場排煙等で景観を妨げない建設地を求めた

42. 当初は上野公園付近も候補地だったが、海抜18mの高台にある芝公園地区が最終的に選ばれた

43. 1957年6月に着工し、翌58年12月23日に地上16階・地下2階建ての東京タワーが開業した

44. 開業翌年の1959年には来場者数513万人を記録。当時、上野動物園が持っていた年間入場者数記録を抜いた

45. 現在も東京タワーには年間300万人が訪れ、2008年には開業50周年を記念しリニューアル工事が行なわれた


2018年12月に迎える開業60周年と、その先を見据えたリニューアル工事中の東京タワー(撮影:吉野純治)

46. タワー下にある5階建ての観光・娯楽施設フットタウンと大展望台を結ぶ3基のエレベーターも改修された

47. エレベーター1号機は「UFO」、2号機は「UNIVERSE」、3号機は「光のルービック・キューブ」がテーマ

48. 移動時にはエレベーター内の天井の色がさまざまに変化するようデザインされている

49. 展望台は地上150m部分に二層構造で位置し、上りエレベーターは大展望台2階部分に到着する

50. 一方、帰りは大展望台の1階部分から下りエレベーターに乗り込むシステムになっている

タワーの高さを体感!

51. 大展望台2階には都内で最も高所に位置する神社「タワー大神宮」があり、その祭神は天照皇大神である

52. 大展望台1階には160僉60僂龍化ガラスを使用した「ルックダウンウィンドウ」という透明な床部がある

53. これは東京タワー正面側の2カ所にあり、足元の景色を覗くことでタワーの高さを体感できる

54. 以前は有料の望遠鏡が設置されていたが現在は撤去され、館内で双眼鏡の貸し出しが行われている

55. フットタウンと大展望台を結ぶ階段は590段あり、土日・祝日には一般開放されている

56. この階段を上りきるとシリアルナンバー入りの「ノッポン公認昇り階段認定証」がプレゼントされる

57. この大展望台よりさらに高所な地上250mにあるのが「特別展望台」で、入場には別途料金が必要

58. これは当初設置されていた作業台がそのまま残されたもので、タワー開業から10年程は機材倉庫だった

59. 特別展望台からは都心部をはじめ神奈川、千葉も見ることができるが悪天候の場合は閉鎖されることもある

60. 東京オリンピック目前の1964年9 月に開業したのが東京・千代田区紀尾井町「ホテル・ニューオータニ」だ


日本の超高層ビルの建築基準法ができたのも、このホテルから(撮影:尾形文繁)

61. 客室数1085室、地上17階建てのこのホテルは当時〈最高層のビルディング〉で、建物の高さは73mあった

62. そのシンボルとして話題を呼んだのがホテル最上階に設けられた「回転展望ラウンジ」である

63. 戦艦大和の主砲塔の回転技術を応用した直径45mの回るラウンジは席にいながら360度の景色が楽しめる

64. 長く「ブルースカイラウンジ」の名で親しまれたが、現在は店名を変更しビュッフェ&バーとして営業中だ

65. その最高層ビルディングの記録を塗り替えたのが1968年に開業した147mの「霞が関ビルディング」だ

66. 地上36階・地下3 階のこのビルは日本で初めて「超高層ビル」と呼ばれ、最上階の36階に展望台があった

67. 国会議事堂を見下ろす展望台は「パノラマ36」の名で親しまれたが、1989年にオフィスに改装され姿を消した

完成当時はアジアでもっとも高いビルだった


東池袋中央公園から見上げるサンシャイン60(撮影:風間仁一郎)

68. 1978年に開業し、地上60階・地下4階という破格の規模で日本中を驚かせたのが「サンシャイン60」である

69. ホテルやオフィス棟も持つ複合商業施設として東京・池袋にオープンしたこのビルは地上239.7m

70. 完成当時は日本のみならずアジアでもっとも高いビルで、最上60階に「サンシャイン60展望台」が設けられた

71. この展望台は東京タワー特別展望台よりも高い226.3mにあり、東京スカイツリー竣工以前は都内一だった

72. リニューアル工事で閉館していたが、2016年「スカイサーカスサンシャイン60展望台」に生まれ変わった

73. 1990年に竣工し、サンシャイン60を抜いて日本一の高層ビルとなったのが「東京都庁第一本庁舎」である

74. 建築家・丹下健三が設計した第一本庁舎は高さ243mあり、展望室はその45階(地上202m)に設けられた

75. 「南展望室」と「北展望室」のふたつがあり、いずれも入場は無料だが、開室時間や休室日は異なっている

76. 両展望室に入るためには、第一本庁舎1 階から直通エレベーターを利用するが、わずか55秒で到着する

77. 東京都庁第一本庁舎を超えて日本一に輝いたのが1993年7 月に開業した「横浜ランドマークタワー」だ

78. 横浜みなとみらい地区の中核を担うこの複合商業施設は地上70階建て、高さ296mを誇る

79. 横浜市内と港の景色を一望できる展望フロア「スカイガーデン」はその69階にあり地上273mという高さ

80. また最上階となる70階にはホテルのスカイラウンジと宴会場があり、その高さは277mである


2017年現在、日本でもっとも高層なビル「あべのハルカス」(撮影:尾形文繁)

81. 2014年3 月に大阪・阿倍野区に誕生した「あべのハルカス」は2017年現在、日本でもっとも高層なビルである

82. その高さは300mあり日本で初めてスーパートール(300m以上の世界基準超高層ビル)の称号を手にした

83. このビルの外観デザインは米国の建築家シーザー・ペリが監修を務め、地上60階・地下5 階建て

84. 58〜60階は「ハルカス300」という展望台になっており、一般客に有料で開放されている

85. この展望台へは2 階と地下1 階の北南角にあるエレベーター「ハルカスシャトル」でまず16階まで移動

86. 16階で入場券を購入し、分速360mで移動する「展望台エレベーター」に乗り換える仕組みになっている

87. ビルの最上階となる60階はフロア全体にガラスを配した「天上回廊」という名の屋内回廊がある

88. その床部分の高さは約288mで、日本の〈ビル〉に設けられた屋内展望台としては日本一の高さである

89. ハルカスの名は古語の〈晴るかす〉に由来し晴れやかな景色を楽しんでほしいという思いが込められている

電波塔としては世界一の高さ


屋内にある展望台として日本一の高さを誇る(撮影:吉野純治)

90. 高さ634m、現存する電波塔として〈世界一の高さ〉を誇るのが2012年5月に開業した「東京スカイツリー」

91. 2000年から誘致活動をはじめ東京タワーに代わる新しい電波塔&観光施設として東京・押上に建設された

92. その展望台は第一展望台〈天望デッキ〉と第二展望台〈天望回廊〉のふたつがありいずれも有料となる

93 . 「天望デッキ」は地上350mにあり、5mをこえる大型ガラスを360度に配置。約70卆茲泙埜えるという

94. さらに100m上昇した地上450mの高さにあるのが「天望回廊」でチューブ型のガラス張り回廊となっている

95. 2017年現在、東京スカイツリーの天望回廊は〈屋内にある展望台〉として日本一の高さを誇る

96. 入場口から天望デッキ、天望回廊へとつながる専用エレベーターは「天望シャトル」と名づけられている

97. シャトル内には地元・墨田区出身のデザイナー高橋正実が制作した季節感あふれるパネルが設置されている

98. 展望台などに設置されている硬貨を投入すると景色を見ることができる望遠鏡を「観光望遠鏡」という

99. 観光望遠鏡のパイオニアは「ニコン」で、その製品は1950年代から高度経済成長期にかけ各地に設置された

100. ニコンが現在も販売する「30倍双眼観光望遠鏡」の場合、標準可視時間は100円1枚で約1分30秒である。

(文:寺田 薫/モノ・マガジン2017年10月2日号より転載)

参考文献・HP/「浅草十二階」(青土社)、「ニッポンのタワー」(朝日新聞出版)、「東京スカイツリー」(ソフトバンククリエイティブ)、全日本タワー協議会、浅草寺、ホテル・ニューオータニ、あべのハルカス、東京スカイツリー、ニコンほか