核実験を北朝鮮で経験した「アメリカ人選手」、何を話した?

写真拡大

スポーティング・カンザスシティの公式サイトは、所属しているレバノン代表FWスーニー・サードのインタビューを掲載した。

ハッサン・スーニー・サードは1992年生まれの25歳。内戦を避けてアメリカに渡ったレバノン出身の父親を持つ選手だ。

アメリカのU-17〜20代表でプレーしていたが、2013年には父親の出身地レバノンを選択し、フル代表の重要な存在となっている。

彼は9月5日のアジアカップ予選で北朝鮮とのアウェイゲームを戦っていたが、ちょうど平壌の滞在中に核実験を経験したという。

スーニー・サード

「僕は午前6時に起きた。そして、歌が聞こえてきたよ。軍歌だ。街のストリートからね。

スピーカーから国歌が流れてきた。そしてニュースを見ると、彼らは北朝鮮が水爆実験を行ったこと、ミサイル実験を予定していることを伝えていた。なんなんだと。

僕は、『ああ、神様、試合の時に?急いでここから出なければ』という感じだったよ。

とても神経質になっていたよ。特に、政治的なことがエスカレートしないかとね。

北朝鮮にいるということにナーバスになっていた。特に、僕はアメリカ人だからね。パスポートは使っていないが、心の中はアメリカ人だ。

もしエスカレートするようなら、最初に何かあるのは…。僕はあの国で唯一のアメリカ人だったと思う。

ただ、英国のジャーナリストが落ち着かせてくれた。彼は『北朝鮮人はスポーツとサッカーにプライドを持っているよ。何か起こったら、FIFAに処罰されるさ』とね。

スタジアムでは、大学生が白と赤のネクタイを身に着けて、客席の多くを埋めていたね。12〜14人のチアリーダーもいた。軍服のね。彼女らが応援を主導していた。

彼らの頭はシンクロして動き、皆が木製のクラップを持っていた。そして中央の女性たちが応援歌をリードした。

うるさかったね。とても大きい声だった。彼らは評価したいね。正しい雰囲気だった」

「2日後に飛行機が出るのを待っていた。そして北朝鮮を離れた。

まさか、『中国にいることが出来てとても嬉しい』なんて言うとは思わなかったよ」