今年8月に行われたフランス戦のオランダ代表スターティングメンバー【写真:Getty Images】

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スター軍団だった90年台後半。華麗なサッカーでファンを魅了

 オランダ代表がロシアW杯予選敗退の危機に瀕している。前回のブラジル大会で3位に入った伝統国は、なぜここまで低迷してしまったのだろうか。単純にタレントが枯渇しているのか、あるいはたび重なる監督交代に問題があるのか、はたまた別のところに原因があるのだろうか。(取材・文:中田徹)

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 私が初めてオランダ代表の試合をスタジアムで観戦したのは1999年3月、アルゼンチンとの親善試合だった。クライファルトとベルカンプが2トップを組み、オーフェルマルスとゼンデンがサイドハーフを務めていた。

 最終ラインにはコクー、フランク・デ・ブール、ライツィハ―に混じり、ケース・ファン・ウォンデレン(フェイエノールト)がいた。ファン・ウォンデレンは世界的には無名のセンターバックだったが、私は彼の洞察眼に秀でた守備とビルドアップが大好きだった。守護神はもちろんファン・デル・サールだった。

 何より私を驚かせたのはダービッツとセードルフのドイスボランチ(ダブルボランチ)だった。この2人の攻守に渡る闘争力の高さに「“フレンドリーマッチ”とは本当に“フレンドリー”なのだろうか」と自問しながら興奮していた。

 試合が終わって、大観衆とともにアムステルダム・アレーナ(現ヨハン・クライフ・アレーナ)を後にしながら、「オランダは、スーパースターたちによるサッカーのアンサンブルを身近に楽しめる環境なんだ」と夢心地に浸っていた。

 そんなオランダも2002年のW杯予選で敗れてしまい、2004年のEURO予選でも、スコットランドとのプレーオフの1stレグを落とす危機を迎えた。そこで世論に押されるような形でディック・アドフォカート監督が2ndレグで抜擢したのがスナイデルだった。この時まだ19歳だった天才MFは1ゴール3アシストと大暴れ。チームの6-0の大勝に貢献し、オランダ代表の救世主となった。

オランダはなぜW杯で結果を残せたのか。伝統だった「攻撃」は…

 オランダサッカー界は今、1980年代以来と言われる暗黒の時代を迎えている。24ヶ国に拡大された2016年のEUROですら本大会に出場できず、2018年ロシアW杯本大会出場を果たすために「2連勝」「大量得点」「グループ2位のスウェーデンの取りこぼし」といったミラクルに恵まれた上で、プレーオフに進出しなければならない。そんな折に救世主として名前を挙げられるのが34歳のストライカー、フンテラールというところに、オランダの勢いのなさを肌身に感じる。

 ここ20年間、オランダのW杯における成功を振り返ってみると、1998年フランス大会はフース・ヒディンク監督の下、超攻撃的なサッカーで4位になった。2010年南アフリカ大会はベルト・ファン・マルワイク監督による“現実的なサッカー”で2位になった。2014年ブラジル大会はルイ・ファン・ハール監督が5-3-2フォーメーションにチームを作り変えてリアクションサッカーで3位になった。

 オランダがW杯で成功するためには、国民のアイデンティティでもある「攻撃サッカー」を「結果」とトレードオフし、守備へのアクセントを強めていったのだ。そこに美しいサッカーを愛するオランダ人のジレンマがある。

 オランダサッカー界には「攻撃サッカー」「ポゼッションサッカー」「ハイプレッシング」「4-3-3フォーメーション」などから構成される「ホーラント・スホール(オランダ派)」というサッカーの共通理解がある。

 1995年にアヤックスをCL制覇、そしてトヨタカップで世界チャンピオンに導いたファン・ハールもまた、ホーラント・スホールの信奉者だった。しかし、2014年3月、パリでフランスと親善試合(0-2でオランダの負け)を行った際に「今のオランダのメンバーではW杯では通用しない」とファン・ハールは悟り、5バック戦術への変換を図った。

 ファン・ハールの跡を継いだヒディンクはリアクションサッカーを潔しとせず、「“ホーラント・スホール2.0”を作る」と宣言した。しかし、初采配のイタリア戦(2014年9月の親善試合。0-2でオランダの負け)で現実を知ると、以降、確固たるスタイルを示せないままEURO予選半ばで解雇されてしまった。それからオランダはデニー・ブリント(2015年8月〜2016年3月)、フレット・フリム(暫定。2016年3月〜6月)、ディック・アドフォカート(2016年6月〜)と指揮官が矢継ぎ早に代わる非常事態に陥っている。

フランスに0-4の完敗。オランダ代表低迷の理由

 8月末のロシアW杯予選、オランダはフランスに0-4と完膚なきまでに叩き潰された。大ベテランになったロッベンやスナイデルが先発し、ファン・ペルシが後半途中から投入されたことから、世代交代に悩むオランダの姿が如実に表れた。「代表チームが3つ作れる」と言われるフランスの選手層とは大違いである。かつてのような「ホーラント・スホール」にこだわって強国と試合をやっていては、今のオランダはあっさり負けてしまう確率が高いだろう。

 とはいえ、今のオランダが“サッカー中堅国”の地位さえ危ないのは、どうもおかしい。EUROの予選ではアイスランドがチームとしてピークを迎えていたから、当時のオランダが敗れたのも仕方ないと思う。

 しかし、EURO予選のチェコ、トルコ、W杯予選のスウェーデン、ブルガリアに対して、オランダのメンバーが劣るとはどうしても思えないのだ。例えば、ワイナルドゥム(リバプール)やストロートマン(ローマ)はビッグクラブの中心選手だ。ドスト(スポルティング・リスボン)は昨季のポルトガルリーグ得点王。クインシー・プロメス(スパルタク・モスクワ)は昨季のロシアリーグMVPだ。ファン・ダイクはサウサンプトンと移籍に関して揉めた影響で直近の代表から外れてしまったが、プレミアリーグ屈指のCBである。

 今の世代のオランダ代表はスーパースターこそ皆無だが、24ヶ国に拡大されたEUROの予選で敗退するほどのメンバーでもない。代表チームの指揮官たちが、自分たちの抱える選手の力量を読み誤り、間違ったコンセプトでチームビルディングをしているとしか思えないのだ。

伝統に囚われた現実。かつての輝きを取り戻すために

 その象徴がMFだ。このポジションにはワイナルドゥム、ストロートマン、クラーセン(エバートン)、フィルヘナ(フェイエノールト)、プレッパー(ブライトン)、ファン・ヒンケル(PSV)といった攻守に真面目な、ダイナミックな動きをする選手がいるものの、クリエイティブなタイプとは言えない。

 彼らを組み合わせても、手数をかけたビルドアップからチャンスメイクはできない。それでもオランダはボールを大事に回そうとするから「右ウィング→右SB→CB→CB→左SB→左ウィング→左SB→CB→CB→右SB→右ウィング」とボールが回り、「オランダのビルドアップはまるで“U字型”だ」という酷評を受けるのである。

 本来、オランダの強みであった後方からのビルドアップは、今や相手にとって読みやすいものであり、敵は虎視眈々とショートカウンターを狙っている。「ホーラント・スホール」のドグマに囚われ、選手の能力に応じた柔軟な戦術を採用できないーー。それが今のオランダ代表だろう。

 オランダ代表史上最高齢の監督は70歳のアドフォカート。2位が68歳だったヒディンク。66歳のファン・ハールには「代表の監督に再々就任して欲しい」という待望論がまだある。サウジアラビアをW杯へ導いた監督、ベルト・ファン・マルワイクが契約を延長しなかったので、ロシアW杯では“オランダ人指揮官ゼロ”という事態も十分ありえる。オランダ代表は「世界で戦える監督の人材難」という難題も解決しなければならない。

 フットボール・インターナショナル誌の編集長、クリスチャーン・ルーシンクはクリスタル・パレスを解雇されたフランク・デ・ブールを「アドフォカート後の新監督」として見ている。しかし、先の代表監督探しで候補に上がったホルヘ・サンパオリ(現アルゼンチン代表)のように、外国のトップ指導者招聘というカンフル剤も今のオランダ代表には必要なのかもしれない。

(取材・文:中田徹)

text by 中田徹