今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「共に生きる時間、触れ合う時間が長いと、小石を積み上げるように、愛情の山ができてくるのであろう」
--獅子文六

NHKの土曜時代ドラマ『悦ちゃん』が秘かな人気を呼んでいる。今日はその最終回(第8回)の放送が予定されている。原作者は獅子文六である。

獅子文六は明治26年(1893)横浜生まれ。本名は岩田豊雄。獅子文六というペンネームは、百獣の王であるライオン(獅子)と、文豪(文五)の上をいく文六との組み合わせ。洒落とはいえ、豪気なものだ。

獅子は慶応義塾文科を中退し、大正11年(1922)、貿易商をしていた父の遺産を留学資金にしてフランスへ渡航。パリで演劇を学び、帰国後、岸田國士の誘いで新劇協会に入り演出家として出発した。やがて岸田らとともに文学座を旗揚げ。傍ら、生計を立てるため、フランス風のユーモアとエスプリをきかせた小説を書きはじめ、『悦ちゃん』『てんやわんや』『自由学校』などで人気作家となっていく。

その一方、私生活では、獅子文六は、妻に先立たれるという悲哀を二度までも味わっている。最初の妻はフランスから連れ帰ったマリイ・ショウミイ。帰国から7年目の昭和7年(1932)、フランス人妻は長女の巴絵を残して病死した。文六はまだ幼い娘の養育を思い、2年後に愛媛県出身の富永シヅ子と再婚。16年連れ添ったあと、そのシヅ子をも亡くしたのだった。

掲出のことばは、シヅ子を亡くしてしばらくのち、文六が夫婦としてともに積み重ねた年月をしみじみと振り返り綴ったもの。「生起した事実を、順々に、できるだけ、克明に書いた」という小説『娘と私』の中からの引用である。

シヅ子と再婚するとき、文六は、自分のことは脇に置き、ともかく娘の養育のことを最優先にして母親となるのに最適の人を選んだ。それが亡くなられてみると、知らぬまに、自分にも最良の妻となっていたことに、いまさらながら気づかされる。

夫と妻は、それぞれのやり方で愛情の小石を積み上げ、それがいつしか大きな山となっていた。文六は、伴侶をうしなって、その山の前に茫然と立ち尽くすのである。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。