オリンピック・リヨンの熊谷紗希【写真:Getty Images】

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フランクフルトのトライアウト参加が、海外移籍を現実的に考えるきっかけに

 9月3日、フランス・D1フェミナン(女子1部リーグ)開幕とともに、なでしこジャパンのキャプテン熊谷紗希のフランス5年目の挑戦がスタートした。2011年に浦和レッドダイヤモンズ・レディース(浦和L)からドイツの1.FFCフランクフルトに移籍、13年からはオリンピック・リヨンで研鑽を続ける26歳の現在の心境に迫った。

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「代表初招集から今日までは、アッという間でした。いつの間にか自分が引っ張っていかなければならない立場になり、チームが若返っていること、新しく生まれ変わっていることを改めて痛感しています」

 高校2年生で初めて日本代表に選ばれてから8年、熊谷は高倉麻子新監督率いる「高倉ジャパン」でキャプテンを託され、チームをリードする存在になった。ひとつの転機は、大会制覇を果たした2011年の女子ワールドカップ・ドイツ大会後に、当時所属していた浦和Lから海を渡ってフランクフルトへ移籍したことだろう。

「『もっと高いレベルの環境でプレーできたら楽しいだろうな』と、漠然と海外への移籍を考えるようになったのは、浦和に入って2年目の頃です。そこへ、フランクフルトからトライアウトの話が来たので、大学の春休みを待ち、トルコ遠征に参加しました。当時は筑波大にも通っていたし、気負うことなく“ダメ元”でチャレンジしました。

 実際、プレーをしてみると案外いけるかなという手ごたえを感じた一方で、選手として足りないことも多く、できることを増やしていかなくていけないと痛感しました。海外チームへの移籍を現実的に考えるきっかけになったと思います」

当初は微妙な「感覚の違い」に戸惑いも、言葉の上達とともにサッカーも軌道に乗る

 そして、ワールドカップ終了後の2011年7月にドイツへと渡った。

 熊谷は「みんな、ウェルカムな雰囲気で受け入れてくれ、厳しい洗礼みたいなものはなかったです(笑)」とフランクフルト加入当時のことを振り返るが、言葉の上達とともに信頼も得られ、サッカーも上手くいき始めたという。

「難しかったのは、微妙な感覚の違いです。サッカーを始めた頃から積み上げてきたものとはいえ、ボールを受ける間合い一つから異なり、移籍当初は機能しない場面が多かった。例えば、自分としてはベストのポジションでボールを要求しても、チームメイトからは“近すぎる”と言われ、(ボールが)出てこない。連携がスムーズにいくまでは時間がかかりました」

 そして、フランクフルトで2年間プレーした後、現在所属するオリンピック・リヨンに移籍。2006年からリーグ11連覇と爆走するチームで、熊谷はUEFA女子チャンピオンズリーグ連覇(15-16、16-17シーズン)にも貢献している。

「リヨンの選手は全員の自己主張が激しくて、移籍したばかりの頃はカルチャーショックを受けましたね(笑)。リヨンでの自分はサッカーでも日常生活でも“バランサー”。誰とでも仲がいいし、どこのグループにも属せる。裏を返せば、私はサッカーさえできれば、あとはなんでもいいんです(笑)」

リヨンで勝ち獲ったのは「私がいることでチーム全体が動き、自分も生きてくる」

 いわずもがな、チームには毎年、国内のトップ選手だけでなく、各国の代表選手もひしめいている。強烈な個のぶつかり合いと熾烈なポジション争いのなか、「自分の強みは絶対に捨てない」ことを強く肝に銘じてきたという。

「スペシャルなものはなくても、なんでもできる。良くも悪くもそれが私の特徴です。自分自身は輝かなくても、私がいることでチーム全体が動き、自分も生きてくる。そこをすごく意識してプレーしてきたし、リヨンでの4年間で勝ち獲ってきたものだと思っています」

 まさに、「ONE FOR ALL,ALL FOR ONE(一人はみんなのために、みんなは一人のために)」を地で行く熊谷に、「日本代表のキャプテンとしてどうありたいか?」と問うと、「すべてはプレーで示していく」と口にした。

「日本代表として戦う時、対峙する相手は常に他国の選手です。オリンピック・リヨンの選手であることは、毎日、世界を相手に戦っているのと同じで、一つひとつのプレーが読みの材料になる。そのアドバンテージはとても大きいし、日々の積み重ねが代表でのプレーにもつながるので、チームでやるべきことを続けていくのが第一。それは同時に、海外のチームでプレーする意味の“示し”にもなると思っています」

19年ワールドカップに向けて…「日本の選手は世界で戦えることを示したい」

 なでしこジャパンは7月下旬から8月上旬にかけて行われた「2017 Tournament of Nations」(日本、オーストラリア、アメリカ、ブラジルが参加)で、4か国中3位という結果に終わった。大会前、「チームは今、すごくポジティブに前進している」と語っていた熊谷は、「負けてもいい試合なんてない」としつつも、「チームとしての経験値を積み、じっくりと土台作りをするチャンス」とも話している。

「女子サッカーの今後のためにも、日本代表はもっと多くの人に観てもらえるようにならなければいけません。そのためにはやはり試合に勝つこと、強いチームであることはもちろん重要です。でも、今年は大きな大会がない分、チームとしての経験値を積み、じっくり土台作りをするチャンス。今のなでしこジャパンには、失うものはなにもありません」

 では、熊谷が今描く、なでしこジャパンのビジョンとは――。

「常にチャレンジャーの気持ちで取り組むこと。来年4月のアジアカップをいい形で予選突破し、(2019年の)ワールドカップにつなげていく。何よりも、日本の選手は世界で戦えることを、代表で、クラブチームで、世界に示していきたいです」

 海外で日本人選手のプライドを示しながら、なでしこジャパンのキャプテンという重責も背負う熊谷の視線は、前だけを見つめている。

◇熊谷紗希(くまがい・さき)
1990年10⽉17⽇、北海道生まれ。26歳。身長171cm・体重59kg、ポジションはディフェンダー。常盤木学園高から浦和レッズレディースに入団。2011年から活躍の場をドイツに移し、フランクフルトでプレー。13年には現所属であるフランスのオリンピック・リヨンに移籍。2015-2016シーズンには、リーグ戦、国内カップ戦、欧州チャンピオンズリーグの三冠を達成した。なでしこジャパンでは通算88試合に出場、現在はキャプテンを務めている。