先日おこなわれた10代による音楽フェス『未確認フェスティバル2017』で高らかに開会宣言をおこなった欅坂46平手友梨奈

 欅坂46の存在は、私には衝撃的だった――。近日公開された映画『ワンダーウーマン』。この作品の中で主人公のプリンセス・ダイアナが、自身の新たな使命に目覚め故郷を離れる決心をするシーンには、一つの印象を抱いた。今年公開されたディズニー映画の『モアナと伝説の海』でも、少女が自分の村を助けるため、故郷を離れ大海原に漕ぎ出すというストーリーがある。

 昨年はスーパーマンの女性版『スーパーガール』が海外ドラマとして放送開始と、近年同様のケースがたくさん見られている。さらに映画のみに限らず、いろんな面で若い女性が矢面に立つという場面も多く見られており、「女性、特に“女子”が大きく台頭していく」といった、そんな時代の風潮があるのではないかと、何となく感じた。

 日本国内では、気になるのがアイドルという存在。かつては容姿も、歌も、はたまたダンスまでもが完璧で、ファンからも、そして同僚からも愛されるという象徴的な存在こそアイドルだったが、AKB48が見せた「センター争い」という一つのイベントが大きな嵐を呼び、かつてはご法度とまで思われる「てっぺんをとる」「戦い」という意識、姿勢をアイドル当事者が見せ、遂には「アイドル戦国時代」と呼ばれる時代までを迎えた。

 それはもちろんエンターテインメントとしての見せ方という側面もあれど、一方でこの状況は「女の子も闘志を持つ時が必要だ」という新たな呼びかけを提唱しているようでもある。

 逆に考えると、これまで“女の子”という存在は、実は社会的に認められるポジションから、少し遠い位置にあったのではないだろうか? だからこそこの風潮が様々な世論を巻き起こす状態になってきた、という風にも見える。フェミニストという考えともちょっと違うかもしれないが、「女の子だから」「子供だから」という立場で、実際の社会認識とは違う何か思いもしない差別的な扱いを受ける要因が、社会にははびこっているのではないだろうか。

 そういう意味ではアイドル、特に“女子”のアイドルという存在を、改めて考えるべき時期でもあるように思う。アイドルという存在はエンターテインメントというカテゴリーに分類されるが、そんな部分を完全に脱却するのはかなり難しい部分なのかもしれない。しかしそれを差し引いても、彼女らが代表して「女の子、女子」アピールするもの、主張しているものを、無視はできないと考える。

欅坂46の衝撃

2016年にファン1万人を前にライブをおこなった欅坂46

 その中で、近年大きな話題を呼んでいる欅坂46の存在は、私には衝撃的だった。特にそのデビュー曲「サイレントマジョリティー」から「不協和音」「エキセントリック」と、彼女らが発表してきたその楽曲は、少女があえてマイノリティーになることを恐れず困難に立ち向かっていくことを、少女たちの歌、そしてダンスを通して表現していく。

 その姿は、まさしく先に述べた「台頭していく」という姿を強くアピールしているようだ。「僕」という言葉を主語に表現している彼女らの思いは、女子だけでなく男子、そして若者全体に波及する力を持っているように思える。

 このムーブメント的な時流の中にある彼女ら欅坂46の動きは、ある種ロックの誕生的なシーンにも似ている。ロックの誕生は、衝撃的なものだった。世間様からは“不良”“うるさい”“ヘタクソ”とののしられていたが、ギターを持った若者はそんな状況の中でも、そういうことをしなければならない理由があった。ロックは思いを爆発させる手段だったのではないか。何かに反抗する手段の一つとして。うるさい音も、ある意味体制に逆らうための手段の一つだった、ということだ。

 また、あるロック好きのクラッシック奏者がこんなことを言ったことがある。「そもそも『ロックとは』という問いの答えと同様に『クラッシックとは』と考えるとどうでしょう? たとえば300年前に「ロック魂」を持っていた人がいたかもしれない。今でいう『ロック魂』を持った人が作ったものは、実は今でいうクラッシックでもある」(※1)

 たとえばバッハ、モーツァルトが登場した時、人々は彼らの音楽に好意的ではなかった。バッハはその音楽的手法が逸脱していることを指摘され、モーツァルトは「音数が多過ぎる」と酷評を受けた。今でこそ偉大な音楽家と称される音楽家だが、そのデビューは決して華やかなものではなかった。そう考えると、ある意味先に述べたロックの登場に似ている感じでもあり、すなわち古来より”ロック的”なものが存在していたといえるだろう。

 その意味では、何か壁を打ち壊し新たな世界を広げるタイミングは、歴史の中でいくつもある。先に述べた、全世界的な風潮を考えると、欅坂46のステージパフォーマンスは、今大きな壁に抗おうとしている女子の象徴的な姿にも見える。但し、近年のエンターテインメント的な側面も大きな幅を利かせているため、ロックの誕生ほどの大きなアピールはないかもしれない。しかし、たとえばその楽曲の詞に描かれている思いは、共感し「こういう思いを持ち続けなければいけない」と共感する人も多くいることだろう。

 先日、NHKの音楽バラエティ番組『SONGS』(※2)にて、欅坂46の平手友梨奈が、ロックバンドSEKAI NO OWARIのメンバーと対談した際に、平手は「大人は信じてくれない。何か理由も聞かないであれこれ言われたり、陰でこそこそ言われたりしているのが見えちゃってるので、もうハッキリ言ってほしいですし、こっちの気持ちも分かった上で、大人の意見を聞いて、一緒に話し合えたらいいなみたいな感じ」というコメントを残している。

 その言葉は、そのまま欅坂46が見せた、自分たちのステータスから時代に向けての主張につながるように感じられる。若者たちが彼女らのメッセージを強く感じ、新たな一歩を踏み出す時が来ないだろうか。そんな時が来れば、また時代は新たな局面を迎えることだろう。様々な問題がはびこり悶々とした時代を生きている私は、実はそんな変化を密かに期待している。

【文=桂伸也】

※1引用:『Web Rock Magazine BEEAST』
「ROCK ATTENTION 34 〜Canthana〜」向井航氏インタビューより
http://www.beeast69.com/feature/99876

※2引用:NHK『SONGS』7月27日放送分より