菅義偉官房長官は9月13日の記者会見で、記者の質問に「先進国では電波の周波数の一定期間の利用権を競争入札で決めるケースもある」と答え、電波オークションを検討していることを示唆した。これはほとんどの新聞やテレビは黙殺したが、関係者には大きな反響を呼んでいる。

 電波をオークション(競売)で割り当てる制度は、日本以外の先進国(OECD諸国)はすべて実施しており、アジアでもオークションをやっていないのは中国と北朝鮮とモンゴルだけだ。民主党政権でもオークションの導入が閣議決定されたが、安倍政権がつぶした。こんな当たり前のことがいつまでも実現できない背景には、二重三重の誤解がある。

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「銀座の土地」が1万坪空いている

 最大の誤解は、電波利用料との混同である。官房長官も「電波オークションをどう考えるのか」という記者の質問に「電波利用料の負担額は大手の通信業者では100億円から200億円程度だが、大手の民間テレビ局では数億円程度と大きく異なっている」と答えた。

 オークションについての質問に対して、「電波利用料」の負担額を言っても答えにならない。規制改革推進会議の決定にも「電波利用料の改革」と書かれ、オークションは明記されていない。これは政治家を含めて多くの人にある誤解だ。

 電波オークションは国有地の払い下げと同じく、新規に割り当てる周波数を競争的に決める制度で、既存の業者には関係ない。国有地を競売にかけるからといって、すでに払い下げられた土地に住んでいる人を立ち退かせないのと同じだ。

 電波利用料は家賃のようなものだが、無線局の数に応じて課金するので、数千万人のユーザー(無線局)をもつ通信キャリアの料金が数十局の中継局しかないテレビ局より高いのは当たり前だ。それをいくら「改革」しても、オークションの代わりにはならない。

 問題は料金の負担額ではなく、電波が浪費されていることだ。土地にたとえると、現状は都心の一等地をテレビ局が占拠して使っていないような状態だ。彼らのいるUHF帯(470〜710メガヘルツ)の時価は数兆円だが、1割も使われていない。これは銀座の土地が1万坪ぐらい空いているに等しい。

 電波オークションはこの空き地を民間に売却するようなものだが、テレビ局はオークションで割り当てる「無線局免許」とテレビ局の「放送免許」を混同して、自分たちの土地が取り上げられると思い込み、政治家を使って反対し続けてきた。

「電波をふさぐ」ことがテレビ局のビジネスだった

 オークションの本質的な機能は、市場原理で周波数を配分して競争原理を機能させることだが、それがまさにテレビ局の恐れることだ。テレビのような成熟産業で大事なのは、新規参入を妨害することだからである。

 民放を見る人がいまだに多いのは、番組が優れているからではなく、普通のテレビで無料で見られるチャンネルがそれしかないからだ。民放の企業戦略は一貫して、この寡占状態を守ることだった。彼らは有線放送の免許を市町村に限定にさせてケーブルテレビの成長を遅らせ、衛星放送は子会社で全部ふさぎ、ネット放送は「著作権」を理由に妨害してきた。

 テレビ局の政治力は圧倒的に強く、総務省の電波官僚も手がつけられない。その政治力の源泉になっているのが、系列の新聞社も含めた政治家との癒着である。たとえば朝日新聞の政治部には、テレビ朝日の系列局の電波利権を取るのが専門の「波取り記者」がいる。彼らは原稿を書かないで、いつも政治家にロビイングしている。

 しかし時代はもう変わった。今オークションで電波を買って、放送に使おうという会社はない。携帯端末で放送もできるからだ。その通信キャリアもNTTドコモとKDDIとソフトバンクの3社の寡占状態になり、新規参入はほぼ不可能になった。オークションで電波を配分しても、テレビ局のビジネスが脅かされる心配はないのだ。

 問題は今のように日本だけのガラパゴス周波数で電波を浪費していると、電波が絶対的に不足することだ。日本のインターネット通信量は、スマートフォンが普及し始めた2007年から10年で15倍になり、今後10年で10倍以上のペースで増えると予想されている。

 この不足を、いま計画されている5G(第5世代)通信サービスで埋めるのは無理だろう。5Gの電波は周波数が高く数百メートルしか届かないため、膨大な基地局が必要になるからだ。携帯電話メーカーが日本独自の「ガラケー」で自滅したことは周知の事実だが、今後は通信サービスも周波数が不足して「壊死」するおそれが強い。

政府もテレビ局も通信キャリアも得するオークション

 この解決法は簡単である。空いている周波数をオークションで、通信キャリアに配分することだ。テレビ局が占拠したまま使っていない周波数は、全国どこの場所でも200メガヘルツ以上ある。それを政府がインセンティブ・オークション(逆オークション)で買い上げればいいのだ。

 これはアメリカのFCC(連邦通信委員会)が600メガヘルツ帯で昨年やったもので、84メガヘルツの電波を放送局から105億ドルで買い上げ、今年の6月にT-Mobileに198億ドルで売却した。差額の93億ドル(約1兆円)が連邦政府の収入である。

 同じことは日本でも可能である。UHF帯の200メガヘルツをテレビ局から買い上げ、通信キャリアに売ればいいのだ。売買額はGDP(国内総生産)に比例すると考えると、日本ではテレビ局が6000億円で電波を売って携帯キャリアがそれを1兆3000億円で買い、7000億円の国庫収入が上がるだろう。

 テレビ局は在京キー局2社分の売り上げを出し、携帯キャリアは電波不足を解消し、政府は財政赤字を埋めることができる。電波をオークションで売買しても、誰も損しない。このときテレビ局が電波を売却しても、ビジネスを続けることは可能だ。必要なら通信キャリアの基地局を使って、同じ周波数でサービスをやればよい。

 アナログ時代には通信と放送は別のインフラを使っていたが、今はデジタル化されたので、携帯の基地局でテレビの放送もできる(放送の中継局は整理して周波数を統一すればよい)。テレビ局は携帯端末向けの放送もできるようになる。赤字経営の地方民放は退出してもよいし、通信キャリアに企業ごと売却してもよい。

 以上は技術的には周知の事実で、政治家もテレビ局も知らないが通信キャリアは知っている。電波官僚も知っているだろう。それをマスコミが秘密にしてきたことが、問題をこじらせてきた。必要なのは、政治の指導力だけである。

筆者:池田 信夫