私は公認会計士であるとともに、企業の経営を心理的側面から分析して経営改善を行う経営心理士として、経営コンサルティングを行っている。

 このコンサルティングの中で、現場での人間関係に頭を抱え、相手をどうにか変えたいと思っている方からのご相談を受ける時、こんな質問をされることがある。

 「人を変えることって可能でしょうか?」

 幼少期の子供ならまだしも、数十年生きてきた人間を根本的に変えることは不可能とは言わないまでも並大抵のことではない。その質問をされた際、私はこう答える。

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その人との関係性は変えられる

 「その人そのものを変えることは難しいですが、その人との関係性は変えることができます」と。

 人と人との関係性は互いの行動や発言、態度などが影響し合って形成される。そのため、一方がその行動、発言、態度を変化させると、その関係性にも何らかの変化が生まれる。

 自らの行動、発言、態度は何も変化させることなく、一方的に相手が変わるのを期待すると、変わらない相手を見てストレスを自らの中にため込んでいくのみであり、それが続けば健康を害することにもなる。

 そのため、「相手を変えたい」と考えている方には、まず自分から相手に対する行動、発言、態度を変え、相手との関係性を変えることを提案している。

 「相手が変わらないのに、なんで自分の方から変わらないといけないのか」と意固地になる方もいる。確かにお気持ちは分かる。

 ただ、相手が変わらないことで苦しむのは自分であり、意固地になって自分を変えようとしなければ、結局は自分が苦しみ続けるだけである。ずっと変わらない現状を苦しみ続けるか、自分から変わろうとするか、どちらが自分のためになるかを思えば考え方も変わる。

 自分の相手に対する行動、発言、態度を変えるために重要なのが、相手に対して抱く感情を変えることである。この感情を変えるうえで、芥川賞作家の平野啓一郎氏が提唱している「分人主義」という考え方をご紹介したい。

 人は置かれている状況や相手によって異なる自分を生じさせる。例えば、会社では部長として厳格な雰囲気の自分、趣味のサークルではいじられキャラのユーモラスな自分、家に帰ると妻に頭が上がらない恐妻家の自分。

 このように状況や相手によって生じる自分のことを「分人」という。一般的には本当の自分が状況や相手によって仮面を使い分けていると考える。しかし、分人主義ではそれらは仮面ではなく、そのすべてが本当の自分であると考える。

 誰かと接している時、その相手というのは自分に対して見せている1つの分人であり、その相手は別の人と接する時は別の分人として接している。これはもちろん自分についても同じであり、状況や相手によって異なる分人としての自分が存在する。

状況や相手によって自分を変える「分人」

 確かに、どんな状況でも相手が誰でも、行動、発言、態度が全く変わらないという人はいないだろう。そのため、唯一絶対のパーソナリティを持った個人が存在すると考えるよりも、状況や相手によって無数の分人が存在するとする分人主義の考え方はうなずける。

 相手に対して好きとか嫌いという感情を抱くのは、自分に対する分人としての相手が好き、嫌いということであり、その分人をもって相手のすべてを知ったかのように考えるのは視野が狭いと言える。

 あるOLの方からこんな話を聞いたことがある。

 仕事のチェックが細かい、神経質で冷淡な感じの男性上司がいた。とても嫌いな上司だった。彼女は長年この上司の下で働き、ストレスを抱え続けてきた。

 そんなある日、会社のイベントで社員の家族も呼んでのバーベキューパーティがあった。そこで例の嫌いな上司が奥さんと子供を連れてきていた。

 そのバーベキューパーティで彼女は今まで見たことのない上司の姿を見る。仕事の場では神経質で冷淡な感じではあるが、子供と接している時のその上司の顔は、何とも言えない優しい表情で、子煩悩な父親としての姿があった。

 加えて、気の強そうな奥様にはやや尻に敷かれているようで、何とも弱腰な夫としての姿も見てとれた。

 「なんだ、可愛いところもあるじゃん」。それ以来、仕事で細かい指摘をされても、どこか憎めない何かをその上司に対して感じるようになった。

 それとともにその上司に対してストレスを感じることもずいぶん減り、自然と上司との関係も良くなったという。

 この話は、上司の自分に見せている分人とは異なる分人を見たことによって、その上司に対するイメージが変わったことから、抱く感情が変わり、関係性も変わったという例である。

素敵な分人が自分を変えてくれる

 この話からも分かるように、どんな人であれ、その背景には置かれている状況や相手によって無数の分人が存在している。

 そして、自分の前に存在している分人としての「その人」が嫌いであっても、自分以外の誰かの前では自分も好感を持てるような素敵な分人としての「その人」が存在している可能性があり、そんな分人としての「その人」を知ることで、「その人」に対する印象も感情も変わる。

 かく言う私も同様の経験がある。

 無愛想で口が悪く、態度も横柄。しかし、頭の回転は速く、ビジネスでは成功している。そんな彼が私は苦手だった。私は彼と話す時はいつもネガティブな感情になり、彼を敬遠するようになった。

 ある時、飲み会で彼と一緒になり、なり行きで彼の隣の席に座るはめになった。何も喋らないのも気まずいので、嫌々ながらも彼と話すことにした。

 話を聞いていると、彼は幼い頃は両親が共働きで、祖母に育てられたおばあちゃんっ子だったという。そして、今でも祖母のところには月に1回程度は元気かどうか様子を見に行っているとのことだった。

 あい変わらず口は悪く、祖母のことを「ばばあ」と呼びながらも、祖母を大切に思っている彼の気持ちが伝わってきた。

 「案外、こいつにも優しいところがあるんだ」。自分の知らなかった優しい分人としての彼に触れた時、私の彼に対する印象は変わった。

 以来、彼に対してあまりネガティブな感情は抱かなくなり、苦手意識も次第に消えていった。すると彼も心を開いてくれるようになり、今では気さくに話すような関係になっている。

 自分に対して見せる分人としての相手のみならず、その背景にある様々な人間関係と、それぞれの分人を理解する。そこに1つでも素敵な分人を見出すことができれば、相手に対する感情は変化するだろう。

人間関係を変えるにはまず相手の理解を

 相手に対する感情が変化すれば、自分の相手に対する行動、発言、態度も自ずと変化する。そうなれば、相手との関係性も変わり、相手の行動、発言、態度にも何らかの変化が見られるだろう。

 そのためにはまず相手のことをよく理解しようとする姿勢を持つことが必要になる。

 さらに言えば、分人主義では、相手が好きということは、その相手に対して見せている分人としての自分が好きということであり、それは相手を経由しての自己肯定になるという。

 そして、相手が嫌いというのであれば、それは相手を経由しての自己否定にもなる。

 その人と一緒にいる時の自分が好き。そんなふうに、相手を好きになることで分人としての好きな自分を増やしていくことができたら、自分をもっと愛せるようになるのではないか。

 相手との関係性を改善するということはそういった意味でも自らにとって大きな意義をもたらす。このような考えに立った時、「人を変えることは可能でしょうか?」という問いに対して何を感じ、そしてどう答えるだろうか。

 その答えはご自身が人間関係について考えるうえで、何らかの気づきをもたらすものではないかと思う。

筆者:藤田 耕司