「駅すぱあと」のアプリ。終電をカウントダウンする「酔っ払いモード」もある(編集部撮影)

鉄道など公共交通を使って出掛ける際、乗り換え案内サービスを使うことはいまや当たり前になっている。ポータルサイトでは、天気予報と同じように乗り換え案内サービスも無料で提供されており、スマホに対応しているので、出先でも便利なことこのうえない。

このプログラムを日本で初めて販売したのがヴァル研究所で、商品名「駅すぱあと」は乗り換え案内サービスの代名詞ともなっている。昨年、ヴァル研究所は創業40周年を迎え、「駅すぱあと」は来年で発売開始30周年になる。

老舗に起きた「変化」


「コミックマーケット」応援キャンペーンで登場した魔法少女のキャラクター(画像:ヴァル研究所)

その老舗であるヴァル研究所が、ここのところなにか変だ。長らく「駅すぱあと」の改善にまじめ一筋で取り組んできた同社だが、最近は「コミックマーケット」に向けて少女キャラの絵柄を使ったキャンペーンを打ったり、利用者減で悩む地方鉄道を応援する「YELL for 鉄道JAPAN」を打ち出したり、これまでとは違った動きを見せるようになってきている。

20年以上にわたり同社を知る者として、この変化がどういうことなのか気になっていた。そこで、直接話を聞いてみることにした。取材したのは、同社代表取締役の太田信夫社長と、ソリューション事業部で広報を担当する福井澪菜さんの2人だ。

取材を申し込んだ際、福井さんからのメール返信には「2015年9月に弊社代表が代わるのをきっかけに、社内の雰囲気や事業の展開もいっそう変わってきたと感じております」とあった。

やはりそうだったのかと納得しつつ、後発の競合他社も数多く登場した現在、乗り換え案内サービスの元祖としてヴァル研究所はどのような位置づけにあるのかを、まずは聞いてみた。

「売り上げの8割はBtoBなんですよ」と太田社長は切り出した。

一般の利用者からすると「駅すぱあと」と聞いて思い浮かぶのはネット上で利用できる乗り換え検索だろう。多くのネットユーザーになじみ深い「Yahoo!乗換案内」のエンジンはヴァル研究所の「駅すぱあと」のものだ。しかし、このようなBtoBtoCの利用は全体からみると、まだまだ利用が限られているという。

一方、企業や官公庁など、BtoBでの利用実績は大きい。たとえば大手不動産業者のサイトにある物件検索サービスには、公共交通機関でのアクセスを示す機能が付いているが、それらはほぼ「駅すぱあと」だという。

また、多くの中央省庁では、交通費精算はもちろんのこと、通勤費の支給額を決めたり、転勤等で定期券を解約したりする際の払戻額の算出にも「駅すぱあと」を使用している。「駅すぱあと」の機能にある「定期券の払い戻し計算」を活用することで、鉄道事業者に問い合わせる手間が省けるため、業務効率が大きく向上するという。

高齢者などを対象に利用拡大

このように、経営基盤となるBtoBは盤石だ。法人顧客数約12万社に対して現在約13億円の売り上げがあり、今年度からの3カ年計画で23億円にまで売り上げを伸ばす目標を立てている。

太田社長は営業畑を歩み、2015年7月に同社の創業期メンバーの後を継いで代表取締役に就任した。この3カ年計画は就任後初となる中期計画であり、同社が得意とするBtoBを推進することとして目標を立てたわけだ。

経営方針の柱は「個人利用の拡大」と「付加価値を高める」という2つの路線だという。「個人利用の拡大」は、前記の法人利用が安定し、Yahoo!乗換案内も定着していることから、利用者層の拡大策として伸びしろのある分野と考えているという。

ただし、その対象は「駅すぱあと」を導入している企業で働く人たちを主体としている点がユニークだ。完全なコンシューマー市場を狙うのではなく、すでに「駅すぱあと」を業務で利用しているビジネスパーソンの個々に対して、利用機会を増やしてもらう方向を目指しているというのだ。

また、従来は利用者の対象として弱かった高齢者層に、これからはパソコンになじんだ世代が増えていくことも視野に入れている。これらの層は、企業勤めのときに「駅すぱあと」に慣れ親しんでいるケースが多い。そのような人たちに引き続き「駅すぱあと」を利用してもらおうという狙いだ。間もなく定年退職を迎える年代層には「駅すぱあと」の知名度が高いこともあり、利用の促進が期待できるという。このあたりが老舗サービスの強みであろう。

「付加価値を高める」サービスの例としては、昨年8月に全国路線図API (Application Programming Interface)、「駅すぱあと路線図」の提供を始めた。


全国路線図API「駅すぱあと路線図」の例(画像:ヴァル研究所)

これは、「駅すぱあと」が持つ鉄道路線図上に任意のデータを反映させることなどができるWebAPI機能、つまりネット上で動く補助機能だ。たとえば不動産事業者が手持ちの物件を登録すると、見込み客が希望する鉄道沿線や駅の近くにある物件を一覧表示することができる。視覚に訴えることで、商談をスムーズに進められるわけだ。

この機能を使えば、公開されている政府系データや鉄道事業者が公開している駅乗降客数データと連動させることでマーケティングに応用できる。また、駅名を英語表示したうえで駅ナンバリングにも対応することで、観光業界が訪日客向けサービスの向上に生かすなど、多彩な応用方法が考えられる。基本サービスはヴァル研究所が提供するものの、それをどう生かすかは利用者次第というところが、既存の乗り換え案内サービスと大きく異なる点だ。

「子連れ」や「酔っ払い」にも対応

また、子連れでの外出を応援する付加価値サービスも提供している。「ママすぱあと」は、子連れで出掛ける人を対象とした乗り換え案内サービスで、ユーザー同士の情報交換機能を持たせることで、ベビーカーで必要なエレベーターの情報を交換したり、おむつ交換台があるトイレの情報交換をしたりしている。さらに、スマホ向け「駅すぱあと」のプレミアムプラン(有料)には、「ママモード」を搭載している。乗り換え時間に余裕をもたせたり、ベビーカーでも乗り換えやすい経路を表示したりといったサービスだ。

このほか、スマホ向け「駅すぱあと」のプレミアムプランには今春、「酔っ払いモード」が追加された。これは「駅すぱあと」アプリ内にある「酔っ払いモード」を選択すると、居場所から最寄り駅を推定。事前に登録してある自宅最寄り駅までの終電の時刻と経路を自動計算してくれるというもの。さらに、その終電までの残り時間も秒単位で示してくれる。飲み会が楽しくて、つい終電の時間を忘れてしまうことはよくある話だけに、うれしいサービスだ。

さらに、新たな展開としては、スマホのカレンダーから駅すぱあとが自動で経路探索し、出張後の交通費精算まで自動で行うクラウド型ビジネス支援サービス「RODEM」も今年2月に発売開始している。このシステムを今後さらに進化させて、いずれは鉄道・バス・船のみならず、さまざまな移動手段を組み合わせられるものにしたいという。

経路検索システムに加え、バスの利便性向上に向けたバス事業者向けのサービスも始まっている。

バスは、時刻データなどの情報をタイムリーに得ることが難しく、経路検索システム各社が苦労しているところだが、ヴァル研究所は路線バスのカバー率が神奈川県と大阪府で91%、兵庫県89%、東京都88%、京都府82%など、首都圏や関西圏では特に強い。


バスロケーションサービス「SkyBrain」の事例(写真:ヴァル研究所)

これらのバス事業者に対して今春から提供を始めたのが、バスの位置情報を収集・配信するためのバスロケーションサービス「SkyBrain」だ。従来からあるGPSだけを使った同種のサービスは精度が低く、実際の道路と離れたところを走っているかのような表示になることがあった。その精度を大幅に向上させ、さらに中小規模のバス事業者でも導入可能な、低価格で提供できるシステムを開発したのだ。低価格化は、バスに搭載する端末に汎用のSIMフリースマホを採用することなどで実現できたという。

同社はこのシステムをさらに発展させて、オンデマンドで必要なところに必要なサービスを提供できるシステムを目指している。これが実現することで、イベント開催時はもちろんのこと、降雨・降雪等で乗客が増えるときに、適切な台数のバスを必要なところに走らせる一方、乗客のいない便を走らせることをなくすようなことも可能にしたいという。

社員は外を見て動け!

検索エンジンはすでにどこも横並びになっている。それだけに、関連ソフトの広がりをいかに発想できるかが、今後のヴァル研究所の発展のカギを握っているとみてよさそうだ。

その発想を得るために、太田社長は「社員は外を見て動け」という方針を出しているという。社内で考えていると、出てくるアイデアは当たり前なものになりがちだが、外部の人とコミュニケーションすると発想が豊かになり、新たな発想も湧いてくるものだ。その効用を熟知しているのは、太田社長が長年営業畑を歩んできた結果であろう。

外を見るには、社員が出掛けるだけでなく、社外の人を自社に呼んで話し合うという方法もある。そのために、ヴァル研究所では講演・勉強会とともに社内見学ツアーを積極的に受け入れており、この1年半に約400人もが社内見学に訪れているという。


「駒次鉄道×駅すぱあと 鉄道落語」の様子。左側の壁に「駅すぱあと」の路線図が映し出されている(筆者撮影)

対外交流は、これらのほかにもあの手この手で行っている。昨年からは、ヴァル研究所本社のある高円寺で開かれる「高円寺演芸まつり」に協賛し、本社で「鉄道落語会」を開催している。「駅すぱあと」ユーザーを集めて、鉄道落語の高座を開くのだ。高座の幕あいには、ヴァル研究所の鉄道好き社員と落語家のトークショーも行われる。

また、地方を応援する目的で、各地の特産品などを同社を通じて通信販売する「駅すぱモール」を開設している。当初は各地の特産品が多くみられたが、最近では、オリジナルヘッドマークをつけた列車を走らせるとか、会津鉄道のラッセルモーターカーの操縦体験など、鉄道好きが興味をもつ商品が多く発売されている。地域活性化を図るとともに「駅すぱあと」ユーザーの拡大も目指す試みだ。

このほか、かつて「駅すぱあと」のCD-ROM版に収録していた「日めくりカレンダー」を再開しようと「乗りもの日めくりカレンダー2018」に向けたフォトコンテストも行っている。かつての「日めくりカレンダー」は、その日にちなんだ内容をピックアップして毎年筆者が作り込んでいた。それを、日付に限定されることなく、対象を鉄道から乗り物全般に広げたうえで、ユーザーを巻き込んで作ろうというわけだ。

新サービスは自由な発想から

これらの取り組みは、そこから直接得られる利益を期待しているのではなく、ユーザーと顔が見える関係を築いていくことで、個人ユーザーの開拓に生かせることを期待してのことだという。それだけに、いまは微々たる動きだが、そこで蓄積したノウハウを使い、いずれは大きく展開していきたいとのことだ。

このような種々の施策の結果として誕生したものの一つが、開発者の実体験から生まれたという前述の「酔っ払いモード」だ。若者を対象に、夏コミ(夏に開催される「コミックマーケット」)を応援するキャンペーンで少女キャラクターを登場させたこともそうだが、発想を豊かに、かつ自由な発想を……との太田社長の方針が実践されていることを感じさせる。

乗り換え案内サービスの老舗「駅すぱあと」は、完成するどころか、いまもって進化している最中であった。その要は「発想力」であり、斬新な発想を得るために、筆者から見ると「なにか変」と感じる活動をしていたことがわかった。

今後も各種サービスの開発進展により、ユーザーに公共交通をより使いやすくするとともに、事業者の経営効率化にも役立つシステムとして「駅すぱあと」は発展していきそうだ。