改憲論議に再び強気の安倍首相(左上)。民進党・前原代表(左下)、小池都知事(右上)が改憲派なのも追い風か。「タカ派イメージの払拭」へ谷垣氏(右下)を担ぎ出す?(撮影:尾形文繁)

秋風とともに内閣支持率の回復傾向が目立つ中、安倍晋三首相が目指すいわゆる「安倍改憲」も息を吹き返しつつある。支持率急落で「安倍1強」が揺らいだ夏には、2018年通常国会での衆参両院改憲発議は絶望視されていた。しかし、再び実現の芽が出てきたと見ているようだ。12日に自民党の憲法改正推進本部は論議を再開。首相が提起した「2020年改正憲法施行」という改憲スケジュールを前提に、今月下旬召集予定の臨時国会での党改憲案提示も視野に党内調整を本格化させる方針だ。

支持率回復に加え、一段と緊迫化する北朝鮮危機や、野党第1党の民進党代表に改憲派の前原誠司元外相が就任したことも「安倍改憲」への追い風となっている。政局秋の陣の分岐点とされる衆院トリプル補選(10月22日投開票)で自民党が「全勝」すれば、同党改憲案の党内論議にも弾みがつく。ただ、石破茂元幹事長ら「安倍改憲」批判派の抵抗が予想される一方、公明党も慎重姿勢を変えていない。臨時国会での与野党攻防や衆院解散のタイミングも絡むだけに、首相の政局運営が今後の展開を左右することになりそうだ。

9月に入って、マスコミ各社が実施した世論調査をみると、安倍内閣の支持率は前月調査より平均で6ポイント前後の上昇となり、読売新聞調査では5割を回復した。一方、各社調査で支持率を上回っていた不支持率も、平均で10ポイント近く下落、支持率を下回った。この結果に首相は自信を回復し、政府与党幹部も安堵の表情を隠さない。

国会論戦での「3人の天敵」のうち2人が消える

8月3日の「出直し人事」とその際の記者会見で8秒間も国民に頭を下げた首相の反省ぶりが国民の不信感を和らげ、支持率回復につながったのは間違いないが、その後の夏休み期間を通じての支持率上昇は、首相を取り巻く内外の政治環境の変化を反映したものともみえる。

政界の夏休み期間の「政治的大事件」は北海道上空を通過した北朝鮮のICBM弾など連続的なミサイル発射と、本格的な水爆実験だ。通常は私邸から通勤する首相がミサイル発射時にはいずれも公邸に泊まって素早く対応を指示したことも、政府の危機管理体制の確かさを印象づけた。併せて首相は、ドナルド・トランプ米大統領をはじめ、関係各国首脳との連続的な電話会談も積極的に行い、国際連携での指導力もアピールしてみせた。

その一方で9月1日が投票日となった民進党代表選の結果と、その後の幹事長人事をめぐるドタバタ劇も首相にとってはプラス要因となった。国会論戦での鋭い追及などで「民進党のジャンヌ・ダルク」とも呼ばれ、前原代表が真っ先に内定した山尾志桜里元政調会長の幹事長抜擢人事が、『週刊文春』が報じた同氏の「ダブル不倫疑惑」で人事決定直前に白紙撤回となり、山尾氏は不倫を否定しながら離党に追い込まれた。「党再生の最後のチャンス」と意気込む前原新体制が船出前につまずいたことが「首相への追い風」(自民幹部)ともなり、臨時国会での与野党攻防での自民優位につながるとみられている。

特に、臨時国会冒頭での首相所信表明演説とこれに対する衆参代表質問や予算委員会での論戦にも影響が出そうだ。永田町で「国会での首相の天敵」と呼ばれるのは民進党の蓮舫前代表、辻元清美幹事長代行に、昨年春の衆院予算委で「幼稚園落ちた、日本死ね」という匿名ブログを取り上げて首相を厳しく追及して一気に知名度を上げた山尾氏を加えた3人だ。この「天敵3人組」のうち、蓮舫氏は代表辞任で表舞台から遠ざかり、山尾氏は離党で論戦参加の機会すら失った。首相サイドは「質疑前から首相が不機嫌になる天敵が自らドロップアウトしたのは、まさに首相の強運の象徴」(側近)とほくそ笑む。

改憲派・前原氏登場で、通常国会発議にも現実味

首相が8月3日の記者会見で、憲法改正について「スケジュールありきではない」とトーンダウンしたことで、永田町では首相が憲法記念日の5月3日に表明した「2020年の改正憲法施行」というスケジュールは「先延ばしの可能性が大きくなった」(公明党幹部)と受け止められていた。首相自身は「改憲論議の進め方に変更はない」と繰り返すが、与党内では「年内の自民党案の国会提示は見送られ、首相も来年の通常国会での改憲発議を断念した」(公明党幹部)との見方が定着しつつあった。支持率急落で首相の求心力が低下し、党内の「安倍改憲」批判派が勢いづいていたからだ。

しかし、1カ月ぶりに再開した12日の党憲法改正推進本部の論議では、首相が5月に提起した「安倍改憲」の内容を支持する意見が相次ぎ、党改憲案の早期取りまとめへの機運も盛り上がった。同本部の司令塔となる高村正彦副総裁も8月29日の講演で「来年の通常国会に改憲原案を提出し、衆参両院での発議にこぎ着けたい」と語った。

これは改憲勢力が衆参で3分の2を占める現状を踏まえての発言だ。現在の衆院議員の任期満了は来年12月だから、衆院選はそれまでに実施されるが、永田町では「衆院での改憲勢力3分の2維持は望み薄」(自民選対)との見方が少なくない。首相が党内論議の取りまとめを委ねた高村氏の発言は、解散前の改憲発議を狙ったものであることは間違いない。

ただ、「安倍改憲」の2本柱となる(1)不戦と戦力不保持をうたった憲法9条1、2項を維持しての自衛隊明文化、(2)高等教育の無償化については、石破氏らが「自衛隊の存在をめぐる憲法上の矛盾を固定化することになる」と異論を唱える。さらに、教育無償化についても財源問題などで反対論があり、簡単に党内論議が収束する状況ではない。

にもかかわらず、来年通常国会での改憲発議に現実味を与えたのは、国会での改憲協議の野党側の主役となる民進党の対応の変化だ。蓮舫代表をトップとした前執行部は「安倍政権下での改憲には反対」という、いわば"門前払い"の対応だったが、前原代表は「国会での改憲論議にはきちんと対応すべきだ」というのが持論だ。

党内保守派のリーダーでもある前原氏はもともと改憲派で、過去に9条見直しや教育無償化を唱えてきた経緯もある。早期改憲に慎重論を唱える公明党は「野党第1党の理解と協力を得ないで多数派による改憲発議を強行することは認められない」(幹部)と繰り返すが、「前原代表が改憲論議に協力すれば、反対する理由がなくなる」(同)ということにもなる。

改憲勢力の小池新党参戦で「3分の2」維持も

もちろん、自民党内でも「憲法改正は最後は国民投票で決まるので、安倍改憲を強引に進めるのはリスクが大きい」(幹部)との声は根強い。「発議の前に改憲を争点とした解散・総選挙で国民の信を問うことが政治の王道」(長老)との指摘もある。

ただ、次期衆院選の構図を考えると、「衆院選後も改憲勢力3分の2を維持できる可能性がある」(維新幹部)との分析もある。自民党が毎月実施しているとされる事前情勢調査では、「魔の2回生」らの苦戦などで「最低でも30議席減、最悪なら50議席減もありうる」との結果が出ているが、民進党の政党支持率がさらに低迷しているため、小池百合子都知事を看板とする「小池新党」が自民議席減の受け皿になるとの見方が支配的だ。

大阪の地域政党から国政進出を果たした日本維新の会の選挙結果を踏まえれば、次期衆院選に「小池新党」が本格参戦した場合は「30議席以上の獲得は確実」(選挙アナリスト)との見方が多い。ただ、「小池新党」は維新と同様に憲法改正には積極的とみられている。小池氏が「バリバリの改憲派」(側近)だからだ。となれば、公明、維新両党が現状維持かそれに近い議席を獲得すれば、改憲勢力での自民の議席減は小池新党が補う可能性も小さくない。だからこそ首相は小池新党の出方を見極めながら解散時期を探るとみられる。

世論調査結果をみると国民の多くが憲法改正の必要性は認めるが、「安倍改憲」の強行には抵抗感が強い。これは首相がタカ派の筆頭とみられているからだが、首相周辺ではそうしたイメージを払拭させるため、党内リベラル派の代表とされる谷垣禎一元幹事長の協力を期待しているとされる。

谷垣氏は不慮の自転車事故による負傷ですでに1年以上入院してハビリを続けているが、側近は「臨時国会召集時には車いすに乗ってでも姿を見せ、政治活動も再開する」と明言した。谷垣氏が表舞台に復帰すれば、首相は「高村氏と並ぶ改憲論議のまとめ役として活動してもらう」との考えとされる。谷垣氏を党憲法改正推進本部の最高顧問などに起用して党内論議の前面に立てれば「改憲に関する国民の安心感が広がる」(首相側近)との狙いがあるからだ。

「最大のレガシー」実現は成るのか?

トリプル補選が自民全勝で終わり、北朝鮮危機が対話路線に転じて日本の地政学的リスクが薄れれば、株価も上がり、さらなる内閣支持率アップにもつながる。9月下旬の国連総会での首脳外交や11月上旬が見込まれるトランプ大統領の初来日などで成果を挙げれば、首相の求心力も強まる。そうなれば来年9月の自民党総裁選での「3選」の機運も高まる。通常国会での改憲発議が実現すれば、3選直後の臨時国会での冒頭解散による衆院選と併せての改憲国民投票実施という「首相のベストシナリオ」への可能性も広がる。史上最長政権による憲法改正という「最大のレガシー(政治的遺産)」実現も夢ではなくなるわけだ。 

しかし、支持率急落の原因ともなった「森友・加計問題」は一向に解明が進まず、首相による「真摯な説明」も実現の気配がない。同問題に絡む新たな疑惑も浮上する中で、政府与党自らが隠蔽工作に走っているような印象を与えれば、再び支持率が低下し、首相も求心力を失いかねない。

公明党の山口那津男代表は13日、訪問先のモスクワで「国民と国会議員の幅広い賛同がなければ(憲法9条改正は)難しい。2020年までに憲法改正が実現するかどうかも見通すことができない」と語った。夏以降の政治環境の好転で息を吹き返したように見える「安倍改憲」だが、今後も首相らの思惑どおりに進むかはなお予断を許さないのが実情だ。