中秋の名月といえば、ススキにお団子が定番の日本の月見。このお月見の風習は、平安時代に唐から伝わったと言われています。写真は月餅。

写真拡大

中秋の名月といえば、ススキにお団子が定番の日本の月見。このお月見の風習は、平安時代に唐から伝わったと言われています。

その元祖・中国では中秋の名月を中秋節と呼んでいます。中秋節といえば月餅。中秋が近づくと親類や友人たちに月餅を贈答する習慣があるため、中秋節後は余った月餅の処理も大変なのだそうです。

さらにこの月餅、油分たっぷり、糖分たっぷりの高カロリー・高コレステロールな食品であるために、中国では胆嚢炎、胆石、高血圧、高脂血症、虚血性心疾患、十二指腸炎、胃炎、糖尿病などを患っている人や、乳幼児・高齢者は「食べるな」と警告しています。なかなかデンジャラスなお菓子です(月餅の名誉のために、実際は菓子パンの方が高カロリー・高コレステロールの危険度が高いと補足しておきましょう)。

そしてもう一つ、中秋節といえば「嫦娥奔月(じょうがほんげつ)」。中秋節に飾られる綺麗な女性が月へ向かって行く姿を描いた絵が、この嫦娥奔月です。この嫦娥奔月には、次のような物語が伝えられています。

嫦娥(じょうが)はもともと不老不死の仙女でした。しかしあるとき、夫であるゲイが帝舜の不興を買ったため、夫と共に天界から地上に落とされ、いずれは老いて死ぬ身となりました。しかし夫のゲイは西王母から不老不死の薬を貰い受けます。西王母は崑崙玄圃にある宮殿に住み、全ての女仙のトップに立つ大変偉いお方です。西遊記の冒頭部分にも登場しますので、日本人にもなじみ深い神様でしょう。

その偉い方からいただいた大切な薬を、嫦娥は夫から盗んで飲んでしまいます。「夫の物は妻の物。妻の物は妻の物」というジャイアニズム的な考えは当然通用しません。彼女は、月にある「広寒宮」へと逃げていきます。その逃げていく姿を描いたのが「嫦娥奔月」です。

たどり着いた広寒宮にて、彼女は不老不死となりますが、薬を盗んだ罰により蟾蜍(ヒキガエル)の姿に変えられてしまいます。月に浮かぶ模様がヒキガエルに見えるのは、薬を盗んだ嫦娥の姿なのです。

そして言い伝えでは、彼女の夫・ゲイが彼女をしのんで月に供えたのが「月餅」なのだそうです。ゲイは古代中国神話における英雄の1人です。ギリシア神話のヘラクレスのように、数々の偉業を成し遂げた物語が残っています。その中に太陽を射落とした話があります。

その昔、太陽は10人の兄弟で、1人ずつ日替わりで空に昇っていました。三皇五帝の1人である帝堯が地上を統べていた時代、その10人の太陽が一度に昇ってしまうという事件が起こりました。そこでゲイは帝堯の命を受け、10個のうち9個の太陽を射落として地上を救いました。

この文句の付けようのない英雄譚は、その太陽が同じく三皇五帝の1人である帝舜の子どもであったため悲劇に変わります。帝舜(当時は禅譲後ですので、いわゆる大御所的な立場)は子供を殺したゲイを疎んじるようになります。その結果、不老不死の身から、やがて老いて死んでいく一般人に“左遷”されたのです。

さらに西王母からせっかく貰った霊薬も愛妻に奪われたあげく、遙か遠い月へと逃げられたわけですから、弱り目に祟り目とはよく言ったものです。間違いなく悲劇の英雄と言っていいでしょう。それでも、自分を裏切った妻をしのんで月餅を捧げたゲイ。それは男気なのか、いえ、もしかして醜いヒキガエルになった妻に、高カロリー・高コレステロールの菓子を与えてさらに……なのか。

ゲイについて考えるのもなかなか面白いのですが、話を嫦娥に戻しましょう。実はもともと、ゲイと嫦娥はそれぞれ別の話であったと考えられます。最も古い「嫦娥奔月」の話は、前漢の時代に編纂された「淮南子(えなんじ)」の中にあります。そこには2人が夫婦であるとは書かれていません。後漢の高誘が淮南子に施した注釈で初めて2人が夫婦であると書かれています。