NHK連続テレビ小説「わろてんか」の
ヒロインのモデルは、吉本興業の創業者・吉本せい


2017年10月2日より放送がスタートするNHK連続テレビ小説「わろてんか」は、吉本興業の創業者・吉本せいがモデルのドラマだ。
吉本興業といえば、6000組以上ものお笑い芸人・タレントを有する日本を代表する芸能プロダクションだが、この巨大企業を一代で築き上げたのが、吉本せいである。

 

夫婦二人で始めた寄席経営
47軒もの寄席を買収し、寄席をチェーン化!


せいは、21歳のときに大阪・船場の荒物問屋の跡取り息子・吉本吉兵衛と結婚。吉兵衛は商売よりも芸事を好み、ひいきの芸人たちを引き連れて遊び歩く典型的な商家のぼんぼんで、借金は膨れ上がるばかりだった。
そんな状況のなか、大阪・天満天神裏の小さな寄席「第二文芸館」を買い取り、寄席経営を始めた吉兵衛とせい。当時、寄席の一般的な入場料が15銭程度だったのに対し、破格の5銭を打ち出し一躍話題となり、二人は20年余りで47軒もの寄席を買収し、寄席のチェーン化を成功させる。
だが大正13年(1924年)、吉兵衛が39歳という若さで急逝。3人の子どもを抱え、もう1人を身ごもったまま未亡人となったせいだったが、転んでもただでは起きない女丈夫。気丈に夫の葬儀を取り仕切ると、のちに吉本興業の社長となる林正之助、吉本興業東京支社の社長となる林弘高という二人の実弟を巧みに差配し事業を拡大、吉本興業は日本を代表する芸能プロダクションとして盤石の体制を築き上げることになる。

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漫才ブーム、芸人の月給制度、プロモーション、
寄席での物販etc. せいが打ち出した数々の戦略とは?

せいが打ち立てた戦略はさまざまあるが、まずは前述した寄席のチェーン化がある。大阪の主要な街に次々と寄席を展開することで“大阪に吉本あり”という状況を作り上げたのだ。
5銭という破格の入場料を補うべく、寄席で冷やしラムネやせんべいを売るなどして物販で大きな利益を上げたのもせいの発案だった。また、演芸といえば「落語」一辺倒だった時代に、いち早く「漫才」の可能性に目をつけ、横山エンタツ・花菱アチャコという空前の人気を誇った漫才コンビを見出し、漫才ブームを巻き起こした。
そのほかにも、人気は絶大だが借金まみれの芸人を月給制にして抱え込んだり、新聞やラジオ、映画などのメディアを巧みに利用し、大阪で局地的に人気のあった芸人たちを全国区の人気者に仕立て上げたりと、今では常識となっている数々の習わしを次々と打ち立てていった。

昭和13年(1938年)には、大阪のシンボルである通天閣を31万円で買収。女手ひとつ、一代で吉本興業を巨大企業に押し上げたせいは、名実ともに大阪を手中に収めたといっても過言ではない。

 

企業家としての大成功と、女性としての幸せ
明治、大正、昭和を駆け抜けた一人の女性の生きざまに触れる 

2017年10月より始まるNHK連続テレビ小説「わろてんか」や、山崎豊子の小説『花のれん』などで、せいの企業家としての成功は目にすることができる。だが、若くして夫を亡くし、夫との間にもうけた8人の子どものうち5人を亡くし、跡継ぎにと思っていた息子も弱冠24歳で亡くすなど、家族に恵まれなかったせいの女性、母親としての想いを読み解くものは皆無といっていい。
本誌『吉本せいの生涯』は、そんなせいのパーソナルな部分にも可能なかぎり迫り、人間・吉本せいをひもとく一冊となっている。明治、大正、昭和の三時代を懸命に駆け抜け、今につながるエンターテインメント界の基礎を作り上げた一人の女性の生きざまに触れてほしい。

 

別冊宝島2615号『吉本せいの生涯』