写真:AFLO

 仮想通貨が関心を集めつつある。仮想通貨はネットを通して物品やサービスと交換できる通貨として考案され、今後は円やドルなどの貨幣に代わって使用される可能性があるといわれる。

 それだけに投資対象としても注目されている。しかし、これまでは詐欺まがいの事件が多く、また目に見えない未知のものであることから、初心者には手が出しづらかった。

 ところが2017年の4月に改正資金決済法が施行され、なにかと問題があった仮想通貨交換業者に法的条件が課せられたうえ、登録制となった。10月1日からは金融庁に登録していない業者は取り扱いができなくなる。

 この法律の施行により2017年は「仮想通貨元年」と呼ばれている。三宅裕之さん(44)がほぼ2日に1回のペースで開催する仮想通貨のセミナーにも参加者が押し寄せる。

「仮想通貨を始めたのは2014年からで、きっかけは以前騙されたことのある男から、リップルという仮想通貨を1円で買わないかともちかけられたこと。怪しいと思ったが、そういう人たちは鼻が利くところがある。もしかすると将来性があるかもしれないと思って、ネットで調べてみた。すると実際にリップルの本社がアメリカにあり、メインの業務は国際送金となっていた。

 たとえば日本から台湾にドルを送ると数日かかり、手数料も何千円とかかる。それがリップルのシステムを使うとなんと数円でできて、送るスピードも4秒から8秒。これはすごい、世の中が変わると思った。それで買う気になった。本社では1リップルが当時のレートで約0.2円。それなら、と購入した。現在は22円(2017年8月末)になっている」

 仮想通貨にめぐり合うまでの三宅さんの人生は凄まじい。もともとはコックだったが、勤務時間が長いうえに立ち仕事、さらに給料は安い。

 なんとかしなければと思って始めたのがブログの代行業。当時mixi(ミクシィ)が出来てブログが流行った。この代行業が大当たり。ところが詐欺に引っかかった。

「5000万円以上やられて、スッカラカンになった」

 税金を含めると1億円近い大借金。やがてきつい取り立てが始まり、奥さんは子供を連れて家を出た。三宅さん自身は31歳でホームレスとなった。埼玉県川口市の公園をうろつきながら、どのように儲けるかをひたすら考えて日々を送った。

「本当にきつかった。アルバイトをしたくても住所も電話も、身分を証明するものがない。川口の不動産屋に行ったときに、僕みたいなのに貸す物件はないと言われた。レオパレスが出来たころで、敷金や仲介料がいらなかった。それも駄目だったが、不動産屋の老夫婦が保証人になってくれた。そして『お前は目が生きているし、若いんだから頑張れ』、そう言ってくれた」

 寝る間もなく働いた。しばらくして電気・水道・ネット代込みで家賃1万5000円の北新宿のゲストハウスに移った。7年間、年7回ある31日を除いて休むことなく飲食、パチンコ店、ホスト、IT関連会社などで一日20時間働いた。

 部屋には2段ベッドが2つあり、その片方の上段の狭いスペースで、ネットで将来の仕事になりそうな種を探しながら、いつか逆転してやるぞと耐え忍んだ。

「なんでもそうだけど、心が折れたら人間負けですよ」と話す。

「借金の区切りをつけてから、ヤフオクやアマゾンでオタクグッズを販売した。これが売れて、稼いだお金で仮想通貨を買った。パソコンでひたすら仮想通貨の勉強をして、これをどのように仕事に結びつけるか考えた。

 その結果、仮想通貨の認知度を高めるためのコミュニティビジネスに行き着いた。セミナーと勉強会だ。実際、参加者には仮想通貨のことを知らない人、買えば必ず儲かると思っている人が多い」

 仮想通貨の世界の総取引高は、8月は17兆円と右肩上がりの伸びを示した。しかし、17兆円は2017年版の世界長者番付1、2位の個人資産を足した額(約18兆円)より少ない。市場はまだまだ小さい。

 各通貨ごとに発行量が決められていることから、市場が大きくなればと期待する向きも多い。

 しかし、なんでも買えばいいというものでもない。数百種あるといわれる仮想通貨のなかには消えてしまった通貨もあるし、初心者にはどれを買えばいいのか見極めが難しい。

 三宅さんの祖父と伯父は証券会社の社長だった。その血が仮想通貨で目覚めた感じだ。「夢を見ずに現実を知る」。これが三宅さんの初心者へのアドバイスだ。

 人生の最終目標は、「若い人がはじけられるようなインターネットを使った教育ビジネス。お金は使わなければ意味がない。僕は貧乏を経験したから、あったらいいなとみんなが思うことをやっていきたい」。
(週刊FLASH 2017年9月26日号)