敏腕部長を破滅させた"黒革の手帖"の中身

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東証一部上場企業のある部長は、毎月数百万円を高級クラブに落としていた。その「経費」はクラブママの脱税を手助けするもので、一部は自身の懐にも入っていたという。不正が発覚したとき、部長はシラを切ったが、ママの「黒革の手帖」が動かぬ証拠となった。なぜママは部長を裏切ったのか――。元東京国税局主査の佐藤弘幸氏が、「古典的でバレにくい」という手口を解説する。

■部長と高級クラブのママはデキていた

東京国税局には、銀座、歌舞伎町、池袋、新橋、六本木など、日本を代表する繁華街を所管する8税務署に「繁華街担当」(バーやクラブなど現金商売・風俗調査の専担部門)が置かれている。部内用語で「ハンカ(繁華街)」、「トクチ(旧名称が「特定地域」だったので、その略称)」、「ピンク(現金業種の部内書類がピンク色のため)」などと呼ばれる。

ハンカの調査官は主たる業務をアフター5に行う。業務の多くを内観調査(内偵)に頼る必要があるためだ。他の職員が「お疲れさま」と言って退庁するころに、私服に着替えてターゲットに向かう。

私がハンカだったころの話だ。東証一部上場企業S社で部長を務める52歳のA氏は、高級会員制クラブ「ミリオンクラブ(仮名)」のママとデキていた。このクラブは会員が100名ほどと小規模だが、紹介でしか入ることを許されないため、A氏のような社会的地位の高い客がたくさんいる。

A氏の羽振りはよく、S社のクライアントのお客さんや、部下を連れてきてはボトルを空け、とにかく飲んでいた。「高級クラブでそんなに飲んで大丈夫か?」と思われるかもしれないが、もちろん支払いは会社だ。月末締めでママに請求書をつくらせ、会社からクラブへお金が振り込まれる。いちばんの常連となったA氏とママはやがて「大人の関係(愛人)」になった。

■「反面調査」でも不正がバレない理由

ミリオンクラブのように繁盛しているクラブのママには、たいてい起業家や上場企業役員などのパトロン(経済的な後援者)がいることが少なくない。パトロンは接待などにより店に多くの客を連れてきてくれるなど、クラブ経営に果たす役割が大きいからだ。

そこで、パトロンのために、店側であるクラブのママが脱税協力をすることがある。やり方はかんたんだ。まずA氏がミリオンクラブで200万円を遣ったとしよう。ママが月末締めで作成する請求書の金額は300万円にして会社へ請求する。すると100万円が残り、A氏はママに手数料を支払って懐に入れる。つまり店側からいえば、請求書払い(月額飲食代の一括請求)を水増し請求して、パトロンの企業から振り込まれる代金から「不正加担金」を差し引いて、パトロンにキャッシュバックするのだ。もちろん支払う企業側は「交際費等」で損金処理できるので、だれの懐もいたまない。

この古典的な手法がけっこうバレにくい。もちろん、請求先のS社は東証一部上場企業なので税務調査を受けるのだが、交際費等が本当に使用された額なのか接待交際のためなのかを確認するためには、S社側の帳簿・書類だけではわからない。S社が使った交際費等が不正かどうかを知るためには、裏付けをとるため、ミリオンクラブへの調査をする必要があるのだ。この場合のように、調査対象者の調査だけでは事実の確認ができない場合に、関係者への調査をすることにより裏付けを補完する調査を「反面調査」と呼ぶ。

ところが、ミリオンクラブへの反面調査はなかなかうまくいかない。A氏とママが愛人関係にあるからだ。もし水増し請求がバレてしまえば、部長であるA氏はクビになってしまう。A氏は店にとっての大切なパトロンだ。売上への影響が大きいため、当然ママは「知らない」としらばっくれる。経費も巧妙に水増しして帳簿を付けているため、なかなか裏がとれないのだ。

■不正の決定打となった「黒革の手帖」

事態は急変する。ミリオンクラブのママからのタレコミにより、A氏の水増し請求が明るみに出たのだ。よく聞けば、どうやらA氏がほかのクラブでお気に入りの女の子を見つけて、入れ込んでしまったらしい。それが原因でA氏とママはケンカ別れした。きっと逆恨みしたママが税務署にチクったのだろう。

不正の証拠はあるのか? ここで登場するのが、いわゆる「黒革の手帖」である。ミリオンクラブのママのように、不正に加担する側の人間は、のちの自己保身のために記録をつけていることが多い。いつ、いくら水増し請求をしたかを、事細かに記録していたのだ。A氏が不正を行っていた、という決定的な証拠となった。ちなみに、私は今年7月、フジテレビの『実録!金の事件簿 こんな奴らは許さない!』という番組にコメンテーターで出演した際、国税へのタレコミに関して「恋人と税理士は、きれいに別れたほうがいい」とコメントした。金の切れ目は縁の切れ目というが、男女の別れ方には特に気をつけたいものである。

ところで、今回取り上げたクラブは、毎年国税庁が報道発表している「不正発見割合が高い10業種(法人税)」の常連であり、ナンバーワンをキープしている。2015年事務年度(7月〜6月が事務年度)の調査事績(2016年11月発表)によると、バー・クラブの不正発見割合は66.3%で、1件当たりの不正所得金額は1438万8000円となっている。ほかの業種と比べて圧倒的に不正が見つかる割合が高い。

■バー・クラブの脱税はどこからバレる?

バー・クラブの不正の手法は、「売上除外(正しい売上を計上しない)」が圧倒的に多い。税務署の調査実施は無予告が原則になるが、初動調査では、売上伝票、ボトル台帳、ボトル現物(ボトルネックの名前や日付確認)、通帳、ホステス送迎記録、メモなどの「原始記録」の把握に努める。経営者が従業員に見せたくない書類もあるので、経営者自宅にも臨場して、ホステスの給与計算書や、取引企業への請求書つづり、通帳などを調査する。

売上除外をした場合、会計係数に異常値が出る。「売上−売上原価=売上総利益」だが、売上を除外すると売上総利益が下がるのだ。売上原価を不正に水増ししても、同じように売上総利益が下がる。そして当局は異常係数が出ると、売上除外、水増し原価または期末たな卸の除外を想定する。つまりすぐさま脱税を疑うのだ。

KSK(国税のデータベース、国税総合管理システムの略称)には過去の売上データの蓄積もあり、そうした売上除外は調査選定機能で「フラグ」が立つことになる。そうかんたんに当局の目をかいくぐって脱税することなどできないのだ。

■「ミリオンクラブ」のその後

さて、後日談である。ミリオンクラブもほかのバー・クラブと同じように、当局の税務調査により申告漏れが指摘され、追徴される運びとなった。やはりミリオンクラブでも例に漏れず「売上除外」をしていた。

そのときの調査官に聞いて驚いた話がある。ミリオンクラブのママは、A氏とライバル企業の関係にあるT社の重役と実はデキていた、というのだ。母子家庭のママは、子供を有名私立に通わせるため、新たなパトロンとなったT社の重役に保証をしてもらった、ということらしい。どう見ても「ただならぬ関係」である。これはまったくの余談だが、クラブの女の子は思いのほか母子家庭の割合が高い。

A氏の水増し請求をママがタレコミした、本当の理由が、もしT氏の重役との「大人の事情」によるものだったとしたら……。もちろん、真実はヤミの中だ。何がきっかけだったかは知るよしもない。一介の税務調査官がこれ以上、個人の私的な問題に踏み入るのも野暮である。このへんにしておこう。

新刊『富裕層のバレない脱税』(NHK新書)では、今回の記事で書いたようなバー・クラブなどの現金商売から、宗教法人、富裕層の脱税まで、元国税局員としての経験をもとにさまざまな脱税手法を取り上げている。特に私が所属した国税局資料調査課(通称「リョウチョウ」)は、マルサを超える最強部隊とも称される部署であり、ターゲットは「大口」「悪質」「宗教」「政治家」「国際取引」「富裕層」など調査するのが困難な案件を多く担当した。その経験に基づいた本なので、脱税手法や税務調査に興味のある方は参考にしていただければ幸いだ。

なお、本稿は国家公務員法、税法および税理士法で定める守秘義務に配慮するため、一部創作を含んでいる。悪しからずご了承いただきたい。

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佐藤 弘幸(さとう・ひろゆき)
元東京国税局・税理士
1967年生まれ。プリエミネンス税務戦略事務所代表。税理士。東京国税局課税第一部課税総括課、電子商取引専門調査チーム、統括国税実査官(情報担当)、課税第二部資料調査第二課、同部第三課に勤務。主として大口、悪質、困難、海外、宗教、電子商取引事案の税務調査を担当。2011年、東京国税局主査で退官。著書に『国税局資料調査課』(扶桑社)、『税金亡命』(ダイヤモンド社)がある。

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(元東京国税局・税理士 佐藤 弘幸)