先場所、39回目となる賜杯を手にした平成の巨人。理想の立ち合いからライバル稀勢の里への思い、酒席での仰天秘話まで一挙出し!

■大相撲の歴史を変えた!千代の富士、魁皇を超え、史上最多勝
 大関に昇進した高安の活躍や、負傷した横綱・稀勢の里の復活などが注目された名古屋場所だが、それでも主役は“この男”だった。千代の富士(故・九重親方)の1045勝、そして魁皇(現・浅香山親方)の1047勝を超え、史上最多の通算勝ち星を更新。前人未到の1050勝を挙げて、39回目の優勝を果たした横綱・白鵬である。

 表彰式後の土俵下のインタビューで、「名古屋場所が今回60回の記念大会で、第1回昭和33年は初代若乃花さんが優勝しました。若乃花さんがモンゴルで父と(番組の企画で)対談しまして、そのとき、私は6歳でした。若乃花さんからお菓子をもらいまして、それがうまい棒だった。名古屋場所で優勝できて縁を感じます」と、故・初代若乃花との縁を淡々と語った白鵬だが、これまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

■牛乳を“水代わりに”1日5〜6リットル
「師匠の宮城野親方(元幕内・竹葉山)も話していましたが、00年に15歳で来日したとき、体重が62キロしかなかったといいます。そんな白鵬少年を心配した親方は、体を大きくするため、牛乳を“水代わりに飲め”と1日5〜6リットルを飲ませて、体の土台を作ったといいます」(専門誌記者)

 また、驚くべきは、1050勝の8割近くが、“常に勝たなくてはならない”重圧を受ける、横綱として挙げたものだということだ。10年以上も角界の頂点に立ち続ける白鵬。秋場所は残念ながら休場となってしまったが、その人となりや強さの秘密に、この機会に迫ってみたい。以下は、本人や関係者の発言などから浮き彫りになった“史上最強の横綱”の知られざる素顔である。

■憧れの力士は?初代若乃花との“不思議な縁”
 まず、憧れの力士は誰なのか? 冒頭、名古屋場所で白鵬が語った初代若乃花との“不思議な縁”について補足するのは、『横綱』(講談社)などの近著があるノンフィクションライターの武田葉月氏である。「若貴兄弟の叔父にあたる若乃花こと花田勝治氏は、番組の企画でモンゴルを訪れた際、モンゴル相撲の大横綱だった白鵬の父と対談をしています。そのとき、花田氏からお菓子をもらったことを、白鵬は昨日のことのように覚えているんですね。当時は花田氏が偉大な横綱だったことは知らなかったようですが……」

■大横綱・大鵬は白鵬にとって“日本の父”
 以来、初代若乃花を敬愛している白鵬だが、四股名の“鵬”の文字をもらった大横綱・大鵬への傾倒ぶりは、それ以上だろう。「横綱になる前から、白鵬をかわいがり、横綱になってからも、さまざまなアドバイスを送った大鵬さんは、白鵬にとって“日本の父”とも言える存在。お墓参りも欠かしません」(前同)

 そして角聖・双葉山は、白鵬が土俵入り、立ち合いを参考にしている存在だ。「双葉山が極めたとされるのが、“後の先”といわれる立ち合い。あえて自分から攻め込まず、相手を受け止めてから瞬時に得意な形に持ち込むというもので、この後の先を白鵬は体得しようとしていました。最近は、ケガの影響や加齢による衰えもあって、後の先を体現するのは厳しいのが現状ですが……」(前出の専門誌記者)

 白鵬本人も、こう語る。「“後の先”というのは精神的に大変なものがあって、“後の先”を15日間やるのであれば、富士山の上に、もう一つ富士山、そのてっぺんに“後の先”がある。(1場所)15日間戦って“後の先”を一番多くやった取組で3番くらい。プロスポーツというのは結果を残さないといけない。その結果、負ければ横綱というのは引退ですから」

 近年、立ち合いの変化や張り手、カチ上げなどの荒々しい相撲に“横綱らしくない”などの批判が集まることもある白鵬だが、負ければ引退の強い覚悟で相撲に向き合っていることの証しとも言えるだろう。「優勝回数や通算勝ち星など、ありとあらゆる記録を塗り替えてきた白鵬が、達成できていないのが、双葉山の69連勝。そうした意味でも、双葉山は白鵬にとって永遠の目標と言えるでしょう」(前出の武田氏)

■少年相撲大会「白鵬杯」を開催し、後進の育成
 一方で、後進の育成に力を入れているのは、意外と知られていない。今年で7回目を数える少年相撲大会「白鵬杯」は名前の通り、横綱自らが開催する相撲大会。日本はもとより、アメリカ、モンゴル、中国、韓国、タイの少年たちが1000人以上集まり、毎年熱戦が繰り広げられている。

「各地で予選が行われる“わんぱく相撲全国大会”と違い、白鵬杯は相撲を取りたい少年は誰でも参加できるところが特徴です。白鵬は“多くの子どもたちに相撲に興味を持ってもらいたい。相撲を通して勝ち負けだけじゃない、何かを学んでほしい。思う存分戦って負けても、きっと心が強くなる。(相撲を取る)君たちは日本の宝だ”と話しています」(前同)

■打ち上げパーティーやカラオケでストレス解消!?
 そんな相撲道を邁進する白鵬だが、ストレスは溜まらないのだろうか?「角界の第一人者である横綱は孤独だといわれます。いったん、横綱に昇進すれば、降格はない。それだけに、成績が振るわなければ“引退”に追い込まれる。厳しい地位だけに、周りの力士たちに弱みを見せることは許されません。本場所中は、“孤高”に徹して、勝負に集中。白鵬はアルコール類も口にしません」(スポーツ紙相撲担当記者)

 とはいえ白鵬は、基本的に一人でいるのは嫌いなタイプ。千秋楽の夜は大勢の友人たちと打ち上げパーティーで盛り上がるという。「その場で白鵬自ら参加者に振る舞うのが、“白鵬特製ドリンク”。ビール、ウイスキー、シークワーサージュースなどをブレンドしたドリンクは、アルコール度数もかなりキツい代物ですが、“飲まない”という選択肢は許されません(笑)」(武田氏)

 また入門当初、カラオケを通して日本語を覚えたという白鵬は、「松山千春やBEGINなど、レパートリーも幅広く、特に『三線の花』は、うっとり聴き入ってしまうほど」(前同)の美声の持ち主だという。

■ゲームでも負けるのが大嫌い!勝つまで続ける
 “スー女”として知られるアイドルの山根千佳は、「カラオケではサビまでお弟子さんが歌って、サビから自分が歌う……。いいところを、すべて持っていってしまう(笑)」と、横綱のお茶目な一面を暴露する。また、ベテランの相撲ライターは、「素顔はとても負けず嫌いな人。酒の場で始まった、ちょっとしたゲームでも負けるのが大嫌い。絶対に自分が勝つまで続ける」と、勝利への執念を感じさせる逸話を披露する。

■大相撲ブームの立役者・稀勢の里への思い
 では、相撲で“絶対に勝ちたい相手”稀勢の里を、どう考えているのか?「白鵬は現在の相撲ブームを喜んでいます。稀勢の里が19年ぶりの日本人横綱になり、4横綱の時代となったことを“心からずっと待ち望んでいた”と満面の笑みを浮かべて発言していたのが印象的でした。“一人横綱”として角界を支えた苦難の時代を思い、感無量だったんでしょうね」(前出のスポーツ紙記者)

 一方で、武田氏のインタビューに応えて白鵬は、「人々の関心が稀勢の里に集中する中で、私は冗談っぽく“白鵬も忘れてもらっちゃ、困るよ”などと言っていましたが、事実、“このままでは本当に白鵬という存在を忘れられてしまうのではないか……”、そんな危機感に駆られていたこともありますね」と不安を口にしたこともあった。

 とはいえ、そこは大横綱。自身が負傷で休場した春場所で、左肩にテーピングを巻いた状態で優勝した稀勢の里に、惜しみない賛辞を送っている。「あまりにも劇的な優勝に、私も驚くしかありませんでした。厳しい状況を打ち破って土俵上に立つ稀勢の里の堂々たる姿に、ただただ感服させられました。横綱の強さを見せつけた稀勢の里の活躍は、先輩横綱として頼もしく感じましたし、私も改めて“頑張らなければいけない”という気持ちが強くなりましたね」 その気持ちが先場所の偉業につながったのだろう。

■お母さんから“もう少しモンゴル語を勉強しなさい”
 2015年6月、拓殖大学で特別講義を行った際、「モンゴルに帰ると3〜4日はモンゴル料理が懐かしくておいしいけど、5日目から白い米とみそ汁が飲みたくなる。優勝インタビューで両親や国に感謝の気持ちを伝えるが、次の日に、お母さんから電話で“もう少しモンゴル語を勉強しなさい”と言われる」と、止まらない“日本人化”を打ち明けた白鵬。史上最強の横綱は、今後、どこまで躍進し続けるのか。