陸上男子100mで桐生祥秀選手が9秒98の日本新をマークしたというニュースを知ったのは、テレビの画面に突如、現れたニュース速報のテロップだった。
 
 速報がよく似合う、スピード感溢れるまさにスポーティなニュース。金メダル獲得でもない。世界記録の誕生でもない。だが、10秒切りは、それ以上の価値を感じさせる、胸のつかえを取ってくれるような明快なニュースだった。
 
 ゴルフやテニスの4大大会で、日本人が優勝することも同様な種類のニュースだ。錦織圭の優勝はしばらくなさそうだが、松山英樹には大きな期待が掛かる。9秒台の次に待たれるのはこちらだ。
 
 サッカーのW杯出場を懸けた戦いにも、かつて似たような訴求力があった。ドーハやジョホールバルの戦いは、大きな壁に挑む戦いだった。10秒を切る、切らないより、低レベルの話ながら、当時の日本にとって画期的な話。予選突破は、みんなで歓喜したくなる、分かりやすい出来事だった。
 
 それがいまやW杯本大会出場を決めても、ニュース速報で流す必要もなさそうなほど、当然の出来事になっている。ニュース価値は、むしろ落選した方が断然、高い。
 
 本大会ベスト16もクリアしたいま、明確な目標値を見つけ出せずにいる。本大会ベスト8がそれになるのだろうが、日本のサッカーを客観的に見て、正直、そこまで高い期待は抱けない。期待値のバロメーターとも言うべき視聴率は、本大会出場を決めた先のオーストラリア戦でさえ24.2%だった。4年前のアジア最終予選オーストラリア戦(最後から2試合目)の視聴率が38.6%だったので、14.4%もダウンしたことになる。
 
 W杯本大会出場に、感激が薄れていることは確かなのだ。国民の多くと喜びを一緒に分かち合えるテーマではなくなりつつある。
 
 日本人初のチャンピオンズリーガー誕生なるかも、かつては大きな関心事だった。01−02シーズンの話だが、それから16シーン経過したいま、個人の戦いでも、目標を失っている。中途半端。伸び悩みだ。チャンピオンズリーグのファイナリストに名前を刻む日本人選手が現れるくらいでないと、画期的なニュースにはならない。
 
 とはいえ、スポーツで訴求力が高いのは個人より団体だ。選手名よりニッポン。日本代表は潜在的に高いポテンシャルを秘めた集団なのである。
 
 日本のサッカー界で最近発生した、ニュース価値の高い出来事は、昨年末のクラブW杯で準優勝した鹿島アントラーズだ。Jリーグの覇者として開催国枠で出場した鹿島は、アフリカ代表(マメロディ・サンダウンズ)、南米代表(アトレティコ・ナシオナル)を次々に撃破。番狂わせを2度続けて起こし、決勝に進出した。
 
 そのレアル・マドリーとの一戦も90分の戦いでは2−2。主審がセルヒオ・ラモスに2枚目のイエローを翳していたら。終了間際、遠藤康が放った右足シュートが枠を捉えていたら、番狂わせが成立していた可能性がある。
 
 その時、多くの日本人が鹿島を応援していた。鹿島がJリーグの代表として戦う姿は、まさに日本代表そのものだった。
 
 今季も鹿島は好調だ。Jリーグでは現在、2位川崎に勝ち点6差をつけ首位を走っている。だが、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)では、決勝トーナメント1回戦で、広州恒大にアウェーゴールルールの末に敗れ、その結果、石井監督は解任された。

 クラブW杯で2年続けて優勝を目指すことは簡単な話ではない。だが、一度、決勝進出を果たすと、観戦者の要求は上昇する。次に10秒を切るタイムで走るランナーが現れても、ニュース速報は流れないであろうことと、それと同じ理屈だ。

 一度達成されてしまえば、ニュースバリューは大きく後退する。次なるテーマは、簡単には見つからない。欧州チャンピオンズリーグで2連覇を達成するチームが、昨年のレアル・マドリーまで27シーズンもの間、出現しなかった大きな理由の一つといってもいい。