佐賀市の住民グループが、佐賀平野で約400年前の江戸時代初期から整備されてきた水路を、まちおこしに活用しようと取り組んでいる。

 イタリア・ベネチアやオランダの首都アムステルダムのような「水の都」に生まれ変わらせたいとの夢を抱く。行政も住民主導の観光資源づくりを後押しする。

 「魚やカメが住む水辺が、街の中にたくさんある。生かさない手はない」

 佐賀市の建築家、川崎康広氏(34)は平成27年夏、同じ思いを抱いていた地元の建築士会や大学、民間非営利団体(NPO)の関係者らと活動を始めた。山地が少ない佐賀地方は古来、水不足に陥りがちだった。そこで、肥前鍋島藩は水路の整備を進めた。

 佐賀県が幅6・5メートル以上に限定して水路を調べたところ、平野一円での総延長は約1300キロに達した。貯水量も約2200万立方メートルで中規模のダムに匹敵する。こうした水路はいまなお、農業用水の供給や、雨水の排水を担う。

 川崎氏らは27年秋、佐賀城下の水運を支えたとされる水路「十間堀川」で、カヤックが航行可能か試した。「風景は新鮮で、探検気分も味わえた」という。

 カヤック巡りのイベントを開くと、参加者の反応は上々だった。

 県なども協力する。十間堀川の南にある別の水路「裏十間川」では昨年10月と今年3月、青果店や雑貨店など20軒が出店を開いた。佐賀市もPR活動や水路調査に協力する。馬場範雪副市長は「東洋のベネチアと称されるぐらいのにぎわいをつくり出したい」と期待する。川崎氏らは今春、水路を意味する英語にちなんだ市民団体「さがクリークネット」を設立した。明治時代の銀行や旧家といった旧長崎街道の周辺に残る歴史的建造物と、商店や飲食店を、小舟で巡ることを構想し、実現へ奔走している。