女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

「独身」か「妻」か、はたまた「ママ」か。

結婚・出産でライフスタイルが急変する女の人生。恋愛から結婚、そして子育て。それぞれのカテゴリーで、興味の対象も話題もがらりと変わってしまう。

大学時代からの仲良し3人組、沙耶とあゆみ、そして理香。しかし、理香がいち早く結婚しママとなったことで関係に異変が

30歳の誕生日目前、ついに結婚が決まったあゆみ。

やっと“そっち(理香)側”に行けたと喜ぶが、理香から「子どもは早い方がいいわよ」などと要らぬお節介を焼かれ辟易する。

あんなに望んで手に入れた「妻」の座。しかし女の人生は、そう甘くない。




働く妻の葛藤


「うそ、もうこんな時間...?!」

土曜日。

目を覚ましたあゆみは、寝ぼけ眼で枕元に置いたスマホを確認し、画面を二度見した。

10時23分。

今日は12時から表参道の『ビストロ ブノワ』で、大学時代の友人たちとランチの約束がある。急いで支度しなければ、遅刻だ。

友人と言っても卒業後はほとんど連絡を取っていないメンバーだが、あゆみの結婚報告をSNSで見たのだろう、「妻会しましょう♡」と誘われたのだ。

未だいびきをかいて爆睡している夫・悠太を残し、あゆみはそっとベッドを抜け出す。

水でも飲もうとリビングに立ち寄ると、ソファに置いたままの鞄や靴下、テーブルに出しっぱなしの雑誌や郵便物、キッチンに放置された空き缶が、嫌でも目に入る。

-また、片付けてない...

夫・悠太は何度注意しても片付けができない。散らかり放題の部屋に、朝からうんざりとした気持ちになった。

平日は仕事をこなすだけで精一杯だ。家事まで手が回らないものだから、週末の朝は溜まった掃除と洗濯をこなし、惨状を回復する労働からスタートしなければならない。

...しかもその仕事は、1円にだってならないのだ。


「妻」は夫をサポートする存在であるべきなのか?


専業主婦VS兼業主婦


「独身」でも「ママ」でもない。同じ「妻」の集まりなら気楽だろう。

そう思って参加した「妻会」であったが、しかしそんな考えは間違いであることを、あゆみはまたしても早々に思い知らされることとなった。

お店に集った懐かしい顔ぶれは、菜々子と遥。あゆみが二人と会うのはかなり久しぶりだが、全員、大学時代にフランス語のクラスが一緒だったメンバーだ。

集まった妻たちは、皆、優雅なインテリアと美しいお料理を前に上品な微笑を浮かべている。

しかしそこで交わされる会話は、はっきり言って下世話以外の何物でもなかった。




「あゆみのご主人は、何されてるんだっけ?」

ランチも序盤、そう聞いてきたのは菜々子だった。

彼女は日系航空会社でCAをしていたが、都内で複数の飲食チェーンを経営する男性と結婚を決めたとたん、退職して専業主婦となった。

「うちの夫は、私と同じ会社の先輩で...」

答えを聞いた菜々子は口元だけで笑い、短く「ああ」とだけ言ったが、細めた目尻に滲む優越をあゆみは見逃さなかった。

「あゆみ、まだ働いてるんでしょ?仕事していたら、家事との両立、大変ねぇ」

哀れむように菜々子がそう言うと、隣に座る、同じく専業主婦である遥も大きく頷きながら同調する。

遥は独身時代、敏腕MRとして活躍していたが、一方で医者との結婚に異様なこだわりを見せるドクターラバーとして有名だった。その甲斐あって、等々力で開業医を営む医師との結婚に無事こぎつけたようだが。

「ほんと、働きながら主婦してる人って尊敬するわ」

尊敬、と言う表情は露ほども見せない遥にそう言われ、あゆみは言いようのない不快感を感じずにはいられなかった。それは一種、罪悪感にも似た感情である。

先ほど、ここに来る前に見た自宅の惨状が脳裏に浮かぶ。結局、片付ける時間もなくそのままの状態で家を飛び出してきた。

今頃、夫はようやく起きて、自分でコーヒーでも淹れているだろうか。

はっきり言って、男性と同じレベルで働きながら主婦業を完璧にこなすことなど不可能だ。実際、現状は最低限のことすらできていない。

夫・悠太も、家事を手伝うことすらしないが、あゆみの大変さはわかっているのだろう。文句を言われたことはまだ一度もない。...今のところは。

「でも」

息苦しくなったあゆみの口から出た言葉は、ほんの少し語気が強くなった。

「菜々子も遥も頭が良くて、稼ぐ力もあるのに、専業主婦で家にいるだけだなんて勿体無いわね」

あゆみの言葉に、ふたりの専業主婦は顔を見合わせている。

しかし暫しの沈黙は、ふたりがあゆみの言葉に納得したからでは、決してなかった。

それは、菜々子があゆみに向けた冷ややかな目が物語っている。

「...そうかしら?」

ゆっくりとした仕草で牛フィレにナイフを入れる菜々子。そして彼女は静かに、こう続けた。

「勿体無いとは思わないわ。妻はサポートに徹して、そのぶん夫に稼いでもらったほうが良いと思うから。それが、賢い女の生き方じゃない?」


菜々子の言葉がぐさりと刺さるあゆみ。しかし家に戻ると、まさかの光景が。


女は皆、不安なのだ


「ただいま」

夕方、重たい足取りで自宅に戻ると、キッチンから聞きなれぬ水音がする。

不思議に思いながら覗き込むと、思いもよらぬ光景が目に飛び込んできた。

「...何、してるの?」

「何って(笑)見ての通り食器洗いだよ」

こんなことは、悠太と結婚する前もしてからも初めてのことである。驚きのあまり「ありがとう」の言葉もすぐに出てこない。

我に返って周囲を見渡してみると、出かける前は散らかり放題だったリビングも、きちんと片付いているではないか。

「食洗機の使い方がわからないから手洗いしたよ。あゆちゃん、今度教えて」

「悠太、どうしたの?って言うか、ありがとう...」




あゆみがようやく感謝の言葉を述べると、悠太はふっと柔らかい表情を見せて笑った。

「あゆちゃん最近、仕事大変そうだから。家事も完璧にしなきゃ、とか思わなくていいからね。俺別に、そういうの求めてないからさ」

彼の笑顔を見て、あゆみは「ああ、そうだ」と、思い出した。悠太の、この優しい笑い方が、大好きなんだ。

洗い物を続ける悠太の背中から腕を回し、頬を寄せた。温かい体温を感じて心がふっと軽くなる。

-妻はサポートに徹して、そのぶん夫に稼いでもらうのが賢い女よ。

昼間、菜々子に言われた言葉。それも、確かに一理あるのかもしれない。しかし、夫婦のあり方なんて人それぞれだ。

「私たちは私たちのやり方で、幸せになればいいのよね...」

小さく呟いたあゆみに、悠太は無言で応じる。

いち早くママになった理香からは「早く子どもを産んだ方がいい」などと余計なお節介を言われ、今日は菜々子や遥から「賢い妻は夫のサポートをするものだ」などと働く妻を一段下に見るような発言をされた。

女はどうしてこうも、自分と違うカテゴリーの女を敵視し合うのだろうか。

しかしそういうあゆみも、ついさっきまで、自分と違う「ママ」や「専業主婦」に対してどこか釈然としない思いを抱いていた。

けれどもこうして、そばに寄り添ってくれる人がいるだけで心は救われる。他人に何を言われようが、どうでも良いと思える。

-結局、女は皆、不安なのかもしれない。

夫のぬくもりに包まれながら、あゆみはそんな風に思った。

女の人生は、結婚・出産でライフスタイルが急変する。自分も、周りも。

だから、不安になる。

不安で、自分の選択を正しかったと思いこもうとする。

きっと女たちは、別の選択肢を否定することで、どうにか精神の安定を保っているのだ-。

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久しぶりに集まることになった理香と沙耶、そしてあゆみ。そこで起きた、ある事件。