民進党の山尾志桜里衆議院議員(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

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●コキュ(寝取られ男)

 山尾志桜里衆議院議員の不倫疑惑が報じられた。事実とすれば、山尾議員の夫は「コキュ(cocu)」になる。「コキュ」とは、「寝取られ男」を意味するフランス語であり、フランスにはコキュ小説の系譜がある。

 コキュが数多く登場する日本文学の傑作といえば、『源氏物語』だろう。主人公の光源氏は亡き母とそっくりの継母を慕い続け、父である帝から寝取ってしまう。その後も、超モテ男の源氏はアバンチュールを重ね、そのたびにコキュが生まれる。もっとも、継母を寝取ってから20年あまり後、源氏は継母の姪を正室として迎えるが、その妻を若い男に寝取られ、自分自身もコキュになる。まさに因果応報である。

●江戸時代にも存在したコキュ

『源氏物語』以降も和歌、演劇、浮世絵などで取り上げられてきたコキュは、実際に少なからず存在したようだ。たとえば、江戸幕府の定めた「御定書百箇条」には「密通いたし候妻、死罪」とあり、「密通の男」(不倫相手)も死刑とされていて、不義密通は命がけだったが、それでも密通する男女はいた。

 当然、コキュが生まれる。江戸時代、コキュは妻とその相手を殺しても「構い無し(罪を問わない)」とされていたが、みんながみんな簡単に間男を殺害できるわけではないだろう。まず、そんなことをすれば、妻を寝取られたという自分自身の恥を世間にさらすことになる。かといって、何もせずにいたら、妻の不倫に気づかないアホ亭主、あるいは知っていても何もできない臆病者と思われるかもしれない。そのうえ、間男を討ち果たそうとして、逆に返り討ちにあう可能性もないわけではない。

 そんなこんなでコキュは苦悩するわけで、そこからさまざまな解決策が生まれた。たとえば、妻が弟子の若者と密通していることを知った浪人は、狐を切って「あいつが潜んでいたので討ち果たしたのだ」と言い放ったという。妻も若者も傷つけないように、すべてを狐に押しつけたわけである。

 なかなか粋な解決策だが、一般的には人妻との密通が発覚すると、間男が夫に“お詫び”として「首代(謝罪金)」を支払う習わしがあったようだ。さらに、詫び証文を提出することも少なくなかった。人妻との不義密通を詫び、以後二度と関係しない旨を文書で誓ったのだ。したがって、妻の不義密通が発覚したからといって、常に切った張ったの大立ち回りになったわけではなく、多くはむしろ穏便にすませようとしたことがわかる。

●女子の貞節

 明治維新後も、1947年に廃止されるまで、夫の姦通の罪は問わず妻の姦通のみを罰する姦通罪がわが国にはあったが、それでも人妻の不倫がなかったわけではない。2014年のNHKの連続テレビ小説『花子とアン』で、仲間由紀恵さんが演じた葉山蓮子のモデルになった歌人の柳原白蓮は、その典型だろう。あのドラマで、吉田鋼太郎さんが演じた九州の石炭王、嘉納伝助はコキュである。

 姦通罪があった時代でも不倫する人妻がいたからか、明治時代の作家、斎藤緑雨は、「女子の貞節は、貧の盗みに同じ。境遇の強ふるに由る」と述べている。女性が貞節を守るのは好きこのんでではなく、仕方なくだと主張したわけで、女性の貞節をあまり信頼していなかったのかもしれない。

 似たようなことを17世紀のフランスの名門貴族、ラ・ロシュフコーも言っている。

「女の貞節は、多くの場合、自分の名声と平穏への愛着である」
「貞淑であることに飽き飽きしていない貞淑な女は稀である」

●コキュ小説に期待

 2人とも毒舌で知られているだけに、女性にとっては耳が痛い。ただ、既婚の女性有名人の不倫報道が相次ぐ現状を見ると、実は的を射ているのではないかと思わずにはいられない。矢口真里さん、中山美穂さん、上原多香子さん、斉藤由貴さん、そして今回の山尾志桜里さん。

 いずれの女性も美しく魅力的で、年齢よりも若く見えるので、周囲の男性が放っておかないだろう。そのうえ経済力があるので、不倫が発覚して夫に捨てられても、生活には困らない。だから、「境遇の強ふる」状況ではなく、貞節を必ずしも守らなくてもいいからこそ、不倫に走るのかもしれない。

 経済力のある女性が増えているし、女性の社会進出に伴って夫以外の男性との出会いもますます増えるだろう。当然、不倫も、コキュも増えるはずだ。そうなれば、コキュの葛藤を描いたコキュ小説が生まれるかもしれない。優れたコキュ小説の書き手の出現に期待する次第である。
(文=片田珠美/精神科医)