マツダの第6世代商品群。

写真拡大

マツダの現行8車種は、すべてチーターがビジュアルイメージとして使われている。それはコンパクトカーでも、SUVでも、スポーツカーでも同じだ。なぜチーターなのか。そこにはマツダクルマづくりの「背骨」が影響していた――。デザイン部門トップ・前田育男常務のインタビューシリーズ、第3回をお届けします(全5回)。

マツダは2012年2月以降に発売した8車種(※)すべてに、同じデザインコンセプト「魂動デザイン」を投入し、販売台数の少なさを補おうとした。単一車種では市場で埋没してしまうが、全モデル8車種を束ねれば大きな存在感を示せる。それが前回書いた「8本の矢は折れない」という戦術だった(参考:マツダ車はなぜ「みな同じ」に見えるのか http://president.jp/articles/-/22928)。

※2012年2月以降発売の新世代商品群(デミオ、アクセラ、アテンザ、CX-3、CX-4、CX-5、CX-9、ロードスター)8車種。これらは「第6世代商品群」または「新世代商品群」と呼ばれている。なお第7商品群は2018年から登場予定。

マツダのデザイン部門を統括する前田育男常務は、これを「個別車種デザインから、ブランド戦略デザインに変更した」と言う。一台一台違ったデザインをつくるのではなく、そのエネルギーを全体のレベル向上に集中し、共通するひとつの基盤を最良の物に仕上げることで、世界に負けない水準に引き上げることを目指したのである。併せて、アテンザはこう、CX-5はこう、ロードスターはこう……というように、それぞれの車種がマツダブランドの中で果たすべき役割を定義した。

それはまさにコモンアーキテクチャーの神髄である。コモンアーキテクチャーの生みの親のひとりである藤原専務の言葉を借りれば、それは「固定と変動」である。また前田常務も、「固定する部分に全戦力を集中する」というコモンアーキテクチャー戦略の中で「魂動デザイン」を作り上げていった。

■デザインを「束ねる」とは

「魂動デザインの中で、固定した部分とは何か?」という筆者の問いに対して、前田常務は「ブランドフェースと全体のフォルムに共通感を持たせることを心がけた」と話す。ここで言う「フェース」とはまさにクルマの顔のデザインである。フェースについては一定の造形を共通とし、クルマ全体のフォルムに関しては雰囲気がブランドとして統一されるデザインを求めたという。

マツダは第6世代を通して「ブランド価値経営」を大きな柱としている。今までのマツダにもブランドという意識が無かったわけではないと断りつつも、それを束ねて行くという意識が欠けていたと前田常務は語る。つまり、個別の車種で個別の個性を出していくことを優先していたということだ。

「束ねる」という作業は、まずはブランド全体の中で、車種ごとの戦略的ポジションを決め、それがブランド表現の中でどんな役割を定義するのかを定義するところから始めた。全体のブランドが進化する中で、このクルマはこういう部分を引っ張っていくという役割を与えたのである。そうでなければ、どのクルマもただ類似のデザインになるだけで全体を束ねていかれない。

ただし、具体的な造形そのものを決めて縛ってしまえば不自由になる。しかし全てを自由にしてしまえばブランド価値が表現できない。さらに前回の記事で説明したような、インダストリアルデザインにおける「人間中心」の機能デザインもまた筋を通さねばならない(参考:マツダ車はなぜ「みな同じ」に見えるのか http://president.jp/articles/-/22928)。

そうした全ての要素に目配りしつつ、出たとこ勝負ではなく、ひとつひとつ丁寧に考え、論理的にデザインを組み立てて行った。

クルマっていうのは生き物だ

さて、マツダの復活を賭けた新世代商品群のデザインモチーフをどうするか? まずはデザインの方向性を決めるキーワードを探し出さなくてはならない。前田常務は、日本人にとって、そしてマツダにとってのクルマとは何かを考え続けたという。

古来日本の考え方として、道具には命が宿っているという考え方がある。クルマに命があると考えることは極めて日本的でもある。命の象徴は「鼓動(heartbeat)」である。しかしこれだと何か深さが足りない。

「できたクルマだけで考えると『鼓動』なんですが、そこに作る側のもっと深い哲学を込めたかったんです。だから『魂動』だと。」。

■チーターの美しさは背骨にある

こうしてテーマは「魂動」に決まった。しかし、具体的なデザインをどうするか? 前田常務は、“原理”を見つけるために、いろいろな生き物を観察した。そこでたまたま見つけたのが「チーター」だったという。注目したのは、“走る姿の美しさ”だ。

形としての美しさ、躍動する筋肉の美しさ……研究の中で最終的にたどり着いたのは、チーターの“背骨”の存在だったという。チーターはどれだけ激しく走っていても、頭としっぽだけはある「スプライン」でつながっており、そこは動かない。実はそれが背骨だと気付いたのだ。それ以来、クルマの骨格やプロポーションを作る時には常に背骨を意識しているのだ、と前田常務は話す。

命あるものの姿をモチーフにして、コモンアーキテクチャーの「固定と変動」で8台のクルマの基本デザインが出来上がっていく。アクセラなら「疾走中のチーターが後ろ脚で大地を蹴って四肢を伸ばして躍動する姿」、デミオなら「疾走中のチーターの四肢が大地を蹴る前に力を凝縮した姿」といった具合だ。チーターはあくまでも一例に過ぎない。根底にあるのは、普遍的な生命の姿というモチーフだ。

クルマづくりは巨大なチームでひとつに向かって進む。だからその方向性を指し示さなければブレる。もちろんそれはデザインだけでできるわけではないが、デザインの果たす役割は大きい。通常、デザインは秘匿性が高いため、開発初期段階では他部署に見せることは少ない。クルマの開発が進んだ段階で、「デザインはこうなる」と見せるケースが多い。しかし前田氏は開発の初期段階からデザインをエンジニアなど同チームの他部署の人たちに積極的に見せていったという。どういうクルマを作るのか、ゴールを共有するためだ。こうすることで、メンバーは明らかに「ノッて」きたという。

■チームで目的を共有し続けるため、「魂動」の哲学を共有

しかし巨大なチームで目的を共有し続けるということは簡単なことではないはずだ。前田常務はモチベーションを継続させ続けるための活動も続けている。「魂動」のフィロソフィーを関係者が共有できるよう、デザイン部門が何を考えているのか、これからどういう方向を目指すのかという話を定期的に社内でし続けているという。

その結果として、デザイン側が設計や工場の現場から“あおられる”こともあるというから驚く。例えば、プレスの技術者から「ここの指示はこういう形状で来ているけど、魂動デザインのためにはもっとシャープなほうがいいんじゃない?」と、より難しい作業が必要な形状を提案されたり、塗装のチームから「魂動デザインの微妙な抑揚を形として見せるために新しい塗装法を開発しました」と申し出があったりするというのだ。デザインが部門が出した案に対し「それは難しい」「そんなことをしたら歩留まりが下がる」などと現場が反発する例はよくあるが、こういうケースは極めて珍しいのではないか。

間もなく第7世代が登場する。前田常務によれば、新世代のデザインは現在のデザインより、少し車種ごとの差を付ける方向にシフトするという。ほんの5年前まで、マツダの存在感を表現するためには8車種を束ねて戦わなくてはならなかった。もちろん固定と変動というコモンアーキテクチャーの基本は変わらないだろうが、その束ね方をもう少し緩くしても大丈夫なところまで、第6世代の「魂動デザイン」はマツダブランドを押し上げたと言うことだろう。

(池田 直渡)