平成27年9月の東日本豪雨から2年となった10日、常総市上三坂地区の鬼怒川沿いの堤防上に市民ら約150人が集まった。

 神達岳志市長が「安全な地域を作る新たな決意を胸に刻む日になる」と述べた後、白い布に覆われていた石碑が姿を現した。

 「決壊の跡」

 みかげ石にこう刻まれた石碑は、鬼怒川の決壊現場の約200メートル下流に立つ。地区住民の要望に応え、市が設置した。

 ◆進化した上三坂に

 上三坂地区の区長、秋森二郎さん(70)は「新しい夢と希望に向かい、進化した上三坂となるよう住民一同、前向きに精進したい」と誓いを立てる。

 この地区では2年前の豪雨で、8戸の家屋が流出した。秋森さんによると、このうち5世帯が戻り、2世帯は住居を建築中で、1世帯はこの地区ではない市内に新居を構えた。

 市の調査によると、公的住宅への避難者はピーク時で106世帯285人だったが、8月30日時点では45世帯112人となった。ただ、このうち10世帯は転居先を決められないでいる。

 石碑のお披露目が終わると、堤防下の上三坂公民館前では、戻ってきた住民たちを歓迎し、親睦を深めるイベントが開かれ、新米のおにぎりや焼きそばが振る舞われた。

 来月中旬に新居が完成するという中沢利夫さん(67)は「わが家の方がいい。(避難先では)何もやることがない」と住み慣れた土地に戻れることを喜んだ。

 ◆子供や高齢者に笑顔

 イベントでは、ビンゴゲームも行われ、数字がそろって賞品を受け取る子供や高齢者に笑顔が広がる。

 「みんな、晴れやかな顔をしているもんな。久しぶりだよ、本当に」

 前区長の渡辺操さん(72)は、しみじみとつぶやいた。

 2年前の豪雨で家屋が流され、同市大輪町の一軒家に妻や息子家族と仮住まいをしていたが、先月、新居が完成した。「ほっとしている。近所の人も帰っているので、顔を合わせて会話をできるのが一番いい」と安堵(あんど)する。

 上三坂地区の住民にとって鬼怒川は子供のころの遊び場だった。川の水は清らかで、魚取りや水浴びに興じた。だが、思い出の遊び場は2年前、“魔物”となって住民から平穏を奪い取った。

 渡辺さんは石碑に視線を向けると、「気が引き締まるというか、これを代々、伝えていかないといけない」と口にした。

 石碑のそばには、石でできた水神がある。渡船の安全祈願のため住民が建立したとされる。堤防工事のため、昨年11月に同公民館の敷地内に安置したが、約10カ月ぶりに堤防に戻した。秋森さんは「これで一区切りだ」と語る。

 二度と悲劇が起こらないよう、水害の記憶を後世に伝えて「明日への備え」とする−。その思いが込められた石碑が上三坂地区を見下ろす。住民は気持ちを新たにして明日を見つめ、再び歩を進めていく。(海老原由紀)