「第34回産経国際書展東北展」(産経新聞社、産経国際書会など主催)が今月15〜20日、仙台市青葉区のせんだいメディアテークギャラリーで開催される。

 地区最高賞の伊達政宗賞に選ばれた建部恭子さん(70)に、その創作と東日本大震災について聞いた。(岡田美月)

 《この海が三・一一の海なのか 夏にはかうして耀(かがや)くものか》

 青森県弘前市出身の歌人、斉藤梢氏の歌集「遠浅」の一首に感銘を受けた。

 「いつも穏やかだった海が、あんなに荒れ狂っていた。震災を忘れちゃいけない。語り継がなければ」

 東日本大震災の当日、宮城県東松島市の知人宅で書道を教えていた。「津波が来るから逃げて」。周囲からの呼びかけを受けながら、国道45号を南下し同県多賀城市の自宅に戻った。

 震災当時、姉の佐藤静香(せいこう)さんとともに書道教室を主宰していた。場所は多賀城の自宅と、塩釜市内の2カ所にあった。震災の翌日、塩釜の教室へ様子を見に行くと、敷地内に知らない人の車が押し寄せていた。津波で150センチほど浸水した跡がくっきり残り、36畳分の畳や紙などの書道用品も水浸しで、途方に暮れた。

 「門人たちに手伝ってもらい、何とか復旧した」

 震災から1カ月後、塩釜の教室での稽古を再開した。だが、震災から数年たっても机の脚から砂がこぼれ出るなど津波の残骸は消えなかった。「震災は忘れられないし、風化させてはならない」と決意した。

 4年前、文芸家と書道家が集まるイベントで、斉藤さんの歌と出会った。その印象を「歌そのものが私の心だった」と振り返る。

 受賞作品は3月半ばから5月の頭にかけて書き上げた。これまでに書いた枚数は100以上だ。「強さを出せるように、もっと黒々と書いた方がよかったか」。完成しても反省する。恩師には「うまくいかないときは100ぺんでも200ぺんでも書きなさい」と教えられた。「努力して書きなさい」という意味だと解釈して実践する。

 「努力すればいつか必ず良いことがある」。教室に通う子供たちに、そう教えている。