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平和安全法制と朝鮮半島危機における在韓邦人の保護

 平和安全法制は、古色蒼然とした「戦争法案」のレッテルを張った野党の民主党(現民進党)や共産党、社民党、「憲法違反」と声高に叫んだ労働組合、学生団体SEALDsそれに憲法学者、執拗な「印象操作」によって世論煽動・国論分断を謀った朝日新聞、毎日新聞、東京新聞などと同系列マスコミの徹底した反対運動によって、難産に難産を重ねた末、ようやく2015年9月に成立し、昨年3月に施行された。

 外国の緊急(非常)事態における法人等の保護については、かねがねその不備が指摘されていたが、平和安全法制の制定によって、自衛隊法に新たに「在外邦人等の保護措置」が設けられた。

 なお、在外邦人等の「等」とは、外務大臣から保護することを依頼された外国人その他の当該保護措置と併せて保護を行うことが適当と認められる者を指す。

 外国における緊急事態に際して生命または身体に危害が加えられる恐れがある在外邦人等について、一定の要件を満たせば、自衛隊が「輸送」のみならず、武器を使用して「警護」や「救出」ができるようになった。

 従来の法制では、外国における緊急事態に際しての在外邦人等の保護にあたっては、生命または身体の保護を必要とする在外邦人等を安全な地域に「輸送」することに限られ、たとえテロリストの襲撃などを受けた場合であっても、武器の使用を伴う在外邦人等の救出はできなかった。

 そのようなことを踏まえ、生命または身体に危害が加えられる恐れがある在外邦人等について、輸送だけでなく、「警護」、「救出」などの「保護措置」を可能にしたのである。

 いま、朝鮮半島では、国際社会による非核化の要求に逆らって、北朝鮮が核ミサイルの開発に向かって突進している。

 その強硬な動きによって増幅された朝鮮半島からの「差し迫った眼前の危機」「これまでにない深刻かつ重大な脅威」に直面している日本にとって、平和安全法制の制定により講ずべき措置や対策が何とか間に合った格好である。世の中の動きは、何とも皮肉としか言いようがない。

 その際、朝鮮半島危機における在韓邦人等の保護は、外務大臣からの依頼を受け、外務大臣と協議し、内閣総理大臣の承認を得て、防衛大臣の命令によって実施される。

朝鮮半島情勢と外務省が出す「危険情報」

 現時点で、外務省は、北朝鮮との関係において、朝鮮半島情勢は引き続き予断を許さない状況にあるとの認識を示しているが、韓国に関しては「スポット情報」にとどめ「危険情報」は発信していない。

 「スポット情報」は、短期的に危険が高まった地域への注意を促し、安全対策に心がけるよう呼びかけるものであり、渡航者には在留届または「たびレジ」(外務省海外旅行登録)による連絡先の登録を要請している。

 「危険情報」は、危険事案が継続している場合に発信され、危険の度合や緊急性に応じて「十分に注意」、「渡航の是非を検討」、「渡航の延期」および「退避勧告」の4段階に区分されている。

 2010年11月、当時は民主党の菅直人政権下であったが、北朝鮮は海洋上の南北軍事境界線(NLL)に近接した海域に位置する韓国の延坪(ヨンピョン)島に向けて砲撃を行った。

 いわゆる「延坪島砲撃事件」により、韓国軍人2人が死亡、15人が重軽傷を負っただけでなく民間人2人が死亡し、3人が負傷した。

 あわや、朝鮮半島有事が現実味を帯びる恐れのある事件であったが、外務省は危険情報を発信せず、砲撃事件が起きた直後に危険情報よりも格下のスポット情報を出して、北方限界線(NLL)に近づかないよう注意喚起するにとどめた。

 外務省は、アフリカや南米は日本人が少ない地域で、他に与える影響も限定的と判断して、これまで頻繁に危険情報を出してきた。

 しかし、隣国の韓国とは人的往来が多く、経済的結びつきも強いため、渡航延期や退避を発信すれば日韓双方に大きな影響を及ぼすことから、その発信に慎重にならざるを得なかったようだ。

 このように、朝鮮半島危機における危険情報の発信は、大変難しい側面があり、また、北朝鮮のミサイルが約10分で日本へ到達する現在の軍事事情から見れば、危険情報が段階的に引き上げられるというより、急激に情勢が悪化し、一気に「退避勧告」が発信され、「法人等の保護措置」が発令される、とみておいた方がより現実的であろう。

 韓国および米国などと緊密に連携し、政府を挙げて情報収集に努め、不測の事態に備え万全の体制を整えるというのがわが国政府の基本方針である。

 しかし、外務大臣からの依頼を受け、外務大臣と協議し、内閣総理大臣の承認を得て、防衛大臣の命令によって実施される「在外邦人等の保護措置」の手続きには、極めて時間的猶予がないことを前提とした態勢の整備と、平素の準備や訓練そして実際的な予行が重要である。

自衛隊による在外邦人等の保護

 防衛白書によると、自衛隊は平素から在外邦人等の保護のため、内閣官房や外務省などと調整しつつ、統合運用態勢を整え、各種の訓練を積み重ねている。

 従来からある在外邦人等の「輸送」について、自衛隊は、派遣先国において輸送の対象となる在外邦人等を、車両・艦艇・航空機により本邦などの安全な地域に輸送する。

 このため、陸上自衛隊ではヘリコプター隊と誘導輸送隊の要員を、海上自衛隊では輸送艦などの艦艇(搭載航空機を含む)を、航空自衛隊では輸送機部隊と派遣要員をそれぞれ指定するなど、待機態勢を維持している。

 在外邦人等の輸送は、陸・海・空自衛隊の緊密な連携が必要となることから、平素から統合訓練などを行っている。

 また、毎年タイで行われている多国間共同訓練(コブラ・ゴールド)においては、2015年2月に、在外邦人等の輸送訓練で、外務本省や在タイ日本国大使館などの協力を得て、同大使館職員、その家族らとともに参加し、初めての海外における陸上輸送訓練を実施した。

 2016年2月には、初めて護衛艦(艦載航空機1機含む)を同訓練に参加させるとともに、車両による陸上輸送の訓練に自衛隊の車両(高機動車1両)を持ち込んで使用した。

 実際には、2016年7月のバングラデシュにおけるダッカ襲撃テロ事件において、被害邦人等の輸送のため、自衛隊法第84条の4(在外邦人等の輸送)に基づき、空自特別航空輸送隊(千歳基地所属)の政府専用機をバングラデシュ・ダッカに派遣し、被害邦人の御遺体(7人)と御家族を本邦に輸送した。

 また、同年7月の南スーダンにおける情勢の悪化に際しては、空自輸送機(C-130H)を派遣し、大使館職員をジュバからジブチまで輸送した。

 今般、朝鮮半島危機の急激な高まりによって、在韓邦人等の大規模な避難を余儀なくされそうな情勢である。

 その際には、内閣府、外務省(在韓日本国大使館・総領事館)、防衛省、海上保安庁、在韓日本人会、日本貿易振興会(JETRO)、民間航空・海運各社、旅行代理店などの緊密な協力連携と組織立った行動が不可欠である。

 そのため、在韓邦人等の保護・輸送に当たっての統括組織、各組織の任務・役割分担、一時集合・避難場所の指定、輸送経路と端末地(空港、港湾)、相互の通信連絡手段などについて具体的に計画し協定しておく必要がある。

 また、それに基づき、咄嗟の運用ができるよう現実に即した準備と予行が喫緊の課題として浮上している。

 平和安全法制において新設された在外邦人等の保護については、防衛省・統合幕僚監部が陸海空の関係部隊を集めて実施した「平成28年度在外邦人等保護措置訓練」などを通じて、在外邦人等の生命または身体を防護するため武器を使用した「警護」や「救出」の要領を訓練している。

 その中には、在外邦人等の一時集合場所が暴徒に取り囲まれてしまった場合や唯一の輸送経路がバリケードで通行妨害にあってしまった場合など、様々なケースを想定し、その対処について演練していると報じられている。

 その場合の武器使用は、自衛官が、保護措置を行う職務の実施に際し、自己や当該保護措置の対象である邦人等の生命若しくは身体の防護またはその職務を妨害する行為の排除のためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合に、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器の使用が可能とされている。

 従来「自己保存型」に限られたものが、いわゆる「任務遂行型」として国際標準の武器使用基準に一歩近づいた形である。

 しかし、人への危害が許容されるのは、正当防衛および緊急避難に該当する場合のみとされ、法制上は警察権行使の一環としての権限の範囲に止められており、依然として課題を残している。

 また、保護措置の実施には以下の要件が定められ、それらのすべてを満たす場合に可能とされており、特に(1)と(2)項の要件は運用面のハードルを高くしている。

(1)保護措置を行う場所において、当該外国の権限ある当局が現に公共の安全と秩序の維持に当たっており、かつ、戦闘行為が行われることがないと認められること。

(2)自衛隊が当該保護措置(武器の使用を含む)を行うことについて、当該外国等の同意があること。

(3)予想される危険に対応して当該保護措置をできる限り円滑かつ安全に行うための部隊等と当該外国の権限ある当局との間の連携及び協力の確保が見込まれること。

 朝鮮半島危機における自衛隊の在韓邦人等の保護については、反日感情が強く、自国内に自衛隊を入れることに否定的な意見が多い韓国との調整が外交的課題である。

 また、自衛隊の「日報問題」でも明らかなように、状況の急激な悪化が常態化している国際社会にあって、戦闘が行われていないとのリジッドな要件は非現実的との誹りを免れ得ないが、自衛隊は、それらの問題がクリアーされれば、前述の訓練の成果を反映して任務遂行にまい進することは間違いない。

在外邦人等の保護における日米の共同対処

 「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン、2015年4月)は、「非戦闘員を退避させるための活動(NEO)」の項を設け、日米両政府は、日本国民または米国国民である非戦闘員の退避を計画するに当たり調整し、当該非戦闘員の退避の実施に当たってお互いに協力すると定めている。

 そして、退避活動は、輸送手段、施設などの日米の能力を相互補完するとし、退避者の安全、輸送手段および施設、通関、出入国管理および検疫、安全な地域、衛生等の分野において協力を実施するため、適時に、「同盟調整メカニズム」を設定し、それを通じ初期段階からの調整を行う。

 また、日米両政府は、第三国の非戦闘員に対して退避に係る援助を行うことを検討するとともに、適宜の訓練・演習を実施するなど、非戦闘員を退避させるための活動における調整を平時から強化するとしている。

 そのため、米国は、有事の際に韓国から退避させなければならない米国と友好国の市民を22万人と想定し、日本に退避させる訓練を定期的に実施しており、昨年11月と今年6月には米軍人家族を実際に退避させる訓練を実施した。

 今後は、そのノウハウを日米で共有し、両国が協力するNEOについて、すみやかに計画し、実際的訓練を実施して行くことが求められる。

 また、ガイドラインは「避難民への対応のための措置」についても触れている。

 日米両政府は、日本への避難民の流入が発生する恐れがある、または実際に始まるような状況に至る場合には、国際法上の関係する義務に従った人道的な方法で避難民を扱いつつ、日本の平和および安全を維持するために協力する。

 当該避難民への対応については、日本が主体的に実施し、米国は日本からの要請に基づき、適切な支援を行うと定めている。

 このように、朝鮮半島有事においては、避難民(あるいは避難民を装った武装ゲリラ)が発生し日本に流入する可能性がある。

 2017年4月の衆院安全保障委員会で、岸田文雄外相(当時)は、避難民発生時には上陸手続きに関する施設や収容所を設置すると述べ、「武装している者が入国しないよう、身体所持品の検査の実施など必要な措置をとる」と答弁しており、これもまた、日米共通の課題として具体的な検討を急がなければならない。

何とか間に合った「平和安全法制」が日本を救う

 平和安全法制の果たす役割は、外国の緊急事態における法人等の保護措置だけではない。

 平和安全法制は、既存の法律の一部改正を束ねた「平和安全法制整備法」と新規に制定された国際平和支援法の2法、計11法から構成されているため、広く国民の間に理解が浸透しなかった嫌いがあるのも事実である。

 そのうち、朝鮮半島危機あるいは有事を考えた場合、特に重要な法律は、まず「事態対処法」であり、「武力攻撃事態等」に「存立危機事態」を加え、限定的ながら集団的自衛権の行使を可能にしたこと。

 そして、「周辺事態安全確保法」を改正して「重要影響事態安全確保法」とし、重要影響事態に対処する外国軍隊等に対して、(1)後方支援活動、(2)捜索救助活動、(3)船舶検査活動、(4)その他の重要影響事態に対応するための必要な措置を講ずることができるようにしたことである。

 前者は、米国との集団的自衛、すなわち相互防衛を可能ならしめ、後者は、例えば朝鮮半島有事や台湾有事などに際して、韓国軍や台湾軍などを支援する可能性を担保したことに大きな意義がある。

 これらの法的裏づけがあるからこそ、北朝鮮発の「差し迫った眼前の脅威」、「これまでにない深刻かつ重大な脅威」に対処するに当たり、日米および日韓の相互信頼が深まり、3か国が緊密に連携して対処する強固な協力関係の構築が促され、脅威の現実化を抑止することを目的として「異次元の圧力」を掛けるとの合意ができたのである。

 「戦争法案」や「憲法違反」であると「印象操作」され、難産の末にようやく成立した平和安全法制が、何とか朝鮮半島危機事態に間に合い、日本を救おうとしている。「治にいて乱を忘れず」とは、まさにこのようなことを言うのであろう。

筆者:樋口 譲次