(図)保有資産規模の階層別にみた日本の世帯数

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「富裕層」とは、純金融資産が1億円を超える、紛れもないお金持ちのこと。
彼らのみを顧客とするプライベートバンクとは、どのような組織なのか?
そして、プライベートバンクから富裕層にレクチャーされる「最強の投資法」とは?

元プライベートバンカーで、現在はフィンテック企業の経営者として金融情報に精通する著者が、その知識と経験を初めて公開する『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?』が刊行されることになりました。この連載では、同書の一部を改変して紹介していきます。

京都ホテルオークラの謎の一室

 京都の河原町通と御池通の交差点にそびえたつ、日本屈指の名門ホテル「京都ホテルオークラ」。
 エレベーターで6階に上がると、ひと気はほとんどありません。異様なほどの静寂に包まれているVIP専用フロアです。
 まっすぐ伸びる廊下の左右にあるのは、本格的な京料理が堪能できる高級和食の「入舟」と、室内プールを完備した会員制のフィットネスクラブのみ。他に目立つものは南端のエレベーターホールの脇にある結婚式の衣装室くらい。

 しかし、もう1つ謎の扉が衣装室の向かい側にあります。
 一見すると高級バーの入口のように見えますが、通路にメニュー台が置いてあるわけでもありません。金色のプレートに「NOMURA」と書かれたシンプルな看板が掲げられているので、かろうじてテナントであることはわかります。しかし、6階の通路にあるフロアマップを見ても、その謎の部屋の正体は明かされていません。

 その部屋の借主は野村證券です。
 正式名称は「野村證券プライベートバンキング京都オフィス」。オフィスというよりラウンジといったほうがいいこの施設が真価を発揮するのは、祇園祭のとき。
 ホテルのある交差点は祭りの山場の山鉾(やまぼこ)巡行と花傘行列が両方通るルート上にあり、しかも、その交差点で行列が曲がるために鉾の「辻回し」が見物できる最高のロケーション。祭りの当日には、行列を一目見ようと、真夏の炎天下に多くの観光客が集中する超人気スポットです。

 プライベートバンキング京都オフィスはその交差点を一望できる場所にあるため、冷房が効いた部屋でキンキンに冷えたシャンパンなどを飲みながら、文字通りの「高みの見物」ができます。当日はプライベートバンクの顧客、ならびに野村證券の主要取引先企業の社長、副社長、専務クラスが招待されます。

 ちなみに日本人の富裕層が多く住むシンガポールのプライベートバンクでは、F1の時期になるとレース観戦の特等席を用意して、今後、取引を活発にしてほしい経営者などを招待し、顧客との関係を深めるという涙ぐましい努力をしています。
 発想は祇園祭と同じで、顧客との良好なリレーションを築くためだけに、それだけの「おまけ」を用意するのです。

富裕層専門の金融機関、プライベートバンク

 プライベートバンクとは自社の審査を通った富裕層だけにサービスを提供する金融機関の精鋭部隊のことで、海外にはプライベートバンクを専業でおこなっている会社もあります。

 野村證券は日本の金融機関としては最大規模のプライベートバンク部門を有しており、四条通にある京都支店とは別に、このようなVIP専用のオフィスを構えているのです(このほかに京都南禅寺近くにある野村徳七の別邸「碧雲荘」も、国内外の超VIPの接待などで使われています)。

 野村證券のプライベートバンク部門(別名ウェルス・マネジメント部門)の顧客になる最低ラインは、現金や有価証券といったいわゆる流動資産で1億円以上。自社株や不動産を含む場合はさらに上のバーも用意されています。
 つまり本当のお金持ちしか相手にしません。

 国内外のプライベートバンク各社が積極的に営業攻勢をかけ始める最低ラインも1億円(海外の場合は100万ドル)で、よりエグゼクティブな層をターゲットとするプラベートバンクになると、2億円以上、10億円や50億円以上といったケースもあります。

 野村総合研究所(NRI)では日本で純金融資産が1億円を超える世帯を「富裕層」と呼び、2015年の調査ではその数は114.4万世帯、5億円を超える「超富裕層」は7.3万世帯としています(純金融資産とは、全金融資産から借り入れ部分を引いた資産のこと)。割合でいえば富裕層が2.16%、超富裕層が0.14%です。
 プライベートバンク各社はこの上位わずか2.3%の富裕層を取り込むために、苛烈な争奪戦を繰り広げているのです。

精鋭部隊による資産管理と運用

 プライベートバンクというくらいですから、専門は資産管理であり、運用です。
 一般的な顧客を相手にするマスリテールとの最大の違いは、マスリテールの目的は多くのケースで「部分的なニーズに対して商品を売ること」なのに対して、プライベートバンクの目的は顧客の資産状況や要望に応じて「包括的な資産運用の提案と実行を担うこと」。

 顧客の資産を数億円から場合によっては数千億円単位で預かり、中長期的な視野に立ってその運用方法をプライベートバンクが検討し、提案し、実行していきます。その提案や運用は、当然ながら営業担当(プライベートバンカー、もしくはリレーションシップマネージャー)が1人でおこなうのではなく、専用のチームが担当します。

 そのチームには資産配分を考える超一流のポートフォリオマネージャーもいれば、商品を選定するプロダクトスペシャリスト、世界経済やマーケットの動向を分析するプライベートバンク専属のアナリスト、さらに税務や法務の専門家もいます。

 また、日本人の富裕層にとっては資産をいかに減らさないかも大きな関心事ですから、資産の最適化を図るために外部の弁護士事務所や税務・会計事務所と組んで法律や税金対策のアドバイスもおこなっています。

 プライベートバンク部門は金融業界のリテール部門における花形であり、一握りの精鋭だけしか担当できません。そんな選りすぐりのメンバーが、顧客1人1人のために膝を突き合わせて資産形成の最適な戦略を必死に考えてくれる。なんとも贅沢な話です。

 さらに、日本の富裕層ビジネスは急成長の真っ只中にあるため、各社の競争も激しくなっています。
 その結果何が起きているかというと、各社は競合相手に勝つためにより知恵を絞り、より特別待遇をしようと努力をするので、「提案の質が上がり、手数料が下がる」という富裕層にとって理想的な展開になっているのです。

 つまり、純金融資産1億円(海外だと100万ドル)を突破するかどうかで、まるで車のギアを1段、2段上げるかのように金融機関の対応が変わるということ。そして場合によってはそこでレバレッジがかかって資産が新たな資産を生む仕組みが構築され、さらに資産の格差が広がる可能性を高めている、ともいえるのです。

明確に存在する「1億円の壁」

「1億総中流」という言葉があるように、私たち日本人が普段、生活を送っているなかで明らかな差別を感じる機会は少ないと思います。

 でも実は京都オークラのVIPルームのように、特権的な世界は若干カモフラージュされているだけで、存在していないわけではありません。特に金融業界における「1億円の壁」は純然と存在し、そこを突破するかしないかで扱いが変わり、見える世界も変わります。そして多くの人はそのことを知りません。

 でも考えてみれば、世の中には資産に応じた「見えざる壁」がたくさん存在します。会員制のゴルフ場もそう、空港のファーストクラスのラウンジもそう、超高級リゾートホテルもそうです。資本主義の社会である限り、こうした壁は今後も存在し続けることでしょう。
 その象徴的な壁の1つが、富裕層と非富裕層を分ける「1億円の壁」。『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?』では、その壁の向こう側にある世界をぜひ知っていただきたいと思います。

富裕層ビジネスにおける私の経歴

 一企業の経営者である私にプライベートバンクを語る資格があるのかと思われる方もいらっしゃると思うので、簡単に私の経歴を紹介させてください。

 私は2013年に金融情報を発信するメディア「ZUU online」を立ち上げるまで、野村證券のプライベートバンク部門に在籍していました。

 新卒で配属されたのは東京の支店営業で、そこではルートセールスには目もくれず、ひたすら経営者の新規開拓に明け暮れました。顧客のニーズを丁寧にすくって、そのつど、最適なソリューションを提案していく営業スタイルだったので、いま振り返れば限りなくプライベートバンカー的な営業マンだったと思います。
 その実績が評価され、入社4年目には史上最年少で本社のプライベートバンク部門に異動。先ほどの京都オフィスにも何度か訪れたことがあります。

 さらにそこから世界で唯一ウェルスマネジメント(資産管理)の修士号が取得できるシンガポールのビジネススクールに通わせてもらい、プライベートバンカーとしての業務と並行して、世界中の富裕層ビジネスの調査や東南アジアの富裕層の開拓などに没頭する日々を過ごしました。シンガポールでプライベートバンカーとして活動できる現地の資格も取得しています。

 起業後は、僭越ながら日本の各金融機関の幹部に対して富裕層ビジネスの助言をおこなったり、プライベートバンカー向けの教育プログラムで講演する機会も頂戴しています。また最近では会社が急成長していることもあり、逆にプライベートバンカーたちから営業をかけられる立場にもなりました。

 そういった意味で、さまざまな角度から、プライベートバンクならびに富裕層の実態を語ることができるのではないかと思います。

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