「最近、良い出会いがない」

未婚・美人の女性に限って、口を揃えて言う言葉である。

しかしよくよく話を聞いてみると、その言葉の真意はこうだ。

「理想通りの、素敵な男性がいない」

フリーランスでバイヤーをしている亜希(32)も、そんな注文の多い女のひとり。

同じく独身アラサーのエミとともに良縁祈願に出かけた亜希は、京都・鈴虫寺の住職に、あれこれ条件をつけず「ふさわしい人」を探すように諭される。

そんなとき、5年前に別れた元カレ・貴志から連絡が届き、亜希はちょっぴり浮かれる。




元カレとの再会


“既に結婚した元カレと再会する”

文字にして並べてみると、なんとも不毛な予定である。

それなのに亜希は、さっきからあーでもない、こーでもないと何度も服を着替え、ヘアスタイルもアップにしてみたりダウンスタイルにしてみたり、鏡の前から離れられずにいる。

「何やってんだろ、私...」

馬鹿馬鹿しい、と自嘲気味に笑うが、それでもやっぱり妙に気合いが入ってしまう自分を止められないのであった。

鏡の前で仕上がった自分をチェックし、亜希は満足げに微笑む。

鎖骨が美しく見えるバーガンディのトップスは、この秋買ったばかりの新作だ。それに、繊細なレースでできたデコラティブなブラックのロングスカートを合わせた。

うん、女っぽくてとても良い。

「少なくとも」と亜希はひとり呟いた。

「絶対、私の方がいい女だわ」

そう、あの、見た目もセンスも「普通」な貴志の妻なんかよりも。


ついに、5年ぶりに貴志と再会。そこで知ることとなる、貴志の本音とは?!


「どこが良くて、結婚したの?」


貴志が予約してくれた西麻布『エゴジーヌ』。

亜希がわざと5分遅れて店に入ると、すでにカウンターに懐かしい背中が座っているのが見えた。

そのビジュアルは思いがけず切ないような甘酸っぱい記憶を呼び起こし、亜希はそんな自分に戸惑ってしまう。

「久しぶり!」

余計な残像を振り払うように亜希は貴志の背中をぽん、と叩き、少しだけ距離をあけて右隣に座った。

「おお、亜希。元気そうだな、変わってない」

そう言って、親しみを込めた目で笑みを向ける貴志は、5年前から比べるとぐっと大人の色香を纏っていた。声にもちょっとした表情やしぐさにも、経験に裏打ちされた自信が滲んでいる。

「そう?変わったわよ。シワとかできちゃったし」

そんな自虐を言いながら、亜希は慌てて彼から目をそらす。貴志を直視すると、否が応でも現実を突きつけられてしまう気がした。

5年前...亜希が貴志からの駐在帯同を断った時、ふたりは27歳だった。

あの時は、確実に亜希の方が優位だった。27歳、女の最高値。どこにいっても蝶よ花よとちやほやされたし文字通り無敵だったのだ。

しかし、5年の月日が、男女の立場を逆転させたことを最近は思い知っている。

「じゃあ...再会に、乾杯」

重ねたグラスの隙間から、貴志の左手薬指に光るものが見えた。

この5年の間に、貴志は運命の相手と出会い、恋愛し、そして結婚までした。一方の亜希は、結婚どころか、貴志と別れたからというもの恋愛すらまともにできていないというのに。

「亜希が元気そうで嬉しいよ。ずっと、気になってたんだ」

そう言って、貴志はさりげなく亜希の顔を覗き込む。その目がとても穏やかで優しくて、亜希は息苦しくなってしまうのだった。

「バイヤーしてるんだって?天職だよな。亜希は昔から、おしゃれだったもんなぁ」

32歳になった貴志は、女心をくすぐる褒め言葉やさりげない優しさをも身につけていた。

亜希を気遣い、褒めてくれる貴志の言葉の一つ一つが、独り身の亜希の胸にじわじわと染み入ってくる。

しかしその優しさは、もう別の女のものとなってしまった。

5年前、あっさりと捨てた幸せは、もう亜希がどんなに望んでも手に入らぬものになってしまったのだ。



「ねぇ、奥さんの、どこが良くて結婚したの?」

5年のブランクがあったとはいえ、元カレと打ち解けるのに時間はかからない。

スパークリング、白ワイン、赤ワインと飲み干した後で、亜希はずっと喉元にあった質問を貴志に投げかけた。

「どこが良くて、かぁ...」

貴志は、空を仰ぐようにして困った顔をしている。

「なんか、意外だったな。貴志が、ああいう女性が好きだったなんて」

少しばかり棘のある言い方になってしまったが、亜希はまあいいや、と開き直る。どうせ貴志は、もう他人の物なのだから。

「はは、亜希の言いたいこと、わかるよ」

気を悪くしたふうでもなく、彼は亜希に向き直ると、面白そうに続けた。

「自分の方がいい女だって、言いたいんだろ?」

「いや、別にそんなつもりじゃ...」

その通りだが、ズバリ言い当てられ亜希は口ごもる。

気まずさから目をそらし2杯目の赤ワインを流し込んでいると、貴志はゆっくり口を開くのだった。


「どこが良かったの?」亜希の質問への、貴志の答えは?


許すことと、妥協することは違う


「ここが良くて結婚した、というより...ダメなところも、許せると思えたんだ」

-ダメなところも、許せると思えた。

貴志のその言葉は、あまりにも愛に満ちていて、亜希の胸をぐさりと突き刺した。

家庭的で料理が上手いんだよ、とか、CAらしいホスピタリティがあって、とか言われた方が(どちらも亜希にはない要素ではあるものの)傷は浅くてすんだ気がする。

「彼女、どうも抜けててさ。トイレットペーパーとか洗剤とか、予備がまだあるのに買ってきちゃったりするタイプなんだけど」

貴志は、苦笑しながら、でもどこか嬉しそうに話を続ける。

「でもそのぶん、俺に対しても寛容なんだよね。恋愛と違って、結婚となると生活だから。許し合えることが、必要な気がして」

亜希の耳に、貴志の声がどんどん遠くなって響く。

そして、大学の友人・百合が言っていた言葉が、フラッシュバックするように思い出されるのだった。

-30歳を過ぎた女は、妥協しないといけないのかなって。

違う、と亜希は思った。

許すことと、妥協は違う。

相手の欠点を許すことと、妥協の決定的な違い。

...それは、そこに愛があるかどうか、だ。

貴志が、妻となった女性の抜けているところを許すことができるのは、彼女を愛しているから。

そうやって許された彼女も同じように、貴志を愛していて、だから彼の欠点に対して寛容な態度を取ることができるのだろう。

-愛とは、寛容である。

有名な新約聖書の一節が思い出され、亜希はその言葉の意味をようやく理解したと思った。

「なんか、言ってて恥ずかしいな」

貴志はそう言って、照れを隠すように笑う。

「ほんと、惚気話、ごちそうさまですー」

貴志の幸せを素直に喜べるほど、亜希は人間ができていない。

彼の言葉の端々から滲み出る幸福感は、亜希の胸をチクリと刺す。それでも亜希は、今日貴志に会いにきてよかった、と思っていた。

真実の愛を手に入れた昔の男に、いくら見た目を着飾って現れても無駄だということが、よくよくわかったから。




23時過ぎに貴志と健全に別れたあと、止むことのない喧騒に、そうだ、ここは西麻布だった、と思い出した。

-そうだ、エミに話を聞いてもらおう。

やりきれない思いを抱えたまま、誰も待っていない家に帰りたくなかった。

しかし今宵に限っては、送ったメッセージになかなか既読がつかない。この街のどこかに、エミもいるはずなのだが...。

きっかり10分待ったあと、亜希は諦めてタクシーに手をあげた。

▶NEXT :9月19日 火曜更新予定
連絡が取れないエミ。彼女の身に起きていたこととは...。