ペンステーションに停車中のアムトラックの列車(写真:KEI / PIXTA)

2017年5月2日、全米で長距離特急列車を運行しているアムトラック(全米鉄道旅客公社)は、ニューヨークにおけるターミナル駅である「ペンステーション(ペン駅)」の構内で、大規模な補修を実施すると発表した。全部で21番線まである同駅のうち、9番線から14番線までの6線について全面的な保線工事を行うということで、工期は7月7日から8月28日と決まった。

この工事だが、すでに期間内に終了しており、9月2日から4日の「レーバーデー」3連休明けとなる9月5日からは、アムトラックだけでなく、この駅を共用している郊外鉄道の「ロングアイランド鉄道(LIRR)」も「ニュージャージートランジット(NJT)」も正常ダイヤに復帰した。

工事は無事完了したものの…

アメリカの公共工事にしては珍しく期間内に完了したわけで、「メデタシ・メデタシ」と言いたいところだが、そうはいかない。この工事の行われた経緯、そして工事を行ったアムトラックが抱えている問題は、アメリカの鉄道事情の負の側面を浮き彫りにしているからだ。

まず、この「ペン駅」だが、その名のとおり、もともとはかつて全米最強の鉄道会社といわれた「ペンシルベニア鉄道(PRR)」がターミナルとして建設したものだった。初期のPRRはワシントンDCからペンシルベニア州を経由してNYに至る路線の最後はハドソン川をフェリーで渡していたが、1910年の時点で川底にトンネルを掘ってNYに乗り入れた。その際に建設したのがこの「ペン駅」である。

だが、PRRは1950年代をピークに全米が鉄道離れを起こす中で衰退。1970年には解散に追い込まれる。その後、コンレール社を経てアムトラックがこの資産を承継、ワシントンDCからNYの「北東回廊線」も、ペン駅も、ハドソン川のトンネルもアムトラックが保有している。

一方で、LIRRはPRRの黄金時代にはその傘下であったが、1960年代にNY市が買収して、地下鉄などと一体化したMTR(ニューヨーク交通公社)の一部として現在に至っている。NJTは比較的新しく1979年にニュージャージー州が設立した第三セクターの郊外鉄道である。

40年保線せず?相次ぐ脱線

問題は、アムトラックが慢性的な経営難に陥っているということだ。このために、定期的に実施しなくてはならない保線工事がキチンと行われていなかったのだが、そのことは意外な形で浮き彫りとなった。今年、2017年の3月にアムトラック車両が6番線で、また4月にはNJT車両が9番線で脱線したのである。

3月の事故は特急車両の脱線で、脱線した車両が隣を走っていたNJTの通勤列車に側面衝突し、約1200人の通勤客が車内に閉じ込められた。そして4月の事故はNJTの車両そのものが脱線し、このときも1000人が閉じ込められている。いずれも平日朝の通勤時間帯であったために、事故車両以外の乗客も長時間の立ち往生を強いられることとなり、社会的な非難が高まった。


原因は、この部分の構内線について保線がキチンと行われておらず、特に渡り線のポイント(アメリカではスイッチという)の点検を怠っていたために、低速で通過する箇所であるにもかかわらず、徐々に軌道に狂いが生じていき脱線に至ったということのようだ。

特にPRR時代に西のハドソン川底トンネルと、東のイーストリバー川底トンネルに直結する形で最初に建設された9番線から14番線については、1970年代に保線を行った後、現在に至る40年間、本格的な保線や検査が行われていないという疑いが出てきたのである。この6線はアムトラックとNJT(6線とも)LIRR(13番線と14番線のみ)が共用しており、保線管理の責任をアムトラックが負っている。

この状況を見てニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は、LIRRの経営責任者として、そしてNY市のインフラ全体の監督責任を持つことから、アムトラックに対して「即時改修」を強く要求した。知事は「度重なる脱線事故のたびに、利用者は通勤地獄(ヘル)を経験してきた」と迫る一方で、LIRRとNJTは年間50ミリオン(約55億円)をアムトラックに対する「保線費用」として負担していると主張。今回の緊急補修工事についてはアムトラックが負担すべきだとした。

そのアムトラックから、7月から8月の約2カ月間の工期で補修を行うという案が発表されたのは5月初旬だった。9番線から14番線を2カ月間閉鎖するという案に、LIRRとNJTのサイドは驚いた。ニュージャージーの州議会からは、7月4日の独立記念日の連休明けから工事を行うのは怠慢であり、もっと前倒しをという声も出たが、結局このアムトラック案で補修を行うことになったのである。

LIRRとNJTは早速、期間中の臨時ダイヤの編成を行った。NY州のクオモ知事は、「十分な対策を取らないと『地獄の夏(サマー・オブ・ヘル)』になる」として、通勤客が混乱しないよう対応を指示。以降、地元のメディアは、この「地獄の夏」という言い方をするようになった。

大規模プロジェクトで混乱回避

対策は徹底したもので、まずLIRRはロングアイランドからマンハッタン島への、そしてNJTはニュージャージー州からマンハッタン島への東西のトンネルを使った乗り入れ本数を半数近くに減らすことになった。一部路線は地下鉄との乗り換え駅を終点にして、また別の路線はフェリー乗り場に行き先を変更するなどの臨時ダイヤが組まれた。NJTもLIRRも、このように「不便を強いる路線」については、期間中の運賃を割り引いたりもしたのである。


高速道路の電光掲示板に表示された「アムトラック工事中」のメッセージ(筆者撮影)

この2者は最新のデザインによる特設ホームページを設けて工事の進捗を告知したり、NJTの場合は並行して走る高速道路に「NY直通のアムトラックは工事中」という表示をしたり、徹底したPR作戦も行っている。

アムトラックも、NY州北部のオーバニー方面からの特急(1日3往復)の終点を、ペン駅からグランドセントラル駅に変更、またペンシルベニアの中西部からの中距離特急のNY乗り入れを中止して途中で折り返すなどの措置を取った。


ペンステーションの工事を告知するボード(筆者撮影)

かなり大掛かりなプロジェクトとなったわけだが、6線に関して路盤を再構築してメンテナンスの簡単なスラブ軌道にするなどの本格的な改修がされたかというと、そうではなかった。要するに主要な作業としてはポイント交換だけであり、そのポイントに関しては、油のピカピカ光る新品が据え付けられていたが、直線部分は軌間の修正がされただけで、バラストの交換もされていない部分があった。

7月の時点では「どうせ期日までには終わらないだろう」とか「どこまで地獄が続くんだ?」といった報道が目立ったが、ふたを明けてみれば8月の20日ころには作業は終了しており、28日には公式に完工が宣言され、各社は9月5日からの正常ダイヤ復帰を発表したのである。どうやらアムトラックとしては、工期が遅延しては世論に批判されるので「スケジュールを長めに吹っかけて」おいた一方で、カネがないので作業は最小限で済ませたフシがある。

大規模な鉄道インフラ更新は遠く

ところで、その費用だが、LIRRとNJTは被害者という立場であり、あくまで負担は拒否している。一方のアムトラックはドナルド・トランプ政権の予算削減を受けて、ただでさえ「火の車」という状況が続いている。そんな中、NYのクオモ知事(民主党)とニュージャージーのクリス・クリスティ知事(共和党)は連名で、連邦政府の特別支援を要請したが、トランプ政権は反応を示していない。

アムトラック、NJT、LIRRに関しては、この他にもペン駅を西へ移動してNY郵便局と一体化した最新のターミナルへと再開発する動き、そして現在複線1セットしかないハドソン川底トンネルをもう一本掘る計画など、州のレベルでは大きな計画を進めようとしている。トランプ大統領は「全国のインフラ再整備」を公約として掲げていることもあり、その枠組みの中で鉄道インフラの抜本更新にも予算がつく可能性があるからだ。

だが、放置すれば脱線事故が続くという状況での緊急保線工事にすら、財源がつかないという現状では、大胆な鉄道インフラ更新は程遠いと言わざるをえない。